講師(宗夜)ブログ
●メルヘンを捨てよう
大人になって改めて竹取物語を読んでみると、子どもの頃に憧れていた『かぐや姫』とは印象がだいぶ違うことに驚いております。
子どもの頃はお淑やかで大人しい姫なのかと思っていました。
ところが原文では冷淡で気性の激しい女性に描かれています。
またお話が『死』に触れていることも驚きでした。
五人目の求婚者は『燕の子安貝』を持参するように姫に言われました。
懸命な努力の末、ようやく手にしたのが…燕の糞だったというお話。
掴む時に腰を痛め、実は子安貝ではなく燕の糞とだったと自分の目で見てがっかりして気落ちし、そのまま病気になって亡くなってしまいました。
その後、かぐや姫は帝からも求婚されました。
帝は、お爺さんに官位を授けるからその代わりに姫を説得して入内させよと命じます。
お爺さんは姫にその旨を話して説得しますが
『万が一無理やり入内させたら死んでやります。なんなら本当に死ぬかどうか試してみるが良いでしょう。』
と、啖呵を切ります。
子どもの頃に読んだ、あらすじだけの絵本には『死』に関する記述はなかったように思います。
かぐや姫も月を眺めながら静かに泣いている美しい姫としか描かれていませんでした。
自分が知っていると思っていたお話は随分と脚色されたものでした。
不思議なもので、子どもは『死』に敏感です。
自分もよく子ども時代に母親に訊ねました。
『死ぬとどうなるの?どこに行くの?』
『何にも無くなるのよ』
『何にも無くなるってどういうこと?』
『知らないわよ、私はまだ生きてるんだから。忙しいからあっち行ってて。』
何にも無くなるってなによ。
いま色んなこと感じている自分の心まで無くなってしまうなんて、そんなひどいことがあるか。
そんな風に思っていました。
自分の子からも5〜6才の時に同じ質問を受けました。
どう自分が答えたのか正確な記憶はないけれども、
『何にも無くなるってことはないと思うよ』
と自分の希望を交えて答えたように思います。
理由は分かりませんが、5〜6才から10才くらいまでは死の世界が身近な気がしていました。
親になって改めて自分の子を見ても他所の子を見ても、その年齢の子たちは『死』に対して敏感で、それでいて身近な感じを持っているようでした。
それ以降の年齢になると、もう毎日が忙しくて、親も子もそれどころでは無くなってしまうのでした。
ちょうどその頃、今から15年くらい前に子どもが通う小学校で絵本の読み聞かせボランティア活動をしていました。
かなり真剣なボランティア部で絵本や昔話を定期的に勉強していました。
『工藤さんは残酷な話はどう思う?』
と入会時に聞かれました。
部のリーダーから続けてこのように説明を受けました。
。。。。。。。。。。
昔話には現代には馴染みのない残酷な表現が多々見られます。
これを嫌がる大人が最近になって増えてきました。
表面だけ取り出せば残酷なのですが、全体のお話を味わうとそれも大事な要素なのです。
何より数百年という長い年月を、名もなき人々によって口伝えで紡がれてきたという文化と歴史があります。
現代の感覚だけでは分からない生き物としての強さがそこに存在するのです。
どうか表面だけを見ないで、様々なお話を子どもに届けてあげてほしいのです。
。。。。。。。。。。
素晴らしい教えでありましたが、
絵本や昔話の素晴らしさに疎かった当時の自分には何のことやらよく分からず『はぁ…。はぁ…。』と生返事するばかり。
今になって反省しています。
実際に現場に入ってみれば、リーダーの言葉通りでありました。
昔話には、洋の東西を問わず残酷な表現がたくさんありました。
目をくり抜くぞ、とか
腕を切り落とすぞ、とか
指をちょん切るぞ、とか
子どもたちは一瞬ギョッとするけれども、その表現が過ぎるとケロリとしてお話の続きを喜んで聞いていました。
拘るのは大人でした。
クラスによっては先生からクレームが入りました。
学校との揉め事はNGなので、クラスごとの先生の性格を考慮して本やお話を選ぶようにしていました。
そんなある日
いつもの勉強会でメンバーの一人が絵本を一冊紹介しました。
『ゼラルダと人喰い鬼』
皆んなの前で読んで聞かせて、どう思うか感想を求めました。
ゼラルダという女の子が、ある時人喰い鬼にばったりと出逢います。
ああ大変!と思ったら人喰い鬼はお腹が空きすぎてその場で倒れてしまいました。
ゼラルダはお料理が得意な女の子。
鬼をかわいそうに思ってたくさんのご馳走を作ります。
ゼラルダの作るお料理がとてもおいしかったので鬼は子どもを襲わなくなりました。
そのうちにゼラルダと鬼は結婚して子どもを設け幸せに暮らしました、とさ。
というお話です。
しかし最後の場面で、二人の子どものうちの一人が後ろ手にナイフを隠していたのでした。
しかもそのナイフの先が血塗られていました。
私には強烈な印象に見えて
『ちょっとその本はどうなのでしょう?』
と苦言を呈したのでした。
『わざわざその場面を子どもに見せる必要があるのかしら?』
するとこの本を持ってきた方が
『ここが大事なのよ。人間は実はそう簡単には変わらないんだという大事な意図がここに描かれているの。だから用心しなさいという教えがここにあるの。』
今になって。
五十路を過ぎた今になって、自分が間違っていたことに気づきました。
その方が正しいのでした。
私は心地よいメルヘンの世界にどっぷりと浸っていたのでした。
2〜4才くらいを対象とした絵本に悪い人は描かれません。
くまさん、たぬきさん、きつねさん…。動物はさん付け。
たまにズルい事はしても死ぬだの殺すだのという表現は出てきません。
ところが5〜6才くらいを対象とするものになると、怖い人がたくさん登場します。
それは実際に怖い人が世の中にたくさんいることをお話が子ども達に教えてくれていたからなのです。
『気をつけなさい。世の中は怖いのよ。』
人喰い鬼は、東洋のお話にも西洋のお話にもたくさん登場します。
それは本当に存在するからだったのだと今になって分かりました。
信じたくはありませんが、子どもを虐めて喜ぶ悪趣味な人が実際に存在します。
人口の割合から言えば多くはなく、ほんの数%か、数%未満だろうけれど残念なことに存在するのでした。
最近も子どもを狙った犯罪がまた増えていると聞きます。
昔からそういう人は居るのでした。
割合は少ないから生涯出会わない人のほうが多いけれど、運が悪ければ出会ってしまう。
だから
『現実をちゃんと見てね』
絵本や昔話は生き抜くための大事なメッセージを伝えてくれていたのでした。
これは子どもだけではなく、大人たちへの教育でもあるようです。
こういうお話を読み聞かせながら
『大人がちゃんと守らねば』
という気持ちが芽生えてきます。
そしてもう一つのメッセージ。
『大きくなったら自分で自分を守るのよ。』
子どもが小学校を卒業するあたり、自分もボランティア活動を卒業するあたりになって、部の友人から
『ねぇ、知ってる?最近の桃太郎は鬼を退治しないんだってさ。』
と声をかけられました。
『どゆこと?』
『かわいそうだから許してあげなさいって教育らしいよ。謝っているんだからって。』
胸のあたりがザワザワしました。
それが約15年前のことです。
そうか、こうやって人の思考は知らず知らずの間に路線矯正されていくのか。
世の中は怖い。
鬼はそこここにたくさん居る。
だけどちゃんと良いこともたくさんある。
悪いことや悪い人を見極めるのは、良いことを引き寄せるため。
諸々に気付いた上で、昔話や絵本や古典を知れば、もっと深く文化を好きになれるのでした。
知れば賢くなる。
賢くなれば幸せも見つけられる。
今の時代だけではなくても、過去の時代でも、同じ思いを持つ人と繋がれると幸せは広がります。
●プレイバック『竹取物語』
ふらりと入った本屋さんで
『ビギナーズ・クラシックス日本の古典』
というシリーズを見つけました。
今回私が購入したのは竹取物語。
やったなぁ、中学校で。
。。。。。。。。。。
今は昔、竹取の翁といふ者有りけり。
野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことにつかひけり。
名をば讃岐造(さぬきのみやつこ)となむいひける。
。。。。。。。。。。
この序文を暗誦する宿題が出て、私は言えなくて立たされたっけ。
改めて読むと、音が素敵。
学校の先生が暗誦させる気持ちが今ではよく分かります。
。。。。。。。。。。。
名をば讃岐造(さぬきのみやつこ)となむいひける。
。。。。。。。。。。。
この一文の『ば』と『なむ』がたまらない。
どちらも強調の助詞だそうで、無くても意味は通じます。
名を讃岐造といひける。
でもつまらない。
ちっとも面白くない。
名をば讃岐造となむいひける。
やっぱりこうでなくっちゃ。
竹取物語は人が人に話して聞かせるために作られた物語で、音になって初めて輝きを増すのだなぁと思いました。
この本は原文と現代語訳が並んで書かれていて、すぐに理解できるところ、時代背景を詳しく説明してくれているところなどに優れています。
例えば、竹取という職業について。
稲作中心の社会の中では身分の低い職業であるけれども、竹の神秘性は地域の信仰と結びついていることが多く、竹製の祭具作成は誰でもに許された職業ではない。
竹取のお爺さんは神事に係わる仕事をしていたことになる。
暮らしがつましいのに讃岐という姓を持っていること、
名の造(みやつこ)は『宮つ子』の意味があることから、
お爺さんは寺社経営の竹園を管理する最下層の公務員だったと考えられる。
へぇぇー、そうだったんだ。
すごく身近に感じます。
お爺さんの暮らしぶりや風貌まで目に浮かぶようです。
読み進めると、お爺さんがかぐや姫に結婚を促す場面がありました。
お爺さんは、
『自分は老い先短く、いつまでも養い続けるわけにもいかない。いつかは姫に誰かと結婚して欲しいと思っている。』
とかぐや姫に伝えます。
するとかぐや姫は
『どうして結婚せねばならないのですか?』
とストレートに問うてきました。
『姫は地上の人ではないから分からないかもしれないが、そういうものなのだ。』
と解きます。
『お互いによく知りもしないのに安易に結婚したら浮気されるかもしれないし。結婚後に後悔するのは嫌なのです。』
とまたもやハッキリと意思表示をします。
これが当時の時代背景を考えると、超絶ビックリな内容だと説明されていました。
女は男に養われるもの。
飽きられたら浮気をされるもの。
それをじっと耐えるもの。
そういうものでしょ?
という男尊女卑の時代において、真っ向から『私は嫌です』と意思表示できる存在の鮮やかさ。
かぐや姫が人間ではない異界の人だから許される発言で、竹取物語の作者はかぐや姫の口を借りて痛烈なアンチテーゼを提唱していたのかもしれない、と著者は綴っていました。
また、五人の求婚者の身分設定が凄まじく合理的だそうです。
・石作の皇子(いしづくりのみこ)
・庫持の皇子(くらもちのみこ)
・右大臣阿部御主人(うだいじんあべのみうし)
・大納言大伴御行(だいなごんおおとものみゆき)
・中納言石上麻呂足(ちゅうなごんいしのかみのまろたり)
皇子、右大臣、大納言、中納言と階級別に現れるところ
天竺、蓬莱、唐土、日本、宮中と活躍の舞台も遠近の順に設定されているところ
これらの構成が整然としていて、単なる思いつきや気まぐれで発想できるものではないそうです。
な・の・に
竹取物語はいつ・だれが書いたのか分からない。
おそらく平安時代初期であろうとされています。
原本はなく、書き写されて約1200年の時を経て現代に至るといいます。
最古の書写は、安土桃山時代の里村紹巴(さとむらじょうは:連歌師・茶人で千利休の弟子)の筆によるもので1570年ごろものだそうです。
驚きです。
古帛紗で有名な紹巴織の里村紹巴がここに登場しました。
調べると紹巴は国文学の研究に熱心な臨済宗の僧だったそうです。
ただ、紹巴が書き写した時点でも竹取物語が作られてから700年も経っていました。
不思議です。
ロマンです。
こうやって21世紀の自分が昔の物語を読んで心から楽しめていること。
詳細な説明のおかげで1200年も前の人物の気持ちがちゃんと理解できること。
時代ゞゞで物語を繋いでくれた名もなき多くの人の存在があること。
そこに愛を感じます。
2025年
数年ぶりに日本に清々しい秋の季節がやってきました。
秋を味わって
古典で心を豊かに…
日本独自の愛を次世代に繋いでいきたいものです。
●右脳のちから
昨晩はストロベリームーン(皆既月食)でした。
その少し前の夕方に綺麗な月を見に行きました。
日没前に海でジョギング。
何となく海に呼ばれたような気がして出掛けたのでした。
自然に体ごと包まれたくなりました。
その途中で見た富士山の美しいこと。
ちょうど富士山の頂上に朱色の夕陽が被り、火口がキラキラと輝いていました。
少しずつ少しずつ富士山の後ろに沈む夕陽。
富士山は藍鼠色(あいねずいろ:藍色がかった鼠色)に裾野まで浮かび上がります。
優美な曲線に目が奪われました。
譲り合いながら写真に収める人たち。
誰もがとても静かでした。
砂浜に着くと驚くほど沢山の人が涼みに来ていました。
なぜ驚いたかと言うと、すごく静かだったからです。
まさかこれほど多くの人がいるとは思えないほどに静かでした。
多少の話し声とか笑い声とかは聞こえますが誰も騒がない。
この平和な時間を心から味わっているようでした。
私には祈っているように見えました。
富士山を眺め、
海を眺め、
ふと江ノ島を見ると、
まん丸のお月さまが今まさに昇ろうとしていました。
お月さまは夕陽を受けて、うっすらと桜色
西の空には、お日さまと富士山
東の空には、お月さまと江ノ島
砂浜で寛いでいた多くの人も
この奇跡的な共演に気付き
静かにその神秘を見守っていたのでした。
きっと何千年も前の日本人もこの光景に心を奪われたことでしょう。
漁港に向かって走れば、草むらから鈴虫の声
それに合わせて赤とんぼがツツツ…と泳ぐ
小さな子らがキャッキャッと遊び、誰もがその姿を優しく見守っていました。
そうか…
自分の暮らすこの街は、こんなにも美しかったのか…
同じ風景を見ながら、その場に居合わせる誰もが同じ心を共に持っているような気がしました。
見ず知らずの人たちと、言葉も交わさずにこんなに気持ちが繋がるのは初めての経験でした。
温かい気持ちが初秋の海辺に満ちていました。
誓いのような
儀式のような
不思議な体験
これが右脳のちから。
●唐物のお稽古
先日、唐物のお稽古を見させていただきました。
この日は、宗嘉組と宗夜組と2つに分かれてのお稽古でした。
宗嘉組のお点前
・茶通箱(更好棚)
・台天目
・逆勝手濃茶(丸卓)
宗夜組のお点前
・唐物(2名)
良いですねぇ〜。
ウキウキします😙
でも弾む気持ちを少し控えて表面はクールに。
理由は後ほど。
宗夜組の2名さまは中級に入られて間もない生徒さんですので、まず最初に宗夜の唐物のお点前をご覧いただきました。
音はなるべく立てぬよう。
無駄な動きはせぬよう。
手指の先、足指の先、それぞれの関節の曲がり具合にまで気を配ります。
動きを滑らかに行えば衣擦れの音も抑えら、厳かな空気が流れます。
お点前をご覧いただいた後には、生徒さんの実践お稽古。
帛紗捌きも中級から複雑に。
・真之真
・真之行
少〜し縮めて
じわぁぁと伸ばす 1・2・3
小指と薬指で持っている端をハラリと落とす。
まるで花びらが一枚舞うように儚げに…
そぉぅ、良いですね。
美しいです。
とても心地よい時間。
今この空間には私たち3名しかいなくて、3名の心がしっかりと繋がっていて、畳の上に居るはずなのにちょっと浮いてて…
余計な音はなく
邪念もなく
ただ目の前のお点前だけに3名が3名ともに集中している。
まるで私たちだけがシャボン玉のようなカプセルに入って無音の宇宙空間にふわふわと浮いている感じ。
宗嘉組からの明るい声が襖越しにかすかに聞こえる。
宗嘉組には宗嘉組のシャボン玉があって、4名の心が繋がって、同じように宇宙空間にふわふわと軽やかに浮いているのが離れていても分かる。
楽しいでしょ
うん、楽しい。
湯を沸かす茶室にはしっとりと湿り気があり、シャボン玉の中に優しい潤いが満ちている。
この感覚。
これが多分、右脳の喜び。
和やかで、静かで、穏やか。
キャッキャッと騒いでいない。
あまりに弾んでしまうと、本当に大切にしたい物が見えなくなってしまう。
いま…
私たちを取り巻く状況は厳しい。
かつてないほどに厳しい。
だからこそ気付くことができた。
この優しいシャボン玉の感覚。
心が安らかで、相手を信じて、光に向かって上昇しようとする崇高な感覚。
これが私たちの強みであり、宝であると。
●戦後のあんぱん
なんか…最近の『あんぱん』
つまらなくなっちゃったなぁ…
つい思ってしまいます。
『虎に翼』も『ブギウギ』も同じでした。
戦後になったところで、私にはあんまり面白く感じなくなってしまいました。
話の筋が悪いわけではありません。
ただ、目に入る映像に魅力を感じないのでした。
登場人物の服装、髪型、建物、食べ物、住まい方…
『そうかぁ。この頃はこんな感じだったんだなぁ…』
生活を立て直そうとする戦後の人々は必死で、昔を振り返ったり懐かしんだりする余裕などなかったろうと思います。
所得倍増計画とかモーレツ社員とか言われていたあたりでしょうか。
多くの人のひたむきな努力のお陰で今日があるのだから、感謝をしなければと思います。
でも
2025年を生きる者からすると、失われた文化の大きさにも溜息が出るのでした。
のぶの子ども時代を彩った、あの大きな家。
スタジオのセットだけれど、板間の大きな家は素敵でした。
三和土(たたき)があって広間に続いて、
広間の高いところには神棚があって、何かというと手をパンパンと叩いて神様にお願いをする。
ご飯は家族みんなで食べる。
ご飯は玄米か分付き米のよう。
あとはお味噌汁に漬物に焼き魚でしょうか。
きちんと正座をして、
一人一人に箱膳があって、
食べ終わったら箱に戻して台所に持っていく。
台所は三和土(たたき)仕上げの土間。
この土間だけでも広い空間。
女性は手拭いでほっかむりをして家事に勤しむ。
ほっかむりをすれば自然と伏目がちになり、鼻と口がちょこんと覗きます。
黙々と目の前の仕事に集中する姿は、何とも言えない大人女性の色っぽさが滲みます。
現代の解放され過ぎた性表現に比べると、実に健康的で新鮮です。
だけどここ最近のあんぱんでは
7:3分けの嵩の髪型。
パーマネントでクルクルした、のぶの髪型。
ぎこちない洋服。
都内の小さな住まいには神棚は見当たらず。
息せき切って毎日を目まぐるしく送る二人の男女からは、互いへの愛情もあまり感じられず…
喫茶店では小さなテーブルを肩を寄せるようにして無理して数人で囲み、サンドウィッチをポイポイつまんで口に運び、コーヒーにカレーにナポリタン。
あれ?お箸どこ行った?
そしていつか高知の母親を東京に呼び寄せるという。
ということは、あの大きな家を手放すのか…
当時は土地や家の相続規制が非常に厳しかったそうだから無理もないか…
手放した後には土地が平たくされて分譲地になるんだろうなぁ…
こうやって私たちは文化を失っていったんだなぁ…
などと、つい考えを巡らせてしまうのでした。
そう言えば
私が10歳まで住んでいた家の前にも大邸宅がありました。
当時のピアノの先生のお宅でした。
本当に立派なお家でした。
家の周りは高価な大谷石がぐるりと囲んでいました。
門柱から玄関までの飛び石も素敵で、長方形の切石が不規則に並んで続いていました。
20mはあったよう思います。
お庭も広くて運動会ができそうでした。
池には鯉が泳いでいて、
桜や桃や楓の木があって、
蔵もあって。
蔵には手作り味噌の樽とか、梅干しの樽とかがあって。
ある時、そのお家の同い年のお坊っちゃんが蔵に連れていってくれて、『今は味噌が舐め時だ』などと言って手作り味噌をこっそり舐めさせてくれたのでした。
あの大きなお家には、確かに文化がありました。
文化を持つ人物はお金を掛ける時と場所を心得ておられて、お庭やお家はいつもいつも綺麗に保たれていました。
ご近所中が認めるお金持ちで、ここまで差があると嫉妬心はなく、成功者として一目置かれる存在なのでした。
しかし、持ち主のお祖父様が亡くなると手放さざるを得ず、ピアノの先生はその後に狭小地とも言えるマンションに引っ越されました。
高校生くらいになって、分譲地となった土地を目にした時、何とも言えない寂しい気持ちを味わいました。
幼いながらも
『文化ってなんだろう』
と思ったのでした。
慌ただしい暮らしをしていると、文化とか美意識とかに目が行かなくなります。
ところが文化や美意識は、幸せに欠かせないものなのでした。
まぁしかし嘆いても仕方ない。
気付いたところからがスタート。
これから自分が幸せになるための文化と美意識を自分なりに創り上げていけばいい。
幸せで満足感を得た人が、一人また一人と増えれば、それも新しい文化の形になるでしょう。
未来志向の文化施設よし庵。
まだまだ引き出しはありますよー!
どうぞお楽しみに❣️
