講師(宗夜)ブログ
●富士山🗻雪化粧
今朝も走ってきました。
知らぬ間に富士山が綺麗に雪化粧されていました。
先日の冷え込みですっかり冬の装いに様変わりしていたのでした。
走るようになって1ヶ月。
からだ中の細胞が目覚めてきたようです。
心肺も皮膚も臓器も刺激を受けて少しずつ強くなっている感覚。
『ああ、生きてるなぁ』
とただ単純に嬉しい気持ちがします。
ジョギングの前後にJ-POPを聴くようになりました。
耳を馴染ませて、走っている時に体の中でリズムを感じています。
私のお気に入り↓
宇多田ヒカル
藤井風
お二方の年代は違いますが、サウンドに日本人らしさを感じます。
そう言えば坂本龍一さんも、
『どんなに西洋風に作っても、日本人らしいねと言われる』
とおっしゃっておられました。
富士山を見てJ-POPを体に感じるのも良いもんだなぁ…
と秋晴れを堪能しました。
体の深部の筋肉が付いてきたからか、袷の着物の重さに強くなりました。
いつも冬の衣替えに重く感じて難儀していましたが、今年は感じませんでした。
体が資本とは、よく言ったものです。
運動を始めてから食事の量と質も変わりました。
『動くための体』
に意識もシフトするみたいです。
こんな風に色々と変わると、
『一体自分とは何だろうか?』
と思わずにはいられません。
昔、どこかで読んだ本の一節を思い出しました。
。。。。。。。。。。
子が授かり物だなんて思い上がってはいけない。
授かったのではない。
預かっているのだ。
ほんの一時期だけ。
時期が来たら手放すのだ。
子の人生は、子のものだから。
更に言うなら…
自分の体だって心だって厳密にはあなたの所有物ではない。
神様から借りているだけだ。
最後はお返しするのだ。
借りたものは返す。
できるだけ良い状態で返す。
それが心ある者のすることだ。
そのために自分を清め、愛し、慈しむ。
そして最後は
『ありがとう。楽しかったです』
と感謝するのだ。
。。。。。。。。。。。
どこで得た言葉か忘れてしまいました。
でもこのように運動とか美容とか趣味とかに没頭している時、そして自分が良い方向に少しずつ変わっている時に思い出す言葉です。
神様は、どこか遠くにいるのではなくて、常に自分の体の中にいる感じがします。
体に良いことや心に良いことをすると、ご褒美に良い道を示してくれるようです。
さて、日曜日はよし庵で
『口切りの茶事』
みんなでお茶の神様のお迎えです。
体と心が喜ぶ茶事。
皆さまもとても楽しみにしてくださっているご様子。
私たちも楽しみです😊♪
●ひとつの道が見えてきたら、もうひとつの道を覗いてみる
『慢心:まんしん』
おごり高ぶること
歴史を勉強しているといつも思います。
偉人が斜陽を迎えるのはいつもこの『慢心』がきっかけであると。
歴史に名を残す偉人ともなると、度を超えた激務の日々。
上にも下にも周囲全体に気を遣い、武に秀で、書を嗜み、情報網を張り、人の心理にも鋭く、
そんな日々が数十年と続きます。
ある程度の地位を築いたところで
『ああ、しんど…』
と気が抜けることも、そりゃあるだろう人間だものと想像します。
不思議ですが
ある程度の地位を築いた人に対して世は人間であることを許してくれないようです。
今で言えば炎上
昔も、今ほどで無いにしろ炎上の状態があったみたいです。
『慢心』の響き。いかにもその人物に欠陥がありそうな。
でも本当にそうなのだろうかと疑問を持つようになりました。
人間だから、生きてるから、
体調も気持ちも天気と同じで、一定を保つことはとても難しい。
この炎上という状態は、一体なんだろう?と思ったら…
もしかして世論という大きな集団心理は『神』を求めているのではないかと感じました。
万能であれ、と。
。。。。。。。。。。
🟦そうなんだよね。
だけどその、相手に全智を求めてしまうというのも、欠陥を持つ人間だからなんだよね。
🔴自分にも欠陥があるけれども、自覚もしているけれども、他人の欠陥は許せない、と。
🟦そう。それが人間の本質。
🔴ということは、この集団心理はずっと続くと?
🟦続くんだよね。根本にあるものだから。
だから成功しようと思ったら『神』を目指すしかないんだよね。厳しいけど。
🔴神を目指す…って簡単じゃないですけれども。何か具体的な方法でもあるのですか?
🟦ある。まずは一つの道で結果を出す。出したら、今度はまた別の道に踏み込んで初心者の気持ちを味わうこと。
🔴その心は?
🟦苦労は買ってでもする。それをずっと続けていく。
苦労を味わって楽しむ。
。。。。。。。。。。。
苦労を味わって楽しむ…
え?楽しい、ソレ?
つい心の中でつぶやきました。
でも、もしかしてこの状態かな?と思い当たることがありました。
趣味、書道。
ちょっとスランプ。
ああ……⤵️
級がどんどん上がっていた頃はすごく楽しかったのです。
段に入っても楽しかったです。
でもしばらくすると、自分の居る位置が動かなくなりました。
そりゃあそうです。
難しくて当たり前です。
どれほど長い歴史を経て文化・教養となったことか。
分かっていたつもりですが、現実を知るとガクーンと来ました。
私のような人は、お教室に沢山おられるらしく、先生が全体に呼びかけました。
。。。。。。。。。
昇級とか、昇段とかも、確かに大事なんですけどね…
書家としては、もっと大きな情熱を胸に抱いて欲しいんですよね。
書きたい!
書きたくてたまらない!
書かずにはいられない!
そんな純粋な情熱を持って欲しいんですよね。
そういう気持ちが持てたら、その結果、不思議と腕がついてくるんです。
。。。。。。。。。
ああ、素晴らしいことを仰る。
だからこの先生について行きたいと思ったのでした。
ついつい目先の評価ばかりに捉われていました。
趣味の世界は模擬社会と言えます。
実社会とは少し距離があるかもしれません。
だからこそ、お客さんの立場だからこそ、余裕を持って姿勢を整えることが出来ます。
趣味に真剣な人は、自分に真剣な人です。仕事にも生活にも真剣であります。
年齢と共に趣味を持つ意味が変わってきました。
ひとつ形を作れたら、自分の目標にある程度達成したら、もうひとつチャレンジを広げてみても良いかもしれません。
新鮮な風を自分の中に取り込めるように思います。
新たな気持ちで呼吸して、またひとつ自分を大きく育てていく良い機会となりましょう。
よし庵も、これから新たなプログラムを立ち上げる予定です。
皆さまと共に豊かな時間を持てますよう、準備を進めております。
どうぞお楽しみにお待ちくださいませ😊
●ライバルの存在
日々のお稽古に臨んでおりますと、所々でライバルのような関係を目にすることがあります。
ライバルの存在は人が成長する時には実に大切で、このような関係性が結ばれた途端に双方の輝きが増すのであります。
ライバルは『もう一人の自分』
共通項があるから意識するわけで、楽しかったり、時には悔しかったりと、様々な心の動きがそのひとを奮い立たせてくれます。
個人のレベルでも大事な存在ですが、都市どうしの関係や、国どうしの関係でも同じことが言えるようです。
そのことに気付いたのは、宗嘉先生との座学講座の解説中でした。
。。。。。。。。。。。
1392年
足利将軍第3代義満による南北朝統一が果たされる
。。。。。。。。。。。
座学講座を開く前までは、暗記していた年号の一つとして捉えていました。
特別な感情は持っていませんでした。
それが、宗嘉先生の口からこのエピソードが発せられた途端に、3代義満と4代義持、その他の武士たちの焦りの気持ちが身近に感じられたのでした。
体温の上昇まで感じるくらいでした。
おそらく、南北朝統一は足利家の悲願だったことでしょう。
足利家が己の都合で北朝を立てたわけですが、だからこそ、他ならぬ足利家の手で何としても統一させねばならなかったはずです。
これに失敗したら、足利家は滅亡しかありません。
北朝を立てた時点で他の武士から
『やり過ぎやろ!』
と思われていたようです。
現に1350年観応の擾乱(かんのうのじょうらん)では、足利尊氏の弟の直義(ただよし)が南朝側と一時的に講和を結び、その権威を利用して尊氏討伐への同調を得ました。
『だってやっぱり本物の天皇は南朝だもんねぇ』
という共通認識が露呈したと言います。
『南朝に加担したり、北朝に加担したり、その時々で有利な方に周辺武士は動いていた』
という宗嘉先生の解説は、このような歴史背景が基となっています。
足利家の手で分けちゃったけど、足利家の手で戻したよ!
という大義を果たした3代義満。
ホッとした気持ちと、『さぁ、これからが大変だ』という焦りの気持ちの両方が感じられました。
南朝の天皇は、血筋の正当性もあるのと同時に、本物の公家文化の継承者でもあります。
これが死ぬほど怖かったのではないか、と思われるのです。
ソフトパワー(文化力)の強さは、時にハードパワー(武力・経済力)を凌ぎます。
公家の文化と言えば、和歌・連歌・書・服飾・雅楽などなど。
それはもう、近くに寄るだけでも雅な香りが匂い立つほど…
1336年に吉野の地で南朝を立てた後醍醐天皇は、1339年に崩御されますが、その短い間にも後継者や周囲の者を徹底的に教育したものと思われます。
『北朝に負けてたまるか』
という積年の恨みもありましょう。
南朝文化に対抗するかのように3代義満は急いで経済力を身につけ、武家文化の確立に力を注ぎます。
和歌・連歌・書の知識では、1000年の歴史を持つ公家には叶いません。ひとの一生の一代・二代で勉強した程度では太刀打ち出来ません。
だから茶道具という現物を輸入し、由緒を作って継承し、博物館のような建物内で陳列して目に見える文化を作ったと言われています。
そこで大事なのが『コマーシャル』
これが第二回座学講座で宗嘉先生が解説された『お道具の由緒』に繋がります。
武士は基本的に戦うことが仕事ですため、公家ほど文字文化に精通していません。
そのために、お道具を手に取って、触って、目で見て、茶事にて由緒を口々に継承していく文化を作り上げたと宗嘉先生は言われました。
人を変え、季節を渡り、世代を越えて伝承されるお道具の由緒。
・・・・・・・・・・
〇〇家伝来の〇〇茶入
☆☆斎お好みの☆盆
□代 □□斎作のお茶杓
・・・・・・・・・・
武士自身の努力により、武家文化のブランディングが引き継がれていきました。
最初は公家に笑われたことでしょう。
『唐物(からもの)やてぇwww』
もう唐ないやんなぁー
いま、明やろぉ
ほんまは明物(みんもの)やん
ぐぐぐぐぐ…🤛
思わず力の入る武士の握り拳
笑われても笑われても続けた方の勝ち。
600余年の時を経て、茶道は見事に日本の中心文化として昇華しました。
コンプレックスの種が、発芽して茎を伸ばして冬を越え見事に実を結んだのでした。
でも実を結べたのは、公家という手強いライバルが存在してくれたから。
西暦2024年の現代人の目には、公家文化も武家文化も、誇るべき自国の文化として尊く映るのでした。
●フォロワーを増やすコツ
よし庵もインスタを始めました。
日々邁進しております☺️
皆さま何卒応援をよろしくお願いいたします😌🤲
インスタはYouTubeとの共通点も多いため、フォロワー獲得のコツが少しずつ掴めてきました。
フォロワーの多いインスタグラマーに3つの共通点が見えてきました。
。。。。。。。。。。。
《フォロワー獲得のコツ》
①知的でおしゃれである
②有益である
③ストーリーがある
。。。。。。。。。。。
①知的でおしゃれである
のんびりリラックス系のインスタでも、どこか知的でおしゃれな要素が漂っているのがフォロワーの多いインスタグラマーです。
言葉遣いが上品だったり、
ファッションセンスやインテリアセンスが良かったり、
最新の電子機器を揃えていたり、
すごく優しかったり、
『今よりも高いところに向かいたい』という成長の意識がその人に知性をつけさせるように感じます。
知的でおしゃれ
そこに憧れてフォロワーが集まるようです。
②有益である。
みんな忙しい。
それをよく分かっている人は、1秒・2秒を大事にします。
だから技術や情報の出し惜しみはしません。
毎回毎回新しい顔を見せてくれる。
全部教えてくれる。
その懐の深さにフォロワーが感動して何度も見ることになります。
すぐに獲得できる最新の技術が、簡単に身につき、
それでいて効果絶大である。
何年も掛けて習得した技術を露わにするのは勇気が要ることでしょう。
秘策を出したら、また次の秘策を作らねばなりません。
それが成長のもとであり、ますます人を惹きつけます。
③ストーリーがある
どんなに短い動画であってもストーリーを想起させる作りにしているのがその道の達人です。
たった15〜30秒ですが、そこにストーリーを作り込んでいます。
全体の中の、ほんの一部分を見せているという意識を視聴者に植え付ける。
そうすると、前後も見たくなる。
断片をチラリチラリと見せることで気持ちを惹きつけることが出来ます。
そしてストーリーが多彩であればあるほど視聴者の興味が続きます。
いかがでしょう。
この3つの要素を備えるのは簡単なことではありません。
やはり成功者は、努力されておられるのだと感心させられます。
よし庵も多くの方々にお楽しみ頂けるインスタ作りに努めてまいります。
どうぞよろしくお願いいたします😊🤲
●スポーツの秋🏃♂️
待ち望んだ秋🍂
やっと来てくれました。
このサラッとした空気、いいっ!😙
夏☀️にはやられました😣
私は肌が弱くて不調が全部肌に出るタイプです。
あまりに暑くて持病のアトピーが悪化しました。
去年はよりもひどいのは更年期症状が進んだせいでしょうか。
これはイカンと思って、休日にはランニング🏃♂️をすることにしました。
代謝を上げて体質を改善せねば。
朝起きて朝食前に40分ほど。
2〜3kmの軽い運動です。
始めてみるとこれが気分最高で、『もっと早く始めれば良かった』と後悔するほど。
1、2、1、2🏃♂️
はっ、はっ、はっ、はっ💨
ブルン、ブルン、ブルン、ブルン、
あれ…?ちょっとお肉が…
お肉が揺れる
そうだ、こんな時にはあの曲だ。
ZARDの名曲アレンジ。
揺れる〜お肉〜♪
か・ら・だじゅう感じて〜♪
ホントだよ、まったく
いつの間にくっ付いたんかな。
てな独り言を呟きつつ今朝もランニング終了☑️
もちっと行けるかな?と思うところでやめるようにしています。ずっと続けたいから。
。。。。。。。。。
哲学だ、歴史だと、色々な理屈も外せないんだけど…
やっぱり大事なのは茶道でも体だよね。
体から生み出される動きの美しさなんだよね。
。。。。。。。。。
と宗嘉先生と話しています。
🟦合気道を究めるようになったら『茶道は武道の一つだ』とよく思うよ。
単に右から左へとお道具を移動させてるんじゃない。
気の流れを感じ取って動きを沿わせているんだよ。
私は合気道の経験はありませんが、仰っていることが何となく理解できます。
最近、私は着付けの難しさを改めて感じ始めました。
着付けを通して
『気✖️体の関係』
を思い知らされたのです。
同じ着物を着ているのに、明らかに着心地が変わってきました。
着物は体に少しずつ布を重ねていきますので、下地が大事なのであります。
『あれ?太った?』
と焦って体重計に乗ると、むしろ体重は減っています。
。。。。。。。。。。
🟦体重が変わらないからと言って安心していると危ないよ。体型と体質は着実に変化しているんだ。
🔴そうですね。ここが正念場ですね。
🟦いやいや、そんなに甘くないよ。正念場はこの先もずっと続くんだよ。
これを機会に自分の思考の全てをガラリと変えるしかないね。
それが出来る人だけが、成功を収められるんだ。
。。。。。。。。。。。
これが能楽者・世阿弥の言う『花』かと思いました。
世阿弥は、父・観阿弥の晩年の舞を見て
『老いた木にも花は残る』
と考えたようです。
むしろ、
『最後の花を残すためにそれまでの人生があった』
と感じたほど、父の舞は趣深いものであったそうです。
これを感じ取った世阿弥も素晴らしいし、
感じ取らせた観阿弥も素晴らしいと思いました。
最後まで『親』の地位から降りない観阿弥の覚悟を感じます。
ところで舞が素晴らしいといっても、体の変化は誰にでも訪れるものであります。
舞の出来としては、35歳前後が最高潮であると言われています。
盛りを過ぎるのはやはり悲しいものです。
しかしだからこそ、
ここで意識を変えて次の花を咲かせよ、と世阿弥も説いています。
一般人である私たちも同じ気持ちを持ちたいものです。
体型を整える上で私が一番気にしているのが、背中です。
着付けでも前姿より後ろ姿を気にして行っています。
理由としては、
・帯正面(和装の顔)が後ろだから
・後ろ姿(背中とお尻)に年齢が出やすいから
であります。
背中とお尻の見せ方については、歌舞伎役者の坂東玉三郎さんの言葉をいつも反芻しています。
玉三郎さんは、若い娘を演じる時に肩甲骨をクッと寄せて、首を長く見せるようにしていると仰っていました。
その時に、お尻あたりで手をシュッと組んで、何気なく横を向く仕草をしておられました。
力みが無く自然な仕草で、
『かわいい❤️』
とつい声をかけたくなります。
私が真似しようとするとグギッ⚡️ゴギッ⚡️と肩が鳴ってぎこちなくなるのでした。
しかし、わざわざこの仕草に言及する玉三郎さんもまた、訓練なしでは表現できないようでした。
体型の変化を受けて、ただいま着付け技術を大きく見直しています。
見直し途中で流動的ですが、自分との対話は誠に楽しいものです。
皆さまに紹介できるまでに技術が固まりましたら、お知らせしたいと思います😊🤲