講師(宗夜)ブログ
●テレビは見ない方がいい
テレビ
昭和時代はテレビ文化の全盛期
子どもの頃、家庭内でテレビがついていない日はありませんでした。
一番身近な電気製品と言っても過言ではありません。実家では家族の誰かが常にテレビをつけていました。
しかし宗嘉先生は、出会った頃から『テレビは見ない方がいい』と一貫して仰っています。
テレビを見ることによるデメリットには何があるのでしょうか?
詳細なデータと共に色々な方が理論的に説明されています。
最近、老年医学の専門医の方の文章を読みました。
説得力のある文章に考えさせられました。
私もテレビの悪影響をお仕事の中で実感することがあります。
茶道とテレビに一体どんな関係があるのか、疑問に思われるかも知れません。
しかしこれが多いにあるのです。
テレビをよく見ていらっしゃる方には、共通した特徴があります。
●敬語を使えない
●話題があちこちに飛ぶ
●自分に注目を集めたがる
出会って間もない状態でも、友達目線のタメ口になります。
言葉遣いから『この方は相当テレビを見ているな』と予想できます。
テレビにはたくさんの芸人さんが出ています。
親近感を演出するため芸人さんは基本的にタメ口です。
相手の懐に入らないと大勢を笑わせることができないので当然かも知れません。
『笑う』という行動には、瞬間的に人を元気にさせる力があります。
気持ちが高揚するし、大勢の人の笑い声と共に自分も笑うことで一体感が得られるでしょう。
表情筋や腹筋も使うので、大笑いした後には何となくスッキリします。
その一方で中毒性もありそうです。
笑わずにはいられない。
笑いを求めずにはいられない。
落ち着きのない大人になってしまう可能性があります。
人間関係においての判断力も鈍り、無遠慮に相手のテリトリーに踏み入る可能性があります。
本格的に茶道を極めたいのであれば、テレビの前で爆笑するような番組は避ける方が無難でしょう。
ぞんざいな口調は見ているだけでも脳に刷り込まれてしまいます。
いざと言う時に口を突いて出るのは、普段の口調なのです。
先日の宗嘉先生との対談でも、テレビの影響力を感じました。
テレビには言及していませんが、大袈裟な身振り素振りは、画面越しでの演出と重なります。
『えっ⁉️』と耳に手を当てて大袈裟に聞き返す行動は、テレビ番組により刷り込まれたものと感じました。
人生100年時代と言われます。
『現役』と呼ばれる年齢を自分で決める時代になりました。
自分のことは自分で。
現役らしく、いつでも自分自身を律していきたいものです。
改善の余地は、何気ないルーティンワークにこそありそうです。
●癖を直す
つい謝る、つい笑う、つい手を振る
などなど…
ついやってしまう癖のせいで、印象を損ねているかもしれません。
『はい、すいません』
『はい、すいません』
『はい、どうもすいません』
OL時代につい謝る癖を持っていました。返事の度に口癖のように出てきたのです。
職場の先輩から口癖を止めるようにアドバイスされた経験がありますが、真意が分かりませんでした。
なぜ口癖がそこまで印象を損ねるのか、納得できないうちは直らないものだと実感します。
当時はとにかく自分に自信がありませんでした。
(何かあったらごめんなさい)
そんな感じで謝る癖がありました。
『つまりは直す気がないんだね』
ガツンと言われたこともありましたが、それも意味が分かりませんでした。
子供から大人になりきれておらず、子供時代の『躾:しつけ』から抜けきれなかったのです。
子供の世界では、余程のことがない限り謝れば許してもらえます。
『ごめんなさい』→『いいよ』
大人の世界は、そんなに単純ではありません。
その違いが分かりませんでした。
適応能力のある人であれば、部活での上下関係や、バイト仲間との人間関係などから徐々に身につく感覚なのでしょう。
学生時代のうちに身についていたら、OL時代の私の悩みはあんなに深くはなかっただろうと思います。
実は、謝れば許されるという感覚はとても横柄です。
謝った側にマウントがあります。
(謝ったんだから許してよ)
そんな風にも聞こえます。
謝られたら基本的には許さなければならないという思いこみから生まれた口癖でした。
謝られた方の気持ちに鈍感でした。
逆の立場になると分かりますが、何度も口癖のように謝られると不愉快になります。
まるでいじめているような気持ちにさせられます。
これでは円滑に仕事は回らないでしょう。
つい笑う癖も同じことが言えます。
笑う必要のないところで笑い声を立てられると不審に思われます。
余計な動きの多い人も同じです。
顔の周りに手を持ってきて、髪をいじったり、口を覆ったり、手を振ったり…
落ち着きのない行動は相手を不愉快にさせてしまうのです。
『悪い人じゃないんだけどね…』
と前置きされるタイプの人たち。
まさに悪い人ではないので苦情を言いづらく、許容できない自分の方が狭量なのかと思わせます。
しかしその時点で周囲に負担を掛けており、癖のない人が現れた時に比較されて評価が下がります。
若くてスタイルが良くて可愛いうちはある程度許してもらるでしょう。
でも、そうではなくなってしまうと冷たい反応を受けて生きづらさを感じることになります。
無意識に出る癖を直すのは簡単ではありませんが、自分に自信が持てるようになると少しずつ改善します。
行動に余裕と落ち着きが出て、静かにすることができます。
そうなれば隠れていた自分の新たな才能を掘り起こすことも出来るかも知れません。
それらを可能にするのが和の文化だと私たちは確信しております。
『道』と名のつく文化文芸の数々。
どこへ繋がる道かと言えば、自分の内面から天へと繋がる光の道。
和の文化を学び、味わいながら、小さな癖を直して、魅力あふれる本当の自分を育てましょう。
●評価の分かれ目 第一印象
初対面の時、自分も相手もお互いを集中して観察します。
履き物、服装、顔、髪型、姿勢
下からすうっと頭に行き、改めて全体を見て顔に戻ります。
立ち方、歩き方、声の出し方、言葉遣い、話すスピード、笑顔の作り方など、ありとあらゆる情報を収集します。
動物的な視点で、まずは敵か味方かを見極めるでしょう。
自分に危害を加えるか加えないか。
この辺りは赤ちゃんや幼児が鋭い勘を持っています。
赤ちゃんや幼児は、黒々した大きな瞳を瞬きもせずにこちらに向けてきます。
そして『危害を加えそうだ』とみなした相手には近寄りません。
大人も同じです。
特に起業家は非常に細かいところまでチェックするものと思います。
信用出来るか、出来ないか。
チェック項目は色々ありますが、まず一つ気をつけるべきポイントを挙げるなら『距離感』です。
人はそれぞれ心地の良い距離感を持っています。
出会ったばかりならば1m〜1.5mくらい離れている方が良いかと思います。
これをベタっと距離を詰めて寄って来る方がたまにおられて残念な気持ちがします。
ここにその方の教養が表れます。
敵ではない。悪い人ではない。
危害を加える人ではないけれども、
信頼して一緒に仕事を出来る人ではないと思われてしまします。
中にはお綺麗で話術にも長けていた方もおられ、非常に勿体無く感じました。
初対面での距離が近い方はその後もアピールが強いことが特徴です。
大きな声で話したり、度々口を挟んだり、いつまでも残って自分の存在を主張したりします。
そうなると周囲から敬遠されて、ますます孤立感を深めてしまうのです。
その他大勢に括られる時には、
『その他大勢の没個性バージョン』を楽しみましょう。
静と動の巧みな使い分けは、知恵ある者のみが出来る行動なのです。
あの方ステキ。
でも中身はもっともっとステキ。
大人女性の魅力は、こころの余裕で磨かれていきます。
●脱!子供おばさん
『子供おばさん』という奇妙な単語をネットニュースで見かけました。
興味をそそられて中身を覗いてみると、大人女性の幼稚な行動を批判する文章の数々。
しかし幾つか自分にも該当することがあり、いたたまれない気持ちになりました。
20代や30代の頃なら他人事で
『いるいる、こういう人』などと
笑っていたでしょう。
でも今の自分は笑えません。
ただ、ところどころに行き過ぎた批判も見られました。
ふと思いました。
このような文章を書く人はどんな人だろうか。
間違いなく若い人でしょう。
『自分はそうはならない』と思っておられるようです。
文章からは『おばさん全般』に対しての憎しみが滲んでいます。
よほど年長の女性から嫌な思いをさせられたのかも知れません。
。。。。。。。。
不思議なんだけどねぇ
本当に不思議なんだけど…
『こんな風にはなりたくない』
『自分は絶対にならない』
とか頻繁に思っていると
ある年齢に達した時に
最もなりたくなかった嫌な人間に、実はなっているものなんだよ
。。。。。。。。
宗嘉先生がある時そう呟いていたのを思い出しました。
『難しいものですねぇ…』と会話しました。
🔴だって嫌なものは嫌ですよね。
不快な思いをしたのは事実で
『こうなりたくない』と思うのは当然のことでしょう。
それなのに自分がそうなってしまうなんて。何故なのでしょうね。
🟦良いものも、悪いものも、脳からすれば刺激には変わりないから。データとして蓄積されてしまうんだよね。
🔴刺激の頻度が高いものが優勢になるということですね。
🟦そういうこと。
だからそこから脱するには…
ネガティブな情報を打ち消すほどの強さを持ったポジティブで具体的な情報を常に入れ続けるしかない。
だけどそのポジティブで具体的な情報が見つからないから、みんな苛立つのだろうね。
🔴そこですよね。
本当に、そこなんですよね…
長く生きて人生の経験も積んだのにステキになれるとは限らない。
『若い頃は綺麗だったね』とか
『ステキだったね』とか
過去形で表現される人の方が多い。
せっかく長寿時代を迎えたのに幸せ度が少ないのではあまりにも悲しい。
大人の女性が生き生きと輝けるような具体的な提案を今後のよし庵で展開する予定です。
外見を整え、気持ちを整え、話術を磨く…
楽しみながらご参加いただけるようなプログラムを考案中です。
どうぞお楽しみになさってくださいませ😊🤲
●宗嘉先生との対談を終えて
宗嘉先生との対談の後には、大抵においてじわじわ〜と隠れていたメッセージを感じるのです。
今回もそうでした。
感じ取ったメッセージは
『無理にストレス発散しようとしないこと』
でした。
生きている限り、何かしらのストレスはあるでしょう。
でも辛いからと言ってストレスを何かでごまかさないことが大事ということでした。
ごまかすのではなく『離れる』
意識だけを遠くに持っていく。
旅に出るのではありません。
身体はそのままです。
意識を遠く、高く持っていく。
今の私ではない、見たことものない輝く私にするために。
逆に良くないのはこのような行動です。
・飲食でごまかすこと。
・大声で歌って発散させること
・大きな音で音楽を聴くこと。
これらは五感を麻痺させると言えます。
何かでかき消すように振る舞ってもストレスは無くなることはなく、却って自分が強く意識していることを後から実感してしまいます。
そして身体に負担が掛かってしまいます。
そう考えると、日本文化はよく出来ていると改めて思うのです。
茶道、書道、華道、香道
これらは大きな音もなく静かに集中し昇華する文化です。
たたみ1畳、または半畳以内で鍛錬が進みます。
どこか特別なところに出掛けたわけでもないのに、お稽古が終わると気分はスッキリ。
日本人の平均寿命が高いのは、このような文化のお陰かも知れません。
大事に大事に、これからもお稽古に励みたいと思いました。