講師(宗夜)ブログ

2023-11-04 20:06:00

●火箸の動きに見る文様

火箸の扱い。

美しく流れるような線を描きたいといつも思います。

火箸を尺立てから抜き取り、地板スレスレで尺立てと健水を避けるようにし、胸に寄せて鏡柄杓。

 

最初は箸先がお道具に当たり、

『チーン🛎️』

といちいち鳴っていました。

厳粛な奥伝のお稽古にて申し訳ないと思いました。

 

これ…。

この形…。

書道の連綿にも似ていると思いましたが、着物の文様にも似てはいないだろうか?

観世水(かんぜみず)

ではないだろうか?

と思うようになりました。

観世水とは能の流派である観世流の観世太夫が定式文様として使用したことに由来しているとのこと。

渦を巻いた流水文様です。

観世家の人々が水を汲んだ井戸は、常に渦が巻いていて新鮮だったそうです。

湧水だったのでしょうか。

その後、観世水は格調ある古典文様として広く用いられるようになりました。

 

同朋衆が活躍した時代の文様であるので、影響し合っているように思います。

能、茶道、香道、水墨画、建物、装飾品…。

観阿弥、世阿弥、芸阿弥、相阿弥…。

『阿弥』とは一向宗の門徒に許された称号で、室町時代の将軍に仕えて武士の文化の礎を築いた人々。

 

観世水のような動きを紙に描けるくらいにきちんと綺麗な形として捉えられていれば、いつかは火箸でも綺麗に描けるようになるのではないかと思いました。

気付きがあれば、美は際限なく繋がって広がっていくのだなぁと思います。

 

観世水

ポチョンと一雫、水が滴り落ちて、鏡のように平らだった湖が円を描いて波打つ文様。

この文様に私は宇宙を感じます。

宇宙も波で出来ているんじゃないかと最近思っています。

宗嘉先生がしきりに口にする『波動:はどう』。

天文に興味を持って調べると、宇宙は波動だらけです。

 

観世水は、宇宙をも表しているような気がしています。

流るる水は腐らず

宇宙の星々も常に動いていて留まっていません。

 

きれいな渦うず、観世水。

このような文様を描いてくれた先人に感謝です。

その文様を火箸を使って空間に描く。

火🔥と水💦

そうか、ここにも風水が…。

深い…

2023-11-04 19:04:00

●茶道と書道(仮名小筆)

工藤のもう一つの趣味は書道です。

私の専門は『仮名小筆』

仮名文化に興味を持ったのは通訳ガイドの勉強をしている時でした。

 

今現在私たちが使っている平仮名は、明治時代に法令によって定められたもので、それまでは沢山の仮名を併用していたとのことでした。

明治33年に『小学校令施行規則』という法の中で、漢字が制限されると共に、仮名も一字一音に定められたのでした。

富国強兵という概念に突き動かされていた当時。

国民の学力の平均値を押し上げていくことが喫緊の課題でした。国が守られてこそ文化が成り立つのですから仕方のないことですが、捨て去られた数々の仮名の気持ちを考えるとなんとも切ないです。

 

表舞台から降ろされた仮名は『変体仮名:へんたいがな』と呼ばれています。

しかも、ヘンタイって…。

これを言うと大体の人が『プッ💨』っと笑うのでまた切なくなります。

kinky(変態)じゃないです。

transformed(変形した)です。

 

日本文化を1000年も支えた大事な屋台骨なのに、あんまりじゃないの。かわいそうに。

私の名前は和歌から付けられたのでどうしても気持ちが入ります。

。。。。。。。。。

秋風のたなびく雲の絶え間より

もれいづる月の影のさやけさ

左京大夫顕輔

。。。。。。。。

末尾の『さやけさ』より名付けられました。

 

和歌や書道には、ずっとどこかで気持ちが引っかかっていました。

でも20代も30代も、何だか気持ちがガツガツしていて、ゆったりと文化の薫りに身を浸すことができないでいました。

40代前半もまだガツガツしていたのですが、

40代後半に差し掛かったところから、

どうしてもどうしても和歌や書に触れたいという気持ちが芽生えてきました。

万葉集や古今和歌集の本を買ってみました。

でも、開いても…。

味気ない…。寂しい…。トキメキがない…。

なんで?

活字印刷だからだ。

若い頃は『覚えてなんぼ』と思っていたので、何とも思わなかったのに。

40代後半の自分は『これじゃあ嫌だ❗️』

と強烈に思うのでした。

仮名で和歌に触れたいと思って『源氏物語絵巻』を購入してみました。

『うわー、ニョロニョロして。これ、どこからどこまでが1字なのよ??』

もう全然分からないので『仮名字典』も買って照らし合わせてみるのだけれど、やっぱりよく分からない。

『これはアレだね。書けるようにならないことには、読めないんだね。』

と思い至り、プロの先生に教えていただくことにしました。

 

やはり書道も深かった。

深いだろうとは思っていたけれども、本当に深かった。

驚いたのが『1mmという単位の大きさ』でした。

通常の生活で、私たちが一番小さい長さの単位として使うのが1mmです。

書道を始めるまでは1mmはとてつもなく小さいと思っていたのです。

始めてからはその逆。

とてつもなく大きいのでした。

先生からよく言われるのが

『惜しいですね。細い髪の毛1本分左ですね。』

その通りに直すのがまた大変。

吸って吐いての呼吸でも筆先が左右に振られるので、言われていることは分かっていてもなかなか直らない。

しかしよくこれを見極めるなぁ。

先生の目、どうなっているのかなぁ。

 

そして仮名小筆の場合には、一度動き出したら筆を止めてはいけないという決まりがあります。

連綿(れんめん)という技法で、字と字が繋がっているからです。

これがあのニョロニョロの正体。

あー!これやりたかったのよー!

繋げりゃいいんでしょ?

『あー、適当に繋げないで。よく見てください。こちらは連綿が前の字に寄っていて、逆にこちらは次の字に寄っているでしょう?』

(あ…、ほんとだ💦)

『そして余白がこちらは狭くて、こちらは広いでしょ?』

(あ…、ほんとだ💦)

『ここで筆が止まったみたいですね。ちょっと墨が滲んでるので止まらずに動かしましょうね。』

(あ…、はい💦💦💦)

そうかぁ、こういうのが仮名小筆かぁ。

昔の人ってすごかったんだなぁ。

 

あれ?でもこの筆を止めてはいけない決まり。

茶道と似てる!

すごく似てる。

これは私には大発見でした。

だから、細川幽斎は茶道も書道も武道も和歌も達人だったんだと思いました。

呼吸を整えて、空間と時間を味方につけて、物と自分との間合いを、身を以て測る。

茶道は科目を自分の体に覚え込ませないと身体が動かない。

書道も和歌を覚えた上で味わう余裕がないと筆が動かない。

そして動き出したら止まってはいけないのは武道とも同じ。

よし庵の生徒さまに元女流剣士の方がいらして、『剣道と似てますか?』とお聞きしたところ

『後に下がってはいけないところが似てます』

と答えてくださいました。

竹刀は長さがあるので、対戦相手とくっついてしまうと戦えない。

だけれども自分から身を引いてはいけない。

気持ちを強く持って相手に身を引かせる。

そのためには『前へ、前へ』という強い気持ちが大事。

そして相手との距離感を正確に見極める感覚が大事。

書道もやっぱり距離感。

筆先と和紙の距離感。

指先に伝わるほんの微かな感触を頼りに線を引く。

そして…

 

『工藤さん、止まりすぎ』

宗嘉先生からもご指導の声が飛ぶ。

柄杓を釜から上げた時。

滞空時間が長すぎるとのこと。

『確かに合1個分上げるようには言ったけど、そんなに長く留まらないで。茶道は流れが大事なんだから。』

(筆を留め過ぎて和紙に墨が滲むのと似ている)

『あー、あー、広がり過ぎ』

火箸を尺立てから引き抜いて健水を避けて身に寄せる時の軌跡。

『遠心力に負けないで。身体で制御しなきゃ』

(連綿に似ている。和歌集によって傾向が異なるからどんな連綿も引けるようになってこそ制御が可能となる。)

『ところどころで火箸が上下して無駄な動きが多い。すべて一定の高さで。水面を滑るように。』

(これも筆の動きに似ている。和紙に押す力が強ければ太い線となり墨も濃くなる。逆に離せば薄くなり掠れていく。調節できてこそ一定が保てる)

 

発見は尽きず…

愉しいです。

茶道も、書道も😊

2023-10-29 17:24:00

●シンクロナイズド茶の湯

先日のzoomプライベートお稽古にて、とても心地よい時間を過ごさせていただきました。

お稽古の科目は『台天目』。

きちんと着物を着てくださってのお稽古でした。

 

ゆったりとした呼吸のリズムで淀みなく進むお稽古。

途中まで拝見していた工藤も、楽しくなって一緒に手を動かします。

口は動かさない。

手だけ。

静かに進む台天目のお稽古。

パソコンの画面を挟んだ、こちら側とあちら側。

太平洋と赤道を挟んだ、こちら側とあちら側。

ずっと並走していたお稽古で、時々生徒さまの手が早くなり、

『ううーん、ここで早くならないで…。一定のリズムを保ちましょう。1、2、3、4…。』

『はい』

リズムが元に戻る。

茶室に足を踏み入れたそのリズムに戻る。

1、2、3、4…。

 

それにしてもよくぞここまで身に付けてくださったとお稽古の途中で感服しました。

3年かけてここまで来ました。

盆略点前から始めました。

帛紗捌きの腕の高さが分からないときには

『ウルトラビームの位置です。はい、ウルトラビーム!』と盛り上げ、

茶巾でお茶碗を清める手が分からないときには

『カトちゃんぺの手で拭きますよ』

と説明しました。

ややふざけすぎかとも思われましたが、お稽古自体は至って真面目に行っていました。

私のお稽古のスタイルは細かなところもすべて説明し尽くすというもの。

同じことを何度も何度もお稽古の度に申し上げて、教えを刷り込んでいきます。

私自身も宗嘉先生にそのように教わりました。

『同じことを何度も何度も行うのがプロだ』

一流イタリアンシェフの落合務さんもそうおっしゃっていました。

『同じことばかりするのは嫌だという人がたまにいるけれど、それはプロとは言えない。プロは同じことを何度もする。それでいて飽きず、同じようでいて向上させていくのだ。』

 

いま、プロとしてお仕事をしていて、その言葉が心に響きます。

同じようなことをしていても、年数を重ねると見えてくるものが変わってきます。

そして自分自身への問いかけも変わってきます。

『美』とは?

『ひと』とは?

『仕事』とは?

 

結局のところ、どの仕事も『ひとを育てる』ということに終始するのではないかと思っています。

ひとは老いる。いつか朽ちる。

でも『ああ、楽しかった』という喜びは、いつまでも鮮やかに心に残る。

鮮やかに存在するのはそこに美があるから。

美をつなぐのはひと。

 

生徒さまは茶道の先生を目指しておられます。

きっといい先生になられるでしょう。

輝く未来が楽しみです。

2023-10-22 13:59:00

●なぜ、それをする?

なんでこんなことしたんだろうと思うようなことを人は時々するなぁ、と思います。

なんでなのか、その時には理由は分からない。

でも、その行動にはそれなりの意味があるような気がしています。

なんでか分からなくてもついやってしまうのが右脳なのではないかと工藤は思っています。

ついやってしまう時、右脳は解放されていて気分が落ち着いているのではないかと思っています。

 

7月の終わりの茶事『夕去りの茶事』において、和蝋燭🕯️を使いました。

続きお薄を終えた頃には、蝋燭は全て溶け切り、手燭のお皿の底に熱せられた液体となって溜まっていました。

宗嘉先生が指☝️でツンと触ろうとしました。

(これ何だろう?)と思ったみたいです。

『先生、熱いですよ。触らない方が良いですよ』

それでも先生は指を伸ばして触ろうとします。

『触らないほうがいいですよ、先生。熱いですよ』と声を掛けたところで、

(あ、溶けたロウか…!) と気付いたようでした。

 

この時の宗嘉先生の行動を見て、

(そうそう、男の子ってこうなんだよねー)

とつい思いました。

大人の男性を前にして失礼ですが、

『これ、何だろう?🤔』と不思議がる純粋さが、宗嘉先生の最大の魅力のように思います。

そしてその純粋さが成功への鍵🔑なのではないかと思っています。

 

工藤は男児を育てた経験があるので、つい自分の子を思い出します。

『熱いから触っちゃダメよ』

と言っても幼い息子は必ず触りました。

『ダメよ』の『よ』を言い終わるか終わらないかのうちに触ります。

(ケンカ売ってんの⁉️)と思うようなタイミングで触ります。

手を洗わせれば必ず蛇口に指を突っ込んで水を撥ねさせます。洗面所は毎回水浸しです。

米櫃に手を突っ込んでお米を撒き散らします。

タンスの引出しを下から少しずつズラして開け、それを階段にして上に登ります。

(なぜ、それをする?)

私には理由が全く分かりません。

理由を問うのは左脳なのかもしれません。

 

大きくなってから改めて理由を聞くと、

『どうしても止められないんだ』

と言いました。

『怒られようが、叩かれようが、ケガしようが、どうしても止められない。やり遂げたいという気持ちは止められないんだ。』

へー(@_@)

 

最近になって、あの一蓮の行動はデータ収集だったのではないかと思い始めました。

一般的に、男児は女児よりも言葉が遅いとされています。

言葉を現象と結びつけることに時間が掛かるように思います。

『これ熱いから触っちゃだめよ』

と声をかけた時に、耳に残るのは前半のみだったようです。

『触っちゃだめよ』は消えてしまっていたようでした。

。。。。。。。。。

熱い?

なに熱いって?

触れば分かる?

触ってみよう、アッチー‼️😫

。。。。。。。。。

もしかしたらこのデータ収集はとても大事な経験だったんじゃないかと思います。

『熱いってこういうことか』という記憶のデータが一つ脳に書き込まれた瞬間かもしれません。

記憶はその人の財産です。誰にも奪えません。

撥ねる水💦

小さな米粒🌾

撒けばパラパラと音を立てて面白い。

タンスの引出し。

引いたり押したり。 時々指を挟んで痛くて泣く。

こういうことすると痛い目に遭うと学ぶ。

でもまたやる。

すんでのところですり抜ける快感。

『フー!😁』

 

大人の立場からすればイタズラですが、その時の子どもは『面白いこと』をただ追求しているだけ。

こういう経験をたくさん積んでおくことが右脳を発達させるんじゃないかと思います。

そして大人になっても時々はこのように、気持ちの赴くままに行動して、自分を解放することが大切なように思います。

自分を解放するには心から安心できる空間が必要です。

素のままの自分でも受け入れてくれる空間。

いいのよ時々失敗しても、と。

そう思うと案外大きな失敗はしないもの。

皆さまには、お稽古で伸び伸びとご自身を解放していただきたいと思います。

解放することで明日を生きる活力が内側から湧いてくると私たちは考えています。

2023-10-15 19:28:00

●腰紐が上がってしまう

腰紐が上がってしまうお悩み。

『本当は寛骨で止まっていて欲しいのに、ウエストまで上がってきてしまうんです…😢』

このようなお悩みをお持ちの生徒さまが割と多い模様です。

 

原因は、腰紐の真下の補正が足りないせいだと思われます。

ウエスト部分や腰の凹みの補正だけでなく、腰紐の真下にも補正をしてみることで改善が見込まれます。

麻の晒しを巻きつけることをお勧めしています。サイズは下記の通りです。

《麻の晒しサイズ》

・長さ:3m

・幅:30cm→これを二つ折りにし、15cmに

この麻の晒しをギチギチの固いロール状にしてから、寛骨を覆うように巻いていきます。

 

《麻の晒しの写真❶↓》

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《巻きつける部分はココ❷↓》

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上線はおへそに被るくらい。

下線は股関節ギリギリ。

《巻いた状態》

正面からの写真❸

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横からの写真❹

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補正をした上での腰紐の位置がこちらです❺↓

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↑このように腰紐の真下で固い麻の土台を作ることで、布同士の摩擦が生まれて腰紐がずり上がらなくなります。

 

ただ一つ、注意点があります⚠️

巻く前にアンダーウェアを下に下げておき、巻き終わってから上に上げることをお勧めしています。(強くお勧めします)

と言うのは、この晒しの下にアンダーウェアのゴムが挟まってしまうと、お化粧室に行った途端に着崩れてしまうからです。

 

そして最後に…

私は下腹辺りで帯を締めるのが好きなので、低い位置での腰紐をお勧めしていますが、締められることで圧迫感が増すことは否めません。

どうか無理はなさいませんよう…

健康第一、安全第一でございます。

 

余裕があれば試してみてほしいという程度です。

腰紐と帯の位置を下げることで、中高年から大きくなってしまうお尻や腰回りを目立たせなくすることができます😊