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2021-10-04 02:32:00

33 クイズで脳活 その8

 

前回,日本で昔から使われていた,0.1・0.01・0.001を表す,分・厘・毛に,割が割り込んできたということの明快な説明を愛知県の松崎重広先生から学びました。始めは中学の数学教師で,その後小学校にうつられ,算数・社会・理科・もの作りの分野で多くの功績を残されました。本も多数出版されています。

私アクトは仮説実験授業の研究会で知り合い,「数量的に歴史を見る」ということを学びました。

 

クイズ13

奈良時代、日本の人口はおよそ600万人から700万人と推計されるそうです。現在は、1億2000万人です。およそ1300年間で15倍に増えたわけです。では、どのような増え方をしたのでしょう。下の4つを参考に考えてみてください。

IMG_0810.jpeg

 

 

江戸時代の農民は,「年貢で米をとられ,お米を食べれず,ヒエやアワを食べていて,ひもじい生活をしていた」と,小・中学生の時に教わった記憶がありました。お殿様のところに集まった米はお殿様達が食べていたのでしょうか?多くの農民から集めた多くのお米を,お殿様達だけで食べ切れることはありません。それにお米は,重くて,かさ高いので保管も大変です。

集まったお米は,米問屋に売り,お金にかえ,米問屋から市場に出回っていたのです。ですから、農民をはじめほとんどの人がコメを食べていたことになるのです。「〇〇新田」という言葉があります。江戸時代前半は,農具(備中クワ)・測量技術も発達し,今まで,田んぼに不向きだった土地も田んぼに変えられたのです。現在,棚田と呼ぼれるものは,ほとんどこの時代に作られたものです。その結果,江戸時代の前半(1600年過ぎから,1720ごろまで)は人口が増えて行ったのです。

 

     

田んぼが増える→米がたくさん取れる(収入が増える)→人口が増える

の循環ができ,100年ちょっとで人口が2倍になりました。

 江戸武士_人口増えるんか….png

   

 

明治維新以降日本の人口は,日清・日露戦争,第1次世界大戦,第二次世界大戦(太平洋戦争)を経ても右肩上がりを続けていました。明治以降人口が増え続けた理由は、食糧生産が増えたことは大きな理由ですが、そのほかにも以下の理由があるのではないかとある方に教えて頂きました。

 

⓪新しい時代の息吹を人々が感じ、未来に対して明るい予感を持っていたのではないか?

(明治維新の時代の変わり目、大正デモクラシーのころ、池田隼人内閣での所得倍増計画)

①貨幣経済が大きく発展し、食べ物も含め多種多様のモノが手に入るようになってきた。

②医療が発達し、寿命が大きく伸びたこと

 

クイズの答えは下のグラフになります。

IMG_0811.jpeg

 

 

 

「日本の人口の移り変わり」のグラフをみると,グラフの傾きが大きく変わるところ(微分係数が大きく変化するところ)は時代の大きな変わり目かもしれません。グラフには2010年までしかありませんが,今は2021年,右肩上がりから右肩下がりに代わりました。数学で言うと微分係数がプラスからマイナスになりました。グラフが右肩下がり,つまり人口減の時代です。長いスパンで見ると大きな時代の変わり目ともいえます。

 

 

 

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