◆お知らせ
令和7年度 第4回の講演会を実施します。終了しました。
2025年10月26日(日)
テーマ 八角形墳・三津屋古墳の謎に迫る
今回の講演会の発表者 右島 和夫氏より
下記メッセージが届きました。
掲載します。
発表者からのメッセージ
10月26日(日曜日)の午後1時30より
高崎市吉井文化会館で講演会
「八角形古墳・三津屋古墳の謎に迫る」
が開催されます。
そこでは、高橋 人夢「古代史から見た三津屋古墳」、
右島 和夫「考古学から見た三津屋古墳」が、
それぞれに行なわれ、その後、両名による討論を予定しており、
現在、わかりやすく興味深い内容にするべく鋭意準備を進めています。
三津屋古墳は、終末期の王陵と目される奈良・京都に所在する
古墳を除くと、同時期の古墳としては唯一の正八角形墳と考えられます。
考古学者の白石 太一郎氏の所見によるならば、
舒明天皇陵と考えられる段ノ塚古墳を皮切りに
7世紀後半を中心とした代々の天皇陵古墳が、
正八角形を採用していることから、
この時期の天皇陵は八角形に特化されたと考えられています。
それではなぜ、上毛野国の三津屋古墳に、
天皇陵古墳と同じ八角形墳が採用されたのかが
問題となってきます。
右島は、関西大学の大学院に在籍していた時期に、
2年間にまたがって八角形墳であることが明らかになった
奈良県明日香村の中尾山古墳(文武天皇陵の可能性が強い)、
同牽牛子塚古墳(天智・天武天皇の母・斉明(皇極)天皇陵の可能性が
強い)の発掘調査に参加する機会がありました。
この辺の調査のエピソードを交えながら、
三津屋古墳に迫りたいと思っています。
高橋は、先年、早稲田大学の大学院で日本古代史研究を修めた
新進気鋭の研究者で、昨年吉岡町に文化財担当の職員として
採用されました。
三津屋古墳周辺の吉岡地域の歴史動向に注目しており、
そこからも異例の八角形墳登場の背景が追跡できそうと、
挑んでいる成果を披瀝したいと張り切っています。
三津屋古墳を通して、古代の上毛野地域の歴史特性について
考える機会にしたいと思っています。(右島記)
第一部
演題:古代史から見た三津屋古墳
講師:高橋 人夢氏(群馬県北群馬郡吉岡町
吉岡町教育委員会文化財センター 主事)
経歴
2014年4月ー2018年3月 群馬大学教育学部 社会科教育講座
2018年4月ー2020年3月 早稲田大学大学院 文学研究科 日本史学修士課程
2019年2月ー2020年3月 国立歴史民俗博物館 資料整理等補助員
2020年4月ー2024年3月 長野原町教育委員会 文化財保護対策室 主事
2024年4月ー現在 吉岡町文化財センター 主事
書籍:著作
■古墳の履歴書調査研究報告書
ー古墳に由来する文化的景観の総合的研究ー
(分担執筆。群馬県立女子大学群馬学センター 2024)
■古代の交通と神々の景観
ー港・坂・道ー
(分担執筆。八木書店 2023)
第二部
演題:考古学から見た三津屋古墳
講師:右島 和夫(歴史と文化を学ぶ会 特別顧問)
経歴:
1948年 群馬県境町(現・伊勢崎市)生まれ
1968年 群馬大学入学
1972年 群馬大学卒業
1974年 関西大学大学院文学研究科修士課程修了
1977年 群馬県教育委員会文化財保護課
その後、群馬県立歴史博物館 学芸課長
群馬県埋蔵文化財調査団 調査研究部長
1995年 「東国古墳時代の研究」で関西大学文学博士
2016年 群馬県立歴史博物館 館長
2025年3月まで、同館特別館長
2025年4月より「歴史と文化を学ぶ会」特別顧問



