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2020-09-09 19:59:30

dive71

 近頃いろいろあって、疲れのせいか眠くてしょうがないのに朝から寝かせてもらえない。麗華が髪飾りをするのに似合う髪型を結う度、これはどう?と聞きに来る。眠気もあってそれでいいんじゃないぐらいの返事をしたら、違うのにしてくるとまた結いなおす。何度目か覚えていないが、これは褒めるまで終わらないと気づき、ああ、それ可愛いね、と言ってあげるとおさまった。大変なものを買ってしまった。要約おさまって、もうちょっと寝ようとしたが、今度は腕輪は右か左どっちがいいか言い出したのであきらめて朝食を食べに行くことにした。いつも私の右手で手をつないで歩いているので左腕にすることにするらしい。これからは二つ同じものを買うことにしよう。両腕にあれば悩むことはない。

 外へ出てすぐにあったお店に入った。麗華があそこのお店はいいにおいがすると言うので決めた。麗華の鼻はよく利く。外れたことがない。このおかげであの石の入った饅頭を食べなかったらしい。ある意味犬以上である。麗華はすぐに紅油抄手(辛いワンタン)を頼み、私は、肉包(肉まん)と豆腐脳(おぼろ豆腐をスープで煮込み具を入れ醤油、辣油などで味付けした中国の軽食)を頼んだ。麗華の言ったことに間違いはなく、とても美味しかった。日本人が海外旅行に行くと必ず日本料理が食べたくなると言うが、私は一向にならない。毎日楽しくてしょうがない。逆に考えると中国人である麗華が日本に行ったら中華料理が食べたくなる・・・日本の中華料理店で働いていた時、確かに中国人の調理師は日本料理あんまりたべなかったな。ていうか、みそ汁飲んでるところ見たことないな。天ぷらは食べてたけど、あれ日本料理って言えるのか疑問である。世界各国に天ぷらはあり、当の中華料理にもいろんな種類がある。油を使うのは天ぷら屋が一番みたいに日本人は言うけど、中華料理をやっている私は恥ずかしくてそんなこと言えない。井の中の蛙状態だ。まあ、食材を吟味するとかいろいろ意見はおありでしょうが、『美しく繊細』は突き詰めるのが好きな日本人らしいけど、自分で自分の首を絞めている感じがする。私は本当に日本人なんだろうか。

 お腹もふくれたし、一度、宿に帰って占い師のところに行こうかと店を出ると、宿の前に占い師が待っていた。昨日の寝間着とは一味も二味も違う、美しい装飾品をつけ、光沢のある赤い絹の民族衣装は袖や裾に細かい刺繍が入っている。体調も戻ったのか顔色もよく、中国美人とはこういう者かと思わせるような美しさだ。男の私だけでなく、麗華も見とれている。しかし次の瞬間、吸い寄せられそうな私に気づき、手をぎゅっと握ってきた。見とれていた麗華の目が敵を見る目に変わっていた。

「昨天谢谢您了。我叫美雨。」(昨日はどうもありがとうございました。私は美雨(メイユイ)と申します。)

そう言って握手の右手を差し出すので私もと思ったが、右手は麗華が放さない。その光景を見て美雨が笑って左手を出す。麗華はその手があったか、と言わんばかりに悔しそうに見ている。私も恐る恐る左手で握手をした。とりあえず占い館に行って話をすることになった。麗華はずっと臨戦態勢だ。

 館に入り、中国らしい格子の装飾が施された木製の背もたれが美しい椅子に案内され、机を挟んだ向こう側に美雨が座る。机と言う境界線を挟んで私の世界を彼女が見ているようである。私と麗華を見ているのだが、何か私たちを透かして後ろにあるものを見ているような視線だった。そして一言

「你不是这个时代的人吧。」(あなたはこの時代の人じゃないわね)

今度は麗華の方が痛いと思うぐらい右手に力が入る。ドキッとして背筋がこわばり下腹に力がこもった。続けて、

「为了完成使命,还要再去呢。」(使命を果たすために、また行くのね。)

どこからどこまで見えているのだろう。この人が味方ならいいが、そうでなかったら・・・

「放心吧。我不是敌人。」(安心して。私は敵ではないわ。)

私の心が読めるのか?

「我有一个请求来代替增加灵力。」(霊力を増やしてあげる代わりにお願いがあるの。)

また麗華が手をぎゅっと握ってくる。まさかあの石?それとも秘術を・・・

「不是那样。请带我去未来。」(そうじゃありません。私も未来に連れて行ってください)

え!ええーーーーー!何言ってんのこの人。どうかしてんじゃない。そう思う私の手をぎゅっと握ったまま麗華が驚いて、急に立ち上がり美雨の方を見て口をあわあわさせていた。

dive72に続く・・・・

 

 

2020-09-05 20:37:00

dive70

 一仕事終えた私たちは、昨日まで使ってきた店を片付けて次の場所、日本を目指す。麗華はあの看板をしっかりと包んで背中にしょっている。たまに来てくれていたあの宿屋の主人も、町を盛り上げるためにずっと此処に居ろと言ってくれたが、そういう訳にもいかない。行徳を追って日本に行くには術もそうだが体力もつけておかなくてはならない。ここに来るのに龍恵の力を借りてきたが、今度は一人でやらねばならん。あの術の本に、時渡りには渡る先の時が近くても離れていても術自体には変わりはないが、持っていかれる霊力、体力は段違いだと書いてあった。体力って点はいっぱい食べてよく寝ればよさそうだけど、霊力ってどうやって高めるんだろう。和尚、そういうこと教えといてくれよ。私はそういうこと初心者なんだからさぁ。そんな悩みもあって、昨日宿屋の主人にこのあたりで不思議な力の湧く場所とか、人がいないか聞いてみると隣にできた大きな町に霊的な力で占ったり、治療をする女性がいることを教えてもらった。町で評判になったその女性も、前はこの街にいて仲良くしていたから自分の紹介だと言えば取り合ってくれるだろうという。未来に行く間に霊力、体力不足で思わぬところに飛ばされても困るので、麗華に相談し、町に行ってみることにした。体力不足を補うためにご馳走を食べようと誘ったら、鼻歌交じりに歩いて行った。あれとこれとと食べたいものをいろいろあげている。飛んで行くんだから鴨を食べようとか、龍の力を得るために鯉を食べたらいいんじゃないかとか、自分が食べたいだけだと思うけど、麗華が元気になるならそれでもかまわない。ひと月間働いてお金は結構たまったが、中国を出るのにこのお金を持っていても使えないので全部使ってしまっても構わない。そうだ。麗華に何かプレゼントしよう。

 町に着くとちょうどお昼時、大きめの料理屋に入り、麗華の好きなものを注文していいよと言うと、よだれ鶏やらいろいろ食べ切れないほど頼んだ。故郷とお別れするんだ、これ位させてあげないとな。思い返してみると、ここ数年で麗華は失ったものがたくさんある。その上、故郷まで失うんだ。私は彼女に何をあげられるのだろう。彼女の心の失ったところを新しく、楽しいもので埋めてあげたい。何か、生きていくお守りのような、道しるべのような。私がいなくとも私の代わりに彼女を支えてくれるようなものがいい。私がそんなことを考えながら彼女を見ると、食べるのに夢中だった。そんな彼女が愛おしくてたまらない。できることならもう一度二人でお店をやってのんびり暮らしたい。客席でお客さんと話して笑っている麗華を見ていると、ああ、できることならばこの景色を写真にとって置きたいと心から願う。このまま、行徳たちのことなんか忘れてしまいたい。ついひと月前は行徳のことが許せず、どこまでも追いかけてなんて思っていたが、危険を冒して戦うことの恐ろしさや、毎日の生活の楽しさに戸惑い、悩み疲れていた。許してなどはいないが戦うことでまた何かを失う事の怖さに心がついていけない。私にはあんなハリウッド映画のアメリカ人みたいなヒーロー願望はない。 いつかこの心を鷲掴みにする恐怖から解放されることはあるのだろうか。そんなことを思いながらも体力をつけるためにしっかり食べておいた。

  店を出るときに流行りの占い師のことを知らないかと聞いてみた。すると、どうも最近体調が悪いみたいで休んでいるらしい。この店の裏あたりに住んでいると聞き、ちょっと行ってみた。売れっ子が住んでいるにしては薄暗い感じの長屋のようだ。一軒ずつ聞いていくしかないか、とあきらめていたら人が出てきた。なんだか医者のようだ。付き添いの人と一緒に出てきた。二人とも困った表情で話している。そば耳を立てて聞いてみると、原因不明で倒れてしまって寝たり起きたりを繰り返しているらしい。医者は原因がわからずお手上げでうなだれて帰っていった。もしかしてと思い付き添いの人に声をかけ、占い師のことを聞いてみた。やはり倒れたのは本人らしい。宿の主人の紹介で来たのだが症状を聞かせてくれないかと聞いてみた。するとあの石の症状だった。巻き込む恐れがあるので、すべてを話すわけにはいかないがもしかしたら治せるかもしれないと言うと、何でもいいから来てくれと腕を引っ張られた。中に入るといろんな魔除けと思われるものが置いてあり、なるほどそっち系の人とすぐにわかる部屋だった。麗華に前に潜った時にとっておいた石の粉を出すように言う。特に害のあるものではないことを告げ、占い師に飲ませろと言う。朦朧として起き上がり薬を飲む占い師。少し時間がかかるからあとでまた来ると言い残し、部屋を出た。麗華にどこに行くのか尋ねられたが、ちょっと付いて来てと言いごまかした。料理屋に行く途中に見つけたアクセサリー屋に寄った。貴重なものは店先に置くわけがないので奥まで行った。店主の居る奥の棚には高価なものがそろっていた。その中でも目を引くのは青い宝石の付いた銀の腕輪だった。思い出すのは、孫の藍にやるつもりだったあの宝石。同じような色の宝石にひかれてしまった。もう一つ銀細工の髪飾りにはこれにも同じ宝石がついている。目を輝かせている麗華にどっちがいいか聞いてみた。悩んでいる。どっちも欲しいのだろう。店主にいくらか聞いてみた。二つ買うからまけてくれと言ったら喜んで負けてくれた。それでも持ち金の半分くらい持っていかれたが。あと何日此処に居るかわからないから、全部使うわけにもいかんし。満腹の上に腕輪と髪飾りにご満悦の麗華は、いつもの鼻歌を大きめで歌ってる。自慢げだ。かわいいなぁ。すぐに占い師のところに戻り、様子をうかがった。意識が戻ったようで寝床に座っていた。おつきの方に紹介され、話をしようとした。しかし、私を見るなり皆まで言うなという感じで、薬の礼を言い、わかっていますと。私の後ろに何やらいるのかな。準備をしておくから明日来てくれと言う。疲れているだろうから、宿屋を紹介してもらいその日はいったん帰った。

dive71に続く・・・

  

2020-09-02 21:51:00

dive69

 お店を開けて一か月が経った。街道を往く人たちの中で立ち寄ってくれる人も、今まで食べたことのない担々麺にとっつきにくそうだが、食べてみるとおいしいことがわかって完食してくれる。中にはこんなの担々麺じゃないという人もいるがそれはそれ。新しいモノとは、いつもそういう人との戦いを余儀なくされる。しかしそこを通り過ぎるまで我慢していかなければ浸透しない。いつだって新参者はたたかれるものだ。自分が今まで正しいと思ってきたモノを否定されているようで、自分が間違っていると言われているようで腹が立つのだろう。何でも一番と決めたがる人が陥りやすい、エゴと呼ぶに値する話だ。なぜ、あれもいいけど、これもいいねにならないのか。結局はそれが争いの始まりになっていることが多いのは、歴史が証明している。その人が気に入ってる人がおすすめするモノを自分もこれが最高だと信じ込み、他のモノは否定する。自分で判断しない、考えない人に多い話だ。宗教、政治みたいに難しい話ではない。自分がおいしいと思うかどうかだけなのに、皆の判断が気になるのは日本人特有の感情だと思っていたがそうでもないのかな。そんな感情がなければもっと笑えるのに、食べるときに難しい顔して食べてる人を見るとちょっと悲しくなる。食べるってもっと楽しいことだと思う。私が吟味してやる的な人たちを見ると誰のために?と思う。誰もそんなこと望んでないのに。みんな、違うところで生まれ違うところで育ってきた。家の味があり、それぞれに伝統がある。私の家の味があなたの家の味と違ったらどうだというのだろう。それでもいいじゃない。それはそれで美味しいじゃない。美味しいは調和である。好き嫌いではない。味のバランス、材料のバランスをどうやってとるかが調理師の腕の見せ所。昨今、全国展開されるファミリーレストラン、スーパーマーケットに並ぶ食品メーカーのたれやソースなどの普及により日本の味の画一化が進み、あろうことか料理屋を名乗るところでも冷凍食品やたれ、ソースをそのまま使っているところも増えている。知り合いの結婚式などでは初めから最後のデザートまでほぼ冷凍食品だったことを見るに、もはや何が正解なのかわからなくなってきている。調理場で作業している姿が目に浮かぶ。果たしてこの冷凍食品を切って器に盛っている調理師は笑えるのだろうか。晴れの舞台に呼ばれたお客さんに胸を張って今日はおめでとうございます、と言えるのだろうか。こんなことをするために調理師学校へ行ったのだろうか。調理師にもいろんな悩みがある。自分が最終的にどういう調理師になりたいかによって吸収すべきものも変わってくる。どんな道を歩み、何を思いどうするか。何かに流されれば、気づいた時にはこんなはずじゃなかったと自分の人生に後悔ばかりすることになる。おっと、調理師の愚痴が出てしまった。毎日作る自分の担々麺にこんな思いを乗せてはいかん。美味しくなるよう、みんなが喜んでくれるような一杯を明日も作ろう。

 麗華も慣れてきて元気な笑顔を取り戻してきている。私の体もこの調理場に慣れてきてお客さん、一人一人の顔も見えてきた。日本にいた時のことを思い出すと、もっと早く自分でやればよかったなんて思うようになってきた。今日も一日、精一杯やって日が暮れていくのを見ると、日本で働いていた時よりも充実感がある。今日も頑張ったので片付けて帰ろうとした時、

「欢迎光临!」(いらっしゃいませ!)

 麗華の声がする。見ると元はいい服なのだろうが、着倒したというか暴れまわったというか、あちこち擦れて敗れかかった服を着た汗と土埃にまみれた男が入ってきた。歳は私より少し下ぐらいだろうが、疲れ切った顔はまるで老人のようだ。この時代に来た時の私のようにふらふらと入ってきた男は腹が減っているようで何か食べさせてくれと言う。うちにはこれしかないので担々麺を進めると残る力でゆっくりとうなずく。麗華の注文の声で私は湯を沸かす。準備を始めていると、麗華が心配そうな顔で大丈夫かと尋ねた。すると男が最後の力でぼそぼそと話し始めた。実は男はこの街道を抜け、二山向こうの村の村長だという。娘が病にかかり医者という医者に診てもらったが一向に良くならない。それでこの先の川を渡った大きな町の有名な医者に相談に行ったのだそうだが、駄目だったそうだ。もう祈祷師などにも何度も祈ってもらったが効果がないのでどうしようかと、とぼとぼ歩きながら考えていたのだが、ここ2日ろくに食べてなかったもので力尽きるところにいい匂いがして飛び込んだそうだ。麗華が娘の症状を聞くと、王さんたちと同じ症状だった。ちょっと待っていてくださいと言い、麗華があわてて厨房に飛び込んでくる。

「怎么了?」(どうしたの?)

「蓝生!来了!终于来了!」(藍生!来た!とうとう来たわ!)

ちょうど担々麺ができたところで麗華に渡し男に出した。そして、すぐに客席の男のところに。出された担々麺をがっついて食べている男に

「这话是真的吗?」(その話は本当か?)

男は泣きながらうなずく。とても作り話とは思えない。来るとわかっていたものの、あの時見た男の顔、こんな顔だったかな?おっさんの顔って見分けつかないんだよねぇ。食べている男の顔を覗き込む。泣きながらのくせにもう食べ終わりそうだ。まあ、でも嘘ついても何の得もないし。麗華を見てうなずくとすぐに藍染めの衣を用意し、外の通りに誰もいないことを確かめ店の扉を閉めた。閉じ込められて、たじろいでいる男に

「你能保守秘密吗?」(お前、秘密を守れるか?)

確か、あの時こう言っていたよな、歴史を変えるわけにいかないしな。

男は、今度 ばかりは力強く大きくうなずく。男を待たせ、麗華に藍染めの衣を着させてもらい、担々麺を作る。病よされ、体調がよくなるようにと願いを込めて。そして、できたての一杯を男の前に差し出す。男は何が始まるのか、どんぶりと私を何度も交互に見ている。いよいよだ、和尚、王さん力を貸してくれ、と頼み、術を発動する。麗華はもう何度か見ているので驚きはしないが、男は椅子から転げ落ちてびっくりしていた。慣れたもので麗華が桶に水を用意して出てきた私の手を冷やしてくれる。

「緑碧目石!」(ブルーアイズストーン)

男に石を渡し、砕いて娘に飲ませろと言った。そして私たちのことは誰にも言うなと、わからないことや何かあったら『青龍寺』の龍恵和尚を訪ねろと。男は紙に『青龍寺 龍恵』と走り書き、何度も頭を下げると薄暗くなった山道をかけて行った。よし、これでこの時代でやることは済んだ。次に行くのは2018年の日本。気合いを入れようと思ったら、麗華が悔しそうに地団太を踏んでいた。どうしたのか尋ねると

「忘记收货款了!」(お代をもらうの忘れちゃった!)

さすが、わが嫁、頼もしい限りである。

dive70に続く・・・

 

2020-08-31 21:41:00

dive68

 どうも、もう少し手前に大きな宿場町ができたため、こちらの街は人が少なくなってしまったらしく閑散としている。街道を往来する人はいるものの一日に移動する距離的にも隣の新しい街の方が便利なことと、河川からの荷上場にも近いため荷役の人たちにも便利なことが理由で古い方を使う人がいなくなってしまった。建物はまだ残っているものの、人の気配がしないところが多い。宿屋があったのでその日はそこに泊まることにした。宿屋の店主に町のことなど少し聞いてみると、空いてる建物は所有者もわからないところが多く、朽ちていくばかりで困っているそうだ。それならちょっと借りてもいいかと、聞くと、何をやるのかと言うので、担々麺屋だと。それなら、3軒向こうの店が元麺料理屋だったから、そこを使えばいい、前のやつは、隣町に行ってしまったから好きに使えばいいよと言う。願ったりかなったりだ。未来のことを見てきたからとはいえ、こんなにとんとん拍子に進むと何か罠でもあるんじゃないかと疑ってしまう。罠?罠を張ってるのは私ではないのか。そうだ。ここで私は未来に種をまくのだ。しかしその後がどうなるのかまでは見ていない。誰がこの種を育て花を咲かせるのか。未来で石を作り敵の襲撃に備える。私たちの意志を継ぐ者が現れることを祈るばかりだ。

 次の日、早速麗華と店の掃除に行った。

「虽然只是一会儿,这是我们第一家店」(少しの間だけど、私たちの初めてのお店ね。)

 楽しそうに掃除をしている麗華を見ていると、なんだか昨日ここへ過去から飛んできた時のことを忘れてしまっているようだ。私たちの店、そう、それならば、あの新しく作った私の担々麺を出すべきだ。麗華に相談すると二つ返事でそうするべきだと言ってくれた。あらかた掃除を済ませ材料を買いに行き、早速第一号を作ってみる。あーー、なんだか落ち着くんだよね、調理してると、と言うか調理場に立つとかな。いつか自分の店を持ちたいなぁ、なんて思っていたけど、成り行きとはいえ、こんな形で開店させることになるなんて人生何があるかわからないものである。でも、何かきっかけがないと自分で始められないものなのかもしれない。誰かが、『もういいよ』と言ってくれないといつまでも修行してしまう。全部自分の気持ち一つなんだよね。いつか、いつか、なんて言ってるうちに時期が過ぎちゃうんじゃないかな。私にとってはいい機会なのかも。

 客席に座ってこっちをのぞきながら麗華が待ってる。掃除でおなかがすいたのか足をバタバタさせている。またこっちをのぞいてる。あまりお客を待たせてもいけないので、急いで作る。麺をゆでている間にスープを用意する。ゴマとナッツのいい香りだ。もやしとニラをゆでておき、麺を上げてスープにドボン。茹でたもやしとニラをドカッと乗せる。肉みそをどっさり掛けたら、辣油をたらたららららー。できあがり。さあ、客席へ。

「让您久等了。」(お待たせいたしました。)

 着いたとたんに、どんぶりを抱えて混ぜ出す麗華。無言。ただただ無言で食べている。こっちには目もくれない。ねえ、ちょっとなんか言ってくれないかな、なんて思いには触れもしないでがっついている。たまにレンゲでスープをすくって飲んでは、また麺を食べる。お茶漬け屋のコマーシャルでも見ているかのようだ。あーー、もうなくなっちゃうよ。

「啊,谢谢您的款待。很好吃。」(あー、御馳走様でした。美味しかったです。)

そう言われて少しほっとした。これで準備はできた。後はあの男が来るのを待つだけだ。そう思い麗華にも片付けて帰ろうと言うと、

「等一下,有没有忘记?」(ちょっと待って、忘れてない?)

そう言うと、荷物の中から持ってきたものを表に持って行った。そして店先に打ち付けた。そうそれは少し焼け跡の残ったあの看板。打ち付けられた看板はまるで開店を祝って笑っているようであった。そう、あの時王さんが笑ってくれたように。

dive69に続く・・・

2020-08-28 22:28:00

dive67

 術の最終確認をし、体調を整え、明朝決行することにした。皆で話し合い、まずは3年後の成都へ。あの映像の中で言っていたあたりに店を出してそれらしき男が来るのを待つことにした。その後、今度は2018年を目指して時を渡る。私も知らない未来へ。孫の藍はもう成人して社会人か。会いたいな。でもこんなことに巻き込むわけにいかないから、遠くから見るぐらいにしておかなきゃならんか。そう言えば、あの宝石どうしたかな。あの宝石屋にずっと置いてあるのかな。私が失踪した世界はどうなってるのか。調べても、まさか過去の中国にいるとはおもわないわなぁ。でもあの日の行動を追跡調査しても、とても失踪する人の行動ではないものなぁ。そうだ、向こうに着いたら身分証明とか、住む所とかどうしよう。未来の青龍寺の和尚に何とかしてもらおう。明日、龍恵に・・・考えていたら寝てしまった。

 翌朝、龍恵に話してみた。未来の日本の状態と共に。未来では電話と言うものができて連絡が取れるようになることを説明して、青龍寺に電話を掛けることにした。日本の戸籍を作ることが難しければ、中国籍でもと頼んだ。その時の名前は「王藍生」でと。

 さあ、制限時間いっぱいだ。麗華と離れないようにひもで二人をぐるぐる巻きにしてもらった。麗華が私にしがみつく。印を結び準備をする。あれだけ強がっていた麗華が目をつむって震えている。私もドキドキして心臓が飛び出しそうだ。そんな鼓動を感じて麗華が怖がりはしないか心配でギュッと力強く抱きしめ、

「我爱你、麗華」(愛してるよ、麗華)

麗華の震えが止まり、口元が緩んだ。

補助で真言を唱えていた龍恵が

「现在。」(今です。)

その掛け声とともに私たちを中心にして竜巻のような風が吹く。まるで私たちの中心に穴がありそこに引きずり込むように。徐々に速度を増していく。風の密度が濃くなってだんだん龍恵たちが見えなくなる。麗華のしがみつく力が強くなった。私は真言を唱え必死に仏に願う。真っ白な光に包まれ、周りには何も見えない。1843年の成都を目指して。もし仏が私を導くのならばそこへ連れていくと信じて真言を唱え続ける。もう何回唱えたかわからない。気が付くと目を閉じてしまっていた。あれ、そういえば風がやんだ。恐る恐る目を開けると、そこは見知らぬ街道であった。周りには誰もいなく、元は栄えた町であっただろうが今はさびれてしまっている。何軒か営業している店はあるが、大半の店はもぬけの殻のようだ。

「蓝生!现在可以睁开眼睛了吗?」(藍生!もう目を開けてもいい?)

麗華も無事のようだ。二人を結ぶひもをほどいていると

「再这样就可以了。」(もう少しこのままでもいいよ)

そう言われて、もう一度麗華を抱きしめた。

「丽华!哪里不痛吗?」(麗華!どこか痛くないか?)

あちこち確かめているが、どこも痛くはないようだ。今が何時で、此処が何処なのか、すぐに町の人に確認しなくては。ひもを撒きながら歩き始めた。一軒店が開いていたので、そこの人に聞いてみる。

「1843年4月9日」

成功だ!時を渡ったぞ。

dive68に続く・・・

 

  

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