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2021-08-11 17:47:00

dive91

 いつもの道を走っているのだが、心がざわついているせいか、ちょっとした石ころにも気躓く。何かが僕の邪魔をしているように感じて、苛立つ。青嵐が心配して声をかけてくれるが、応えるような気を回す余裕がない。そんな僕の様子を見て青嵐は、ただ事ではないことに気づいたのか、声を掛けなくなった。いつも、弟のようになついている僕の見たことのない表情に、少しおびえているようだった。師範もその様子を見て、僕よりも青嵐を気遣った。ああ、あの大きな杉の木を越えればもうすぐだ。心配そうに青嵐も、家へ帰らずについてきた。僕は、先頭を切って茶園に向かう上り坂を登っていく。道を進むにつれ、だんだん茶畑が見えてくる。その向こうに、ほらもう、うちが・・・あれ?・・・

 はっ!・・

    誰だよ・・・・黒装束・・・

        あいつら・・・あいつ姉さんを・・

           村長何してやがる・・・・・なんだあの後ろにいる黄色い帯のやつ・・・あれが役人なのか・・・

 走った。力の限り走った。しかし、もう力が・・・

「姐-----姐!」(姉さーーーーん!)

 残った力を振り絞って叫んだ。そんな僕の横を師範と青嵐が追い越していく。

姉さんたちが言い争う声が聞こえてきた。父さんや母さんも役人と言い争っている。

「请停止。官吏!村长!你是什么意思。让我住手!」(やめてください。お役人様。村長!どういうつもりだ。やめさせてくれ!)

「请停止。救命!爸爸!」(やめてください。助けて!父さん!)

姉さんの声が聞こえてきた。二人を追いかけ、また叫んだ。

 「姐------姐!」 (姉さーーーーーーーーん!)

 僕たちに気が付いた姉さんが叫んだ。

「行德!行德!不许来!不要来!」(行徳!行徳!来てはだめ!来ないで!)

えっ!なんだよ!来ないでって。父さん!母さん!

 師範と青嵐が姉さんのところに行き黒装束の手から放そうとしている。そこへ村長が来て棒を振り回して二人を追い払おうとしている。青嵐が棒で打たれうずくまる。師範が村長の棒を払いのけ、取り押さえる。しかしそうしている間に、また姉さんが捕まってしまった。もうすぐ、姉さんのところにたどり着く。僕のできる最強の肘打ちを叩き込んでやる。姉さんを掴む黒装束を「鉄山靠」(てつざんこう・体当たり)で打ち放し、守りの空いたみぞおちに肘打ち「裡門頂肘(りもんちょうちゅう)」を・・・

最後の一歩を踏み込み体当たりで黒装束を吹き飛ばした。そしてもう一歩、バンっと!震脚(踏み込み)その力を下肢から肘へつなぐ。右肘を張り、手のひらを上に構えを作る。そして打ち込む。

「不行!住手!行德!」(だめ!やめて!行徳!)

姉さんの叫び声が響く。しかしもう止まらない。八極拳の威力はすさまじく、子供ながら大の大人を吹き飛ばしてしまった。しかし、打った僕は、泣きながら叫ぶ姉さんの姿を見て呆然と立ち尽くしている。それを見た皆が静まり返る。あたりに姉さんの鳴き声だけが響く中、黄色い帯をした役人らしき男が青龍刀を振りかざして言った。

「你们想违抗我们吗!那里的拳术师们,这个女人怎么办才好呢?」(お前ら、私らに逆らう気か!そこの拳法使いたち、この女がどうなってもいいのか?)

そう言って、おびえる母さんの首にギラギラとした青龍刀を当てた。師範たちも手を放し、父さんはうなだれていた。よろよろと村長は棒を拾い上げ、手下のように役人の傍へ寄っていった。3人いた手下であろう黒装束の者たちのうち、一人が僕に打たれて倒れている。それを見た役人が、唇の端を引きつらせながら笑って言った。

「正好。喂,女儿。把倒在那里的家伙治好。」(ちょうどいい。おい、娘。そこに倒れている奴を治せ。)

それを聞いてすかさず父さんが

「官员,我们的女儿怎么能做那种事呢。」(お役人様、うちの娘にそんなことできるわけないじゃないですか。)

「吵死了!喂,姑娘!如果不治好那家伙,就知道你的母亲会变成什么样」(うるさい!おい娘!やれなければお前の母がどうなるか。)

「爸爸!爸爸!我!我该怎么办?」(お父さん!お父さん!私!私どうしたら?)

「官吏,官吏,请不要这样做。」(お役人様、お役人様、どうかおやめください。)

「嘿!吵死了!太麻烦了,这样怎么样。」(ええい!やかましい!めんどくさい、ならばこれでどうだ。)

そう言って、母の首から青龍刀を離してくれたのかと思いきや返す刀で父さんの首を横一文字に切りつけた。無防備な父さんの首からは、おびただしい血があふれ、体はびくびくしている。

「哎哟!哟!哟!哟!」(ぎゃーーーーーーーーーーーーー)

「不快点的话,父亲会死的!哈哈哈!」(早くしないと、父上が死ぬぞ!ははは!)

あふれかえる血に村長は腰を抜かし這いつくばって立ち去ろうとしている。師範も青嵐も立ち尽くし身動きが取れないでいる。そんな中を一人、姉さんがよろよろと父さんに歩みより、傍らにしゃがみこんだ。そして泣きながら両手を広げ天を仰ぐ。手のひらを天に向け大きな丸い板を回すように腕を回し続ける。やがて緩やかな風が円の中心に向かって集まりだし、あっという間に渦を巻く。周りにある大きな木や茶畑の気がざわざわと音を立て始めたかと思うと、風の渦が緑色に光り始めた。姉さんが渦の根元を両手でツボを持つようにはさむとそのツボの底が抜けたように、緑の光が父さんの体に注がれていく。そうまるで液体がとろとろと体に流れる様に。はじめその緑色の液体は全身を包んでいたが、だんだんと首元に集まっていき傷口から流れ出た血液と共に体内に入っていく。そして最後の液体が入った時には傷口がふさがっていた。しばらく見ていると足先や指先がビクビクしてきた。姉さんは父さんの胸に手を当てて目をつむってぶつぶつつぶやいている。するとだんだんと父さんの手や顔の色に赤みが差してきた。ドクン!その心音に反応して姉さんが目を開き、父さんが咳き込むとともに血の塊を吐き、目を開いた。その時、そこにいた誰もが神のごとき力に驚愕し、後ずさりをした。しかし、驚きながら役人は、にやりと笑い手をたたいた。

「这真是太棒了,一定要把这个力量化为我的东西。」(これは素晴らしい、ぜひこの力を私のものに。)

そう言いながら、姉さんを見つめていた。

dive92に続く・・・

 

 

                  

2021-08-10 18:11:00

dive90

道場に通うようになってから2年ぐらいたったころ、いつものように朝の修練をしてから青嵐の家に行った時のことだった。青嵐が僕に心配そうな顔をして聞いてきた。

 「在你家发生了事件吗?可疑的男人们在看你的家。」(お前の家で何かあったのか?怪しそうな男たちがお前の家を見ていたぞ。)

 「可疑的男人们?是什么感觉的人?」(怪しい男たち?どんな感じなの?)

 「总之感觉很可疑。但是,村长也在一起啊。」(とにかく胡散臭いんだよ。でもなぁ、村長も一緒だったんだよな。)

 「村长也在吗?」(村長もいたの?)

僕は、道場に着いてからも気になって修練にも身が入らなかった。そのことに師範も気づいたようで、檄を飛ばす。早く帰って父さんたちに聞いてみよう。落ち着かない。いやな予感がする。集中できない。姉さんに何か・・・

 「喂!行德!过来一下。」(おい!行徳!ちょっと来い。)

帰ろうとする僕と青嵐を師範が呼び止めた。

 「行德!怎么了?总是筋好的你。发生了什么事?说吧。」(行徳!どうした?いつも筋のいいお前が。何かあったのか?話してみなさい。)

僕は師範のことは信用していたけれど、姉さんのことは内緒にしたまま、青嵐から聞いた怪しい男たちのことを話した。すると、師範は、

 「青岚,难道那些男人没有带黄色的带子吗?」(青嵐、もしかしてその男たちは黄色い帯をしていなかったか?)

 「啊,对了对了,这么说来只有和村长说话的了不起的家伙戴着黄色的带子。师傅,你怎么知道的?」(ああ、そうそう、そういえば村長と話していたえらそうなやつだけ黄色い帯をしていました。師範、どうして知っているんですか?)

 「他们是领主的部下。最近听到过传闻。传言说有少女会使用诡异的术。」(そいつらは領主の手下だ。最近、うわさで聞いたことがある。怪しい術を使う少女がいるという噂話。)

バクン!僕の心臓が破裂しそうなほどの拍動をした。『少女』という単語を聞いたとたんに、体中の血がぐるぐる回っているのがわかった。なんだ。どうしてだ。どこから漏れた。村長?あいつ、まだ疑ってやがったのか?僕の顔色がみるみる変わるのを師範が気付いた。

 「你知道吗?是吗,原来是你的家人啊・・・」(お前、知っているのか?そうか、お前の家族なんだな・・・」

しまった!師範にもばれてしまった。僕は早く冷静さを取り戻そうとしたけど、どうにもならなかった。頭の中がぐるぐる回って、いまにも発狂しそうだ。どうする?師範をどうやって黙らせる。僕にそんな力あるわけない。どうしたらいい。姉さん・・・早く帰って姉さんにこのことを知らせなければ・・・息が荒くなって、目を見開いている僕をなだめる様に師範が言った。

 「冷静点,行德。虽然不知道情况我知道你是为了什么而变强的。是为了家人啊・・・」(落ち着け、行徳。事情は分からないが私にはお前が何かのために強くなろうとしていることは知っている。家族のためだったんだな・・・)

 ああ、知られてしまった。もう駄目だ。どうしよう。どうしよう。どうしよう・・・なんでだ・・どうして放っておいてくれないんだ。姉さんは、ただただ心の優しい人。それだけなのに・・子供である自分が悔しい。大人たちが憎い。なぜ、なぜ・・許せない。許せない。諦めと怒りとがまぜこぜになって、僕の心の底から湧き上がる。どうしようもない感情に、泣きながら怒っている僕の肩をしっかりとつかんで、まっすぐ僕の目を見て師範が言った。

 「行德,弟子和我的家人一样。要说家里人的大事,我也得努力啊。」(行徳、門弟は私の家族も同然。家族の一大事とあっては私も協力せねばならんな。)

えっ!僕は、呆気にとられた。師範が言った言葉にも。そして、僕の心を姉さんのように見透かしていたことにも。そして怒りを忘れ、一人でこのことを背負い込んでいた小さな心の境目が解き放たれ、水玉が割れる様に涙があふれた。今まで意地を張って、一人で頑張ってきたすべてをかなぐり捨てて泣く姿を見て、師範は笑いながら僕を抱きしめてくれた。

「那么,赶紧回家吧。」(さあ、では、急いで家に行こう。)

師範も一緒に家に行くことになった。道すがら師範が話してくれた。昔師範のお父さんがいわれのないことでつかまりそうになった時師範の師匠が助けてくれたそうだ。『拳法は人を守るためのものだ。門弟と言えば家族も同然、家族を守らないでどうする。』と言われたそうだ。そう言ってくれる師範でも、姉さんのことはどこまで話していいものだろうか。父さんたちにも話してないのに。

そんな心配をしていると、師範が続けて話してくれた。拳法をやっていると気に対して敏感になり、操ったりすることもできるようになるという。それを人が見ると怪しげな術にも見えると。それに気によって人を見抜くこともできるようになるそうだ。僕を見て色々感じるところもあると教えてくれた。

dive91に続く・・・

2021-08-07 16:57:00

dive89

姉さんは言った。

「风告诉了我。」(風が教えてくれたの)

「诶?什么?」(えっ?何が?)

「风啊」(風よ)

よくわからなかったので聞いてみると、姉さんには周りにある自然の力の流れ、それが風に乗って流れている動きが見えるのだそうだ。それは、人の思いによっても動くらしい。だから僕が、打とうとした気持ちに反応した力の流れが見えたというか、感じたのだそうだ。もう何を言っているのかよくわからない。姉さんは続けて教えてくれた。姉さんには、人が何を考えているかまではわからないけど、感情や思いがその周りにある力の色で見えるのだそうだ。さっきは僕が洗濯物の向こうで何をしているのかはわからなかったけど、こっちに向かって突進してくる、槍のような力の流れが風のように姉さんに教えてくれたのだと説明してくれた。まったく、達人じゃないか。僕が守るとか思っていたのが恥ずかしくなってきた。なんだか体に力が入らない。しょんぼりしている僕を姉さんが見たら何色に見えるのだろう。そんなことを考えていると、それを見透かしたように前を歩いている姉さんが振り向かずに言った。

「行徳、刚才的你闪耀着金色的光芒。那是守护什么的力量的颜色。能出那种颜色的人很少。你很棒。」(行徳、さっきのあなたは金色に輝いてました。あれは何かを守る人の色です。あの色を出せる人は数少ないのです。あなたはとても素敵です。)

それを聞いた僕の周りにある力の色が変わったのだろう、前を向いたままの姉さんが笑っているのがわかった。

 それからも時々、姉さんの不思議な力を見ることがあった。うちに茶葉を取りに来た荷馬車の馬が急にへたり込んでしまい、どうにもいうことを聞かなくなってしまったことがあった。御者のおじさんも困ってしまい、替えの馬を調達しに町までもどっていった。そんな様子を遠巻きに見ていた姉さんが僕に

「行徳、请监视着谁也不要来。」(行徳、誰も来ないように見張っていてね。)

と言い、馬に駆け寄った。そして、へたり込んでいる馬の背中を撫で、馬の首あたりを見つめていたかと思うと川の方へ走っていった。そして少し経って戻ってくると、馬の横に立ち空中に両手で円を描いている。いや、円というよりまるでそこに、姉さんの目の前に大きな球体があるように、その球体の側面を撫でる様に両手を回していく。僕は何が始まるのかと思って球体のあたりをじっと見ていた。そこには何もなかった。いや、見えなかったと言ったほうが正確なのかもしれない。姉さんが何かをつぶやきながら、その球を小さくしていく。少しづつ、少しづつ。ぼわん。小さくなっていくにしたがって、今まで何も見えなかった空間にぼんやりとしたものが見えてくる。姉さんの手の動きが先ほどよりも少し早くなってきた。僕は息ができない。瞬きも。小さくになるにしたがって靄のようなものに見えていたが、ぽわっと、何とも言えない温かな光の球になってきた。姉さんは手を止め、そのぼんやり光った球を抱えて馬の傍で立っている。馬は先ほど姉さんに撫でられてから身を任せる様に座っている。そして姉さんが何かつぶやいて、その光の球を馬の腰あたりに入れていく。そう、馬の体に光の球が入っていったんだ。全部入れて馬を撫でる姉さん。先ほどまで身を任せて不安そうだった馬が、姉さんの方をちらっと見た。そして、大きく息をして首をあげ、立ち上がった。姉さんは僕に馬に水をあげる様に言った。何度も不思議そうに馬を見ている僕に早く行けと催促する。声も出せないでいる僕を見て姉さんは笑っていた。馬に水をやるとがぶがぶ飲んだ。もう大丈夫そうだ。それから、しばらくして御者のおじさんがもう一頭、馬を連れてきたが馬車につないで一緒に帰っていった。おじさんは不思議そうにしていたが、僕たちは笑って馬に手を振って別れた。

dive90に続く・・・

 

2020-10-22 21:35:00

dive88

 毎朝の特別訓練にも、武道場通いにもなれてきた。しかし、毎日、毎日、八極拳の基本姿勢「馬歩站椿(まほたんとう)」のみ。

馬に乗る騎手のように中腰で両腕を前に突き出す。朝からずっとこれだけ。ちょっとでも立ち上がろうとすると

「更把腰放低!(もっとこしをおとせ!)」と檄が飛ぶ。

青嵐たちは型を習っている。僕も、早くあんな風にやってみたい。隣で亮が苦しそうにしている。でも師匠の李老師は厳しい顔をして皆を見ている。李老師はいつも言っている。

「如果不形成这个基本,那个前头不能告诉(この基本が出来なければ、その先は教えられない)」

ぼくも苦しい。でも、これができないと姉さんを守ることなんてできないだろう。そう思い歯を食いしばった。苦しそうな亮にも、

「加油!亮!(頑張れ!亮!)」

と、声をかけて励ました。

 型( 套路とうろ)をやっている青嵐たちが一通り型練習を終え、今度は二人一組になり体をぶつけあう稽古「靠(カオ)」を始めた。帰りに青嵐に聞いたら、八極拳は体全体を武器にする、それに耐えうるよう剛体化すると教えてくれた。これにより体に軸ができると、今僕たちがやっている馬歩も無理なくできるそうだ。でもそれは、毎日やってこないとわからないよ、さぼるなよと青嵐は言う。青嵐は帰ってからも木や壁に向かって「靠(カオ)」をやっていると教えてくれた。僕は帰ってから見よう見まねで型の稽古や「靠(カオ)」をやっている。でも、この前、木に向かって「靠(カオ)」やっていたら、お母さんに

「在干什么呢?衣服弄破。(何やってるの?服が破れる。)」と叱られてしまった。

毎週稽古に行く日以外はこうやって、家で何かしらの修練をしていた。そしてそれは、ちょうど馬歩にも大分慣れてきた頃のことだった。

 僕は、その日も八極拳の套路(とうろ、足運び、呼吸法などの型のこと)の稽古をしていた。家の裏手、誰も来ない洗濯物を干してある、そのさらに奥の見えないところで。「裡門頂肘(りもんちょうちゅう)」、八極拳の技の一つで、肘打ちのことなんだけども、この技は八極拳の震脚と共に相手の懐に入り、正中線(武道で使われる言葉で体の中心を通る線のことで、眉間、人中、みぞおちなど人体急所が並ぶ線)めがけて肘打ちを入れる一連の動きをいう。「裡門・りもん」とは相手の内側のこと。前に道場で師範がやっていたのを見たことがある。軽くやったらしいのだが、相手の苦しそうなことったらなかった。うちの師範は小柄な人で、そんなに力があるようには見えないのだけれども、大男が痛そうにしているのを見るとすごい威力なのだということがわかる。師範は言う小柄だからこそできる技もあると。この技は相手の守りをはらい、懐に入ることが肝心だという。体の大きくない僕は、この技が好きで、自分の必殺技にしようと思った。いつも垂れ下がっている洗濯物を相手に、飛び込んで肘打ち、また飛び込んでは肘打ち。時折吹く風に、たなびく洗濯物を相手の攻撃に見立て、うち払い、すきをめがけて懐に飛び込んで打つ。僕は集中して修練していると時間を忘れてしまう。時間どころか誰かが呼んでいても聞こえない。その時もそうだった。何度も、何度も裡門頂肘を修練している間に夕刻になり、遅い僕を心配した姉さんが探しに来た。

「行徳!行徳!你在哪里?请回信」「行徳!行徳!どこにいるの?返事をして)

そう呼んでいたそうだ。でも僕には聞こえなかった。洗濯物がはためく音に集中していて、姉さんが呼びに来ているなんて思いもしなかった。そして運の悪いことに、僕が狙っていた洗濯物の後ろに姉さんが来た時には僕はもう踏み込もうとしていた。掛け声とともに踏み込み、必殺の肘打ちを打ち込む瞬間、洗濯物を姉さんが手でたくし上げる。だめだ、当たる。僕ははっとして、後ろにいた姉さんと目が合う、姉さんは肘打ちを見ていない。僕の目を真っ直ぐ見ている。ドキン!心臓が大きく拍動する一瞬、僕は心でとまれ、とまれと叫んだ。ほんの一瞬だが、心が時を引き延ばしたようにゆっくりと感じた。もう駄目だと思った瞬間、緩やかに、何とも軽やかに、姉さんは僕の目を見つめたまま、一寸の間を保ってかわしていく。まるで師範が僕たちの打ち込みを見切って軽くあしらうように。そして笑いながら、僕の腕を捕まえて

「行德!找到了。」(行徳!見ーつけた。)

ドキドキしながらも、呆気に取られている僕を見て、にこにこ笑っている。見よう見まねでやっていたとはいえ、毎日、毎日、走りこんで、青嵐と修練しているのに。渾身の一撃だった。ふわりとまるで風のようにかわされた。姉さんはもう振り返り家の方へ、僕の手を引っ張って歩いていく。僕はただただ呆然としながらついて行く。歩きながら少しづつ冷静になっていく。最初は自分が未熟なのだという思いが心の大半を占めていたが、家に近づくにつれそうではないことに気づいていく。そうだ、そうなのだ、姉さんがすごいのだ。見えないところから打ち込まれた突きを交わすなんて、きっと師範にでもできっこない。一体どうやって洗濯物の向こう側にいた僕の動きがわかったというのだ。あの不思議な力のせいなのか。母さんたちに聞かれてはまずいのではないかと思い、家に入る前に聞いてみた。

「姐姐,刚才是怎么做的?」(姉さん、さっきのはどうやったの?)

dive89に続く・・・・

 

 

 

 

 

 

 

2020-10-18 14:21:00

dive87

 今日も朝早くから山道を走って、その後に青嵐の家に行く。手っ取り早く強さの目標を青嵐に決めた。青嵐に追いつくには、青嵐と同じだけの量の修練をしていたのではだめだ。だから青嵐の家に行く前と帰ってきてから余分に走ったり、薪を割ったり、体力作りに励んだ。青嵐の家から町までは5里(2.5㎞、中国の1里は0.5㎞),その行き帰りも一緒に走る。町にはめったに行くことはないが、お父さんが問屋さんのところに行くときなどについて行き 通りをあちこち見ていた。川でとれた魚や、川海老などを売る店、野菜を売る店。陶器を売る店。革製品、に鉄工具や鋳物を売る店。食堂にお菓子屋。そして武道場『清武館』。赤い看板が高々と掲げられ、門戸から入る者たちの気を引き締める。中からは掛け声や、八極拳独特の震脚と呼ばれる踏み込みの地響きにも似た音が漏れ伝わってくる。型の稽古の時に発せられる、皆が一斉に出す掛け声を聞くと身震いする。ちょっとまねをして声を出すと体の奥から沸騰した熱い力が湧いてくるようだった。僕もあそこで修練をして強くなりたい、いつもそう思っていた。その武道場に、週に一度とはいえ通えるようになるなんて、うれしくて、いてもたってもいられず、青嵐と競争になる。僕が抜かせば、すぐにまた青嵐が抜かす。頑張ってまた青嵐に追いつくが、やはりまだかなわない。すぐに引き離される。遊ばれているようだ。悔しい。今日がだめでも、来週には。来週がだめでも再来週が。絶対追い抜いてやる。

 はあ、はあ、と息を整えながら、武道場に入る。師範はまだ出てきていない。僕たち子供と、体が出来てきている青年部と稽古の時間が違うので実戦はまだ見られない。型の練習がほとんどだ。子供の中でも体の大きな青嵐は何人かの他の門下生と一緒にその先の組手の稽古をしている。この道場でも青嵐は強い方で、もう一人、李功という子と争っている。僕も早くあの人たちとやってみたい。同じ時期に入った子たちと基礎となる構え、型から教えてもらう。まずはつま先立ち、中腰で両腕を前に出しこぶしを握る。この姿勢を保つ。よしと言われるまで。同じ級にあの李功の弟の李秀がいる。なんかお兄ちゃんに無理やり連れてこられているみたいでもじもじしている。僕は自己紹介して、話をしてみた。

 「僕は行徳、お茶園の息子だ。青嵐と一緒に来ている。君のお兄さん強そうだね。」

 「うん、お兄ちゃんは何をやってもすごいんだよ。僕と違って。あ、僕は秀。よろしくね。僕も同じ血が流れてるんだから強くなれるはずだっていうんだけど、僕は運動は苦手だし・・・」

なんだか、優しくて、良い奴のようだ。そういえば白嵐もおとなしいな。兄貴が強いと弟はこうなるのかな。

 「僕は強くなりたくてここに来たんだ。秀も一緒に修練して青嵐やお兄さんを超えてやろうよ。僕と一緒に頑張ろう。」

 「僕はこんなだから、あんまり友達がいないんだ。行徳、これからよろしくね。」

だんだん足がプルプルしてきた。腕もあげてられない。秀はとっくに音を上げてしまった。同じ級にいた周亮と2人になった。負けられない。あっちも僕を見ている。顔に力が入る。二人とも顔が引きつって真っ赤になってきた。足を延ばそうとしたり、腕を曲げようものならすぐに「そっちの負けだ」と言ってきそうなぐらいにお互い相手をにらみ、顎で指図をする。もう、あきらめた奴らがみんなで、どっちが勝つか二人を見ている。修練を励む子供たちを師範も応援している。はじめのうちは道場内が応援の声でいっぱいだったが、時が経つに連れ、静まり返る。緊張が皆に伝わる。二人の息が、食いしばった歯の隙間をもれてくる。しかし二人がついに限界に達したその瞬間、観衆の中の一人が耐え切れずにぷーーーと一発漏らした。一瞬皆がきょとんとしてそいつを見る。僕らもつられてへたり込んでしまう。緊張の糸が切れた道場は笑いに包まれた。僕は立ち上がろうとしたが足が言うことを聞かない。亮も同じだった。二人は這いつくばりながら近寄り、握手をした。

 「お前、強いな。」

 「お前こそ、僕は名は行徳だ。よろしく。」

 「俺は李秀。次は絶対勝つからな。」

 今日、僕には友人と好敵手(ライバル)ができた。こんなにうれしいことはない。しかし、情けないことに帰りは青嵐におんぶしてもらって帰ったことは彼らには言わないでおこう。

dive88に続く・・・

 

 

 

 

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