大将のブログ 冒険小説「らーめんダイバー」

2020-10-22 21:35:00

dive88

 毎朝の特別訓練にも、武道場通いにもなれてきた。しかし、毎日、毎日、八極拳の基本姿勢「馬歩站椿(まほたんとう)」のみ。

馬に乗る騎手のように中腰で両腕を前に突き出す。朝からずっとこれだけ。ちょっとでも立ち上がろうとすると

「更把腰放低!(もっとこしをおとせ!)」と檄が飛ぶ。

青嵐たちは型を習っている。僕も、早くあんな風にやってみたい。隣で亮が苦しそうにしている。でも師匠の李老師は厳しい顔をして皆を見ている。李老師はいつも言っている。

「如果不形成这个基本,那个前头不能告诉(この基本が出来なければ、その先は教えられない)」

ぼくも苦しい。でも、これができないと姉さんを守ることなんてできないだろう。そう思い歯を食いしばった。苦しそうな亮にも、

「加油!亮!(頑張れ!亮!)」

と、声をかけて励ました。

 型( 套路とうろ)をやっている青嵐たちが一通り型練習を終え、今度は二人一組になり体をぶつけあう稽古「靠(カオ)」を始めた。帰りに青嵐に聞いたら、八極拳は体全体を武器にする、それに耐えうるよう剛体化すると教えてくれた。これにより体に軸ができると、今僕たちがやっている馬歩も無理なくできるそうだ。でもそれは、毎日やってこないとわからないよ、さぼるなよと青嵐は言う。青嵐は帰ってからも木や壁に向かって「靠(カオ)」をやっていると教えてくれた。僕は帰ってから見よう見まねで型の稽古や「靠(カオ)」をやっている。でも、この前、木に向かって「靠(カオ)」やっていたら、お母さんに

「在干什么呢?衣服弄破。(何やってるの?服が破れる。)」と叱られてしまった。

毎週稽古に行く日以外はこうやって、家で何かしらの修練をしていた。そしてそれは、ちょうど馬歩にも大分慣れてきた頃のことだった。

 僕は、その日も八極拳の套路(とうろ、足運び、呼吸法などの型のこと)の稽古をしていた。家の裏手、誰も来ない洗濯物を干してある、そのさらに奥の見えないところで。「裡門頂肘(りもんちょうちゅう)」、八極拳の技の一つで、肘打ちのことなんだけども、この技は八極拳の震脚と共に相手の懐に入り、正中線(武道で使われる言葉で体の中心を通る線のことで、眉間、人中、みぞおちなど人体急所が並ぶ線)めがけて肘打ちを入れる一連の動きをいう。「裡門・りもん」とは相手の内側のこと。前に道場で師範がやっていたのを見たことがある。軽くやったらしいのだが、相手の苦しそうなことったらなかった。うちの師範は小柄な人で、そんなに力があるようには見えないのだけれども、大男が痛そうにしているのを見るとすごい威力なのだということがわかる。師範は言う小柄だからこそできる技もあると。この技は相手の守りをはらい、懐に入ることが肝心だという。体の大きくない僕は、この技が好きで、自分の必殺技にしようと思った。いつも垂れ下がっている洗濯物を相手に、飛び込んで肘打ち、また飛び込んでは肘打ち。時折吹く風に、たなびく洗濯物を相手の攻撃に見立て、うち払い、すきをめがけて懐に飛び込んで打つ。僕は集中して修練していると時間を忘れてしまう。時間どころか誰かが呼んでいても聞こえない。その時もそうだった。何度も、何度も裡門頂肘を修練している間に夕刻になり、遅い僕を心配した姉さんが探しに来た。

「行徳!行徳!你在哪里?请回信」「行徳!行徳!どこにいるの?返事をして)

そう呼んでいたそうだ。でも僕には聞こえなかった。洗濯物がはためく音に集中していて、姉さんが呼びに来ているなんて思いもしなかった。そして運の悪いことに、僕が狙っていた洗濯物の後ろに姉さんが来た時には僕はもう踏み込もうとしていた。掛け声とともに踏み込み、必殺の肘打ちを打ち込む瞬間、洗濯物を姉さんが手でたくし上げる。だめだ、当たる。僕ははっとして、後ろにいた姉さんと目が合う、姉さんは肘打ちを見ていない。僕の目を真っ直ぐ見ている。ドキン!心臓が大きく拍動する一瞬、僕は心でとまれ、とまれと叫んだ。ほんの一瞬だが、心が時を引き延ばしたようにゆっくりと感じた。もう駄目だと思った瞬間、緩やかに、何とも軽やかに、姉さんは僕の目を見つめたまま、一寸の間を保ってかわしていく。まるで師範が僕たちの打ち込みを見切って軽くあしらうように。そして笑いながら、僕の腕を捕まえて

「行德!找到了。」(行徳!見ーつけた。)

ドキドキしながらも、呆気に取られている僕を見て、にこにこ笑っている。見よう見まねでやっていたとはいえ、毎日、毎日、走りこんで、青嵐と修練しているのに。渾身の一撃だった。ふわりとまるで風のようにかわされた。姉さんはもう振り返り家の方へ、僕の手を引っ張って歩いていく。僕はただただ呆然としながらついて行く。歩きながら少しづつ冷静になっていく。最初は自分が未熟なのだという思いが心の大半を占めていたが、家に近づくにつれそうではないことに気づいていく。そうだ、そうなのだ、姉さんがすごいのだ。見えないところから打ち込まれた突きを交わすなんて、きっと師範にでもできっこない。一体どうやって洗濯物の向こう側にいた僕の動きがわかったというのだ。あの不思議な力のせいなのか。母さんたちに聞かれてはまずいのではないかと思い、家に入る前に聞いてみた。

「姐姐,刚才是怎么做的?」(姉さん、さっきのはどうやったの?)

dive89に続く・・・・

 

 

 

 

 

 

 

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