大将のブログ 冒険小説「らーめんダイバー」
dive109
修行を始めて二年くらい経った頃、久しぶりに白龍師範がやって来た。後ろ手に組んだ姿がとても道場師範ぽくて少し笑っていると、その後ろに大きな荷物を持った大男を引き連れていたので、何かと思ってよくみたら、それは成長した青嵐だった。
「師範、お久しぶりです。青嵐兄、なんかでかくなったね。」
「おお、久しぶりだな行徳。お前も結構良い体つきになってきたじゃないか?ちなみに青嵐は今、ウチの道場で師範代をやっているんだぞ。どうだ、すごいだろ?それより、和尚様はいるか?」
「はい、今呼んできます。」
僕は急いで和尚様を呼びに行こうと振り返るとそこには円信兄がいた。
見るとギラついた目で白龍師範のことを睨みつけていた。どうしたのかなと思い見ていると、僕の肩をつかみ横へどけるなり、うなるように
「ハクリューーーー」
と叫ぶと、白龍師範に飛びかかった。対する白龍師範も
「エンシンーーー」
走る勢いに乗せ、渾身のひざ蹴りを繰り出す円信兄。それ左足を引いていなし、円信兄の勢いに反撃のような裏拳。それをかわし、その身体を左へひねる力を利用して右手掌底打をみぞおちに。師範はその掌底を身体をひねる勢いにのせてはらいのける。その円信兄の右腕をつかみ手首の関節を取り、手の甲を押し下げきめる。円信兄はそのきめられた 方向へと前転し関節技を外す。外した手で逆に円信兄が手首の関節をきめる。白龍はその腕を取らせたまま円信兄の方に体を寄せ左足を軸にくるりと反転させ関節技を外しその肘で円信兄のみぞおちに裡門頂肘をくらわす。それを身体をひねりかわす円信兄。
バッと離れ、睨み合う2人を見ておろおろしている僕、たまらずにこえをもらす。
「円!」
言いかけた声と同時に
「まあまあだな、サボってなかったようだな、円信。」
「フン、その程度で和尚に勝てると思うなよ、白龍。」
ぬ、ぬ、ぬははははは、
あはははは
「いやー、あれをかわされるとは思ってなかったよ、円信。」
「俺も、ギリギリだったよ。あの体勢、あの距離からの裡門頂肘を打ってくるとは。」
「久しぶりに 本気の手合わせができて良かったよ。今日は頼みがあって来たんだ。和尚様はいるか?お前にも協力して欲しいんだけど。」
「う~~ん?協力だと?うちの寺に金などないぞ。さては、何かやらかしたのか?おまえはいつもそうやって、」
「金が無いことぐらい分かっておるわ。何も迷惑をかけようっていうんじゃないんだ。うちの道場の連中と合同練習というか、試合何かどうかなと思って。寺のみんなもたまには他の者とやったほうが稽古になるだろ?」
「なんだ、そういう話なら俺たちも協力するぞ。ちょっと待て、和尚を呼んでくる。」
そう言って円信兄は和尚様のところにかけていった。僕は久しぶりに会った青嵐兄に道場のみんなのことを聞いてみた。
「青嵐、みんなは元気?李たちは強くなってる?」
「ああ、行徳。みんな強くなったぞ!お前も何かたくましくなったな。みんな会いたがっていたぞ!」
「白龍師範、姉さん達の情報は何かありませんか?」
「ああ、そのことなんだが、行徳。残念ながらお姉さん達の情報は、今のところ確かなものはないんだ。だが、あの黒衣を着ていた奴らの仲間と思われる奴らがお前の家の辺りをうろついている。あいつらもお前の姉さんを探しているみたいだぞ。 」
「えっ!まだ、うちを探してる?おかしいですよね。僕が探すのは生きていると信じているからだけど、あいつらがまだ探しているって、何か生きている痕跡があるってことじゃないんですか?」
「そうなんだよ。それで俺たちもあいつらのことを探ってみたんだ。そうしたらあいつらの帰っていった先が、国の役人たちのところだったんだ。その後、お前の家に行くのを見計らって、俺が茶園を尋ねるふりをしてみたんだ。」
「師範、危ないですよ。」
「まあ、あの時いたやつはいなかったのは確認済みだったから、大丈夫だよ。それで茶園の主人を訪ねてきた旨を伝えると (主人夫婦は川で死んだ。それで娘を探している。何か知っているなら教えろ。)と言ってきた。怪しまれないように、最近、町に茶葉を売りに来ないので、買い付けついでに様子を見に来たと伝え、追い払われるようにして帰った。」
「そんな、父さん、母さんが。死んだ。・・・・でも姉さんは見つかってないんだね!なら、生きているよ、絶対に。そうさ、そうに決まっている。」
「御両親はどうやら下流の方で遺体があがったらしい。お姉さんのことは俺達も探しているが、何の手がかりもない。一つあるとすれば、役人たちを追うことだけだ。そう思って奴らの動きを見張っている。」
「師範、父さん達の遺体は.・・・・・僕も行って、」
「まあ待て。下流の村にある寺に葬ってあるが、そこにも見張りがいる。お前が行けば今度はお前が人質にされてお姉さんを誘き出す餌にされる。そんなことになったら俺はお前の御両親やお姉さんに何と詫びればいい。」
「ごめんなさい。師範。僕もうどうしたらいいか分からなくって」
「まあいい。寺にも何か解ったら連絡してくれるように言っておいた。お姉さんはきっと生きていると俺達も信じている。だが、頭の良いお姉さんの事だ、きっとこの状況も解っているから出てこないのだろう。それが生きているっていう証拠じゃないか?お前がお姉さんに会いたいって思っているのと同じようにお姉さんだってそう思っているに違いないが、早々出てくることもできない。多分、そんな感じだと思うよ。」
dive108
退魔術の修行を始めて早3か月。毎日、さまざまな仏、印、真言を学び、呼吸法を体得する。まだ良く解らないが、呼吸をするということは自然界にある力の源を体内に取り込み、へその下にある丹田という貯蔵庫に溜め込み、それを体中に巡らせるということだと円信兄は言う。解らないけど、あの時姉さんが外界から取り込もうとしていたものを見ていたのを思い出し、想像しながら息を吸ってみる。そして、肺を通り力が丹田のたまり渦を巻く、それが光の玉となって背骨を通り頭へ。目、耳、鼻、口、のどを通って両腕に。腕の外側を指先まで行って、内側を帰って行き胸に。みぞおちをおりて、太もも、ふくらはぎ、足の指先までいったらまた丹田へと戻す。その間、息を止めて行い丹田へと戻したら息を吐く。そしてまた新しい力の源を取り込んでいく。この繰り返しを、普段からできるようにする。すると自ずと呼吸自体をゆっくり大きくするようになってくる。そして常に丹田あたりに意識を集中、力を込めていられるようになってきた。最初の頃は気にしていなかったが、最近功夫の時に身体の軸が揺れなくなってきた。特に鉄山靠(背中で相手に向かって体当たりをする八極拳の技)をやっても押し負けなくなってきた。円信兄に言うと、身体の重心を意識する場所によって動きも変わるのだという。今までは目で見ていることに意識を集中していたので頭の方に重心が行っていた。だから足元をすくわれやすかったり、腕を取られるとよろけてしまっていた。だがどうだ、今は横から打ち込まれても丹田を軸に上半身だけで受け流し、柳のように返すことができる。そして丹田から足へ、そして大地へ根を張るように意識をすると押されてもびくともしなくなった。なんだこりゃ、呼吸法一つでこんなに変わるのか?すごい。でも、これ退魔術と関係あるのか?そう思って、円信兄に聞いてみた。
「そうだな。最近お前と功夫の組み手をしていると大分変わってきたのがわかるよ。お前なぜあの明王たちの像が筋肉隆々なのかわかるか?その法力だけでなく智力、体力すべてを鍛え、初めて魔と戦えるようになるのだ。そしてそれはすべてつながっております、ひとつ学ぶと次へとなっておる。お前はその1つ目の階段をのぼったところなのだよ。」
「そうか、そういうことだったのか。大分、分かってきたぞ。円信兄、僕結構強くなったんじゃない?」
「あはははは」
「えっ!あれ?」
円信兄が足元をなでるようにはらうと、ふわっと身体が浮いて投げ飛ばされていた。
「慢心は修行の妨げになる。気をつけなさい。」
その時思った。前の僕だったら、円信兄のすごさが解らなかったが、前の僕と今の僕との差を解るようになった僕には、円信兄との差がはるかに遠いことが解る。しかし道場の白龍師範の強さと何かが違う。まるですべてを見通す仏様のような強さに感じた。
その日から僕はこの修行のことだけに集中するようになった。ようやく道の一歩目を歩き出した気がした。
dive107
次の日、朝から寺の雑用をこなしていると円信兄が僕を呼んだ。昨日のこともあって、僕は内なる蛇に気づかれたのではないかとドキドキしていた。
「行徳、昨日はどうだった?ああいうのは初めてだろうから心配していたが、どうやらお前は年の割に肝が据わっているようだな。」
「そ、そんなことはないけど、今までいろいろあったから。」
「そうだな、お前の姉さんの力もそうだけど、俺たちの生きている世界には、肉体を持っている俺たちみたいな生き物とそうではなく意識と力の混合体のようなものも存在するんだ。俺たちは仏の力を借りてそれを見たり、時には改心させ成仏させたり、昨日のように滅することもあるんだ。そのものの力が善か悪か、精霊と呼ばれるもの、魔物とよばれるものにはそのどちらも存在するのだ。善悪の判断などは言ってみればこちら側の都合なのだ。大いなる自然に宿る精霊たちには人間の理などどうでも良いことであろう。まだ、少し難しいかな?」
「そんなことない、わかる、わかる気がする。昨日のあの家はどうなるの?」
「そうだな、あの旦那さんは落ち着くまで少し時間がかかるだろう。だが娘の方は身体の傷さえ治れば立ち直りは早いと思うよ。後妻は、もうおっかなくて出ていったそうだしな。」
「いろんなものの気持ちや思いが力になるんだね。それが良い方に行ったり、悪い方に行ったり。」
「おお、そこに気がついたか?やはりお前は見どころがあるな。そこでなんだが、行徳、お前、退魔の修行をしてみる気はないか?簡単に修得できるわけではないが、お前には素質があると思う。」
「本当ですか?やります。やってみたいです。円心兄お願いします。」
食いかかるように返事をしたものだから、円信兄のほうが驚いていた。渡りに船だ。ここからだ。姉さんを、父さん、母さんを救うには、守るには武の力だけではだめだ。これを極めれば和尚の術もいずれは。そしてその先へ。だが、このとき僕は分かっていなかった。昨日得た、あの禍々しい力とこれから習う力が相反するものだということを。
dive106
和尚たちが残された奥方の弔いをするための準備をし旦那さんを呼んだ。しかし、旦那さんはとうに気がふれた様子で話ができない。仕方なしに取り憑かれていた娘に話す。泣き疲れ、ぐったりしている娘も母親が心配なのだろう、和尚の話を聞いた。
(お前さんの気持ちもわかる。いわんや母上の気持ちも重々承知したうえで話す。よいか。このままではお主も母上も悪霊、魔物になってしまう。それはお主達も望むところではないだろう。今生の恨みは断ち切り、仏の力を借り成仏させるがよいと思うがどうじゃ。そしてお主も悪縁を絶ち、幸せに暮らせるよう、まっとうに生きることが母上を安寧に成仏させる道じゃと思うぞ。)
和尚の話を聞き優しい顔になった娘はうなずき、手を合わせた。娘の了解を得て和尚たちは、この家の従者たちに後片付けと娘のことを頼み、庭に小さな祭壇を用意させた。一仕事終え、ほっとしていた円信兄が、祭壇に紫色のきれいな布を手前に敷き、一段高い祭壇の中央には護摩木を積み上げていった。寺にあるものの小型版のようだ。さっきまで自分の中に起こっていたことを隠すように僕も手伝い、平静を装うが、自分でも魔物に驚かないのもおかしいし、どういう態度をとっていたら皆に悟られないか、考えがまとまらない。和尚や兄弟子たちにとってはよくあることなのだろうが、初めて魔物を目にして平静でいられるわけがない。でも僕にとってそんなことよりも、僕の中にいる黒い蛇がその魔物を食らったことの方が恐ろしい。また、その禍々しい蛇を宿す僕自身が和尚たちに滅されるのではないかという恐怖、いや、その蛇が持つ大きな力を僕から奪おうとするのではないかという恐れが、何とかして隠し通そうとさせるのである。この力があれば、俺にも姉さんを守ることができるんじゃあないか。僕にとって力とは力であって、その善悪に意味などなかった。その思いとともにだろうか、僕の中の黒いもやもやしたものが段々と、そしてじわじわと広がってくるのを感じた。しかし、決してそれが嫌なもののようには感じられず、むしろ、それがあることによって自分の中に自信がわいてくるような感じがしていた。力を持つというのは、こうもたやすく己を変えてしまうのだろうか。強くなるというのはこういうことなのだろうか。功夫を習っていた時とは全く違うこの感覚に恐る恐るだが、手を伸ばして触りたくて、手に入れたくて仕方がないというドキドキを感じた。そしてこの僕のドキドキした感情を餌にしたように、黒さがまた忍び寄って僕をぬりつぶしていく。こうして力に酔っていると和尚や兄弟子たちのことが、なんだか急に対等な存在に思えてきた。なんだ、結局は力の優劣の差であって、手に入れてしまえば和尚たちですら手も出せないのではないだろうか。そんな考えのせいか兄弟子たちに対する態度がぞんざいになっている気がしてきた。
兄弟子たちが祭壇の準備を終え、祈祷が始まった。読経の声が低く、底からすべてを救い上げるようにその場を包んでいく。なんとやさしい、そして慈愛に満ちた声なのだろうか。先ほどまで力に酔っていた僕を引き戻すように心を洗う。全く異質な二つの力を己の中に感じながら、焚きあげられる護摩木の立ち登る煙をぼーっとみていた。
dive107に続く・・・
dive105
魔物を引き剝がすと、奥方は泣くばかりになり、憑き物が取れるというのはこういうことかと思わす。でも、憑いている霊に憑いている魔物なんてありかよ。しかし、そのおかげで二体に憑かれて、一番負荷がかかっていた娘が正気に戻ったようで話せるようになった。絞り出すような声だったがしっかりと聞こえた。
「帮帮我……拜托了……请让妈妈开心。」(助けて・・・お願い・・・母さんを楽にさせてあげて・・・ください。)
その願いをかなえるように和尚がまた一段と厳しい眼差しで真言を唱える。魔物の苦しそうな叫びが部屋を突き抜ける。暴れまわり、部屋の壁をたたき割る。その禍々しく、強大な力を前にして、僕は恐れと同時にあこがれて興奮していた。あの力があれば・・その時、なぜだか、あの黒い炎が揺らぎだし、僕の中から声がした。
「想要力量吗・・・」(力が欲しいか・・・・)
バクンッ!心臓が何かに鷲掴みにされたように無理やり拍動させられた気がした。なんだ、誰だ!湧き上がるように燃える黒い炎の中から黒い一筋の流れが這い出てくる。その黒い筋は近づくとともにだんだんと大きくなり、僕の耳元でささやく。
(お前が欲しいなら、あの力・・・あやつごと食ってしまえばいい。そうすればお前のものだ。)
何言ってるんだ、あいつを食うって?だいたいお前はなんだ?それにあんな魔物なんて、禍々しい力、和尚様たちに滅されるぞ。
(はは、俺は精霊だ。お前も知ってる、お前の姉さんが使った力も精霊の助けがあって初めて使える力さ。お前、姉さんたちを、お前の家族の自由を奪う者たちが許せないんだろ。そいつらを倒す力が欲しいんだろ。お前のことは何でも知っている。だって俺はお前から生まれた精霊だからな。和尚にはわからないさ。力を外に出さなければわかりゃしないさ。俺には何の力もない、だからお前を助けられない。あいつを食えば力が手に入る。俺がお前を助けてやれるようになる。さあ、あいつを食らうぞ。俺に任せておけ。お前は後ろで見てろ!)
何言ってんだ。あれっ?なんだ、どうなってるんだ、体が動かない。いや、動いている、でも僕の意思じゃない動きだ。嘘だろ、さっきの精霊だって言っていた奴に体を乗っ取られたのか。返せ!人の体を。
(まあ待て。おい!そこの魔物よ。助けてやろうか。そのままでは、この阿闍梨たちに滅されるぞ。お前の力では奴らには勝てん。それはお前もわかっているだろ。そこで、この体に入ることを許してやるぞ。ほかに逃げ道などないぞ。)
先ほどまで暴れていた魔物が少しおとなしくなって様子をうかがっている。和尚たちが段々陣を狭めていく。緊迫した雰囲気の中、魔物がその姿を包み込むような煙のようなものを吐いた。そして僕の方をにらんだと思うと
(その体ごと食らってやる!)
そう言って僕の体の中に入り込んできた。和尚さんたちは気づいていない。ただ、滅したと思っているのだろうか。違う、僕の体にいる。円信兄・・・
(小僧、さっき俺には話しかけてきたのはお前じゃないな。坊主たちのせいで腹が減った。ふふ、ならば、まずはお前からいただこうかな。)
(おいおい、せっかく助けてやったのに、無礼な奴だな。そいつはお前に食わせるわけにはいかん。あまり調子に乗るな。)
(ん、なんだ、さっき話しかけてきたのはお前だったのか。助けてやっただと、あんな坊主どうってことはないわ。お前もまとめて食って、この体をいただくことにしたぞ。)
待て、人の体の中で何をやってるんだ。早く出ていけ。
(まあ待て、行徳よ、よく見てろ。俺の力を。こんな雑魚はすぐに処分してやるから。)
そう言って、僕の中の黒い筋状のものが、ゆっくりと大きくなり一匹の蛇になった。真っ黒な体に二本の赤い筋と一本の金色の筋が三つ編みの様に背中に入っている。見開いた眼は宝石のように緑色に光っていた。僕に「処分」とまで言った口は大きく開き、上下に8本の牙がそろっている。恐ろしいといえば恐ろしいのだが、僕にはその姿の美しさが力の象徴のように見えて心奪われた。飛び込んできた醜い魔物と比べても雲泥の差だ。まるで町のチンピラが拳法の達人に絡んでいるそれを見ているようで勝ち負けなど明らかだった。そして、魔物が断末魔を叫ぶより早く美しい蛇が丸のみにしていく。
(腹の足しにもならんが、喜べ、あいつの力を手に入れてやったぞ。)
僕はその一部始終を瞬きもせずに見入った。そしてその力の恐ろしさ、美しさに陶酔していた。
dive106に続く・・・

