ブログ

2023-07-11 23:13:00

dive106

 和尚たちが残された奥方の弔いをするための準備をし旦那さんを呼んだ。しかし、旦那さんはとうに気がふれた様子で話ができない。仕方なしに取り憑かれていた娘に話す。泣き疲れ、ぐったりしている娘も母親が心配なのだろう、和尚の話を聞いた。

 (お前さんの気持ちもわかる。いわんや母上の気持ちも重々承知したうえで話す。よいか。このままではお主も母上も悪霊、魔物になってしまう。それはお主達も望むところではないだろう。今生の恨みは断ち切り、仏の力を借り成仏させるがよいと思うがどうじゃ。そしてお主も悪縁を絶ち、幸せに暮らせるよう、まっとうに生きることが母上を安寧に成仏させる道じゃと思うぞ。)

和尚の話を聞き優しい顔になった娘はうなずき、手を合わせた。娘の了解を得て和尚たちは、この家の従者たちに後片付けと娘のことを頼み、庭に小さな祭壇を用意させた。一仕事終え、ほっとしていた円信兄が、祭壇に紫色のきれいな布を手前に敷き、一段高い祭壇の中央には護摩木を積み上げていった。寺にあるものの小型版のようだ。さっきまで自分の中に起こっていたことを隠すように僕も手伝い、平静を装うが、自分でも魔物に驚かないのもおかしいし、どういう態度をとっていたら皆に悟られないか、考えがまとまらない。和尚や兄弟子たちにとってはよくあることなのだろうが、初めて魔物を目にして平静でいられるわけがない。でも僕にとってそんなことよりも、僕の中にいる黒い蛇がその魔物を食らったことの方が恐ろしい。また、その禍々しい蛇を宿す僕自身が和尚たちに滅されるのではないかという恐怖、いや、その蛇が持つ大きな力を僕から奪おうとするのではないかという恐れが、何とかして隠し通そうとさせるのである。この力があれば、俺にも姉さんを守ることができるんじゃあないか。僕にとって力とは力であって、その善悪に意味などなかった。その思いとともにだろうか、僕の中の黒いもやもやしたものが段々と、そしてじわじわと広がってくるのを感じた。しかし、決してそれが嫌なもののようには感じられず、むしろ、それがあることによって自分の中に自信がわいてくるような感じがしていた。力を持つというのは、こうもたやすく己を変えてしまうのだろうか。強くなるというのはこういうことなのだろうか。功夫を習っていた時とは全く違うこの感覚に恐る恐るだが、手を伸ばして触りたくて、手に入れたくて仕方がないというドキドキを感じた。そしてこの僕のドキドキした感情を餌にしたように、黒さがまた忍び寄って僕をぬりつぶしていく。こうして力に酔っていると和尚や兄弟子たちのことが、なんだか急に対等な存在に思えてきた。なんだ、結局は力の優劣の差であって、手に入れてしまえば和尚たちですら手も出せないのではないだろうか。そんな考えのせいか兄弟子たちに対する態度がぞんざいになっている気がしてきた。

 兄弟子たちが祭壇の準備を終え、祈祷が始まった。読経の声が低く、底からすべてを救い上げるようにその場を包んでいく。なんとやさしい、そして慈愛に満ちた声なのだろうか。先ほどまで力に酔っていた僕を引き戻すように心を洗う。全く異質な二つの力を己の中に感じながら、護摩木が焚かれ立ち登る煙をぼーっとみていた。

 dive107に続く・・・

 

Today's Schedule
2024.05.13 Monday