大将のブログ 冒険小説「らーめんダイバー」
dive99
丁度、もうすぐお昼時だったこともあり、一緒にご飯を食べようということになった。ここでは皆で食事の準備をするのが修行の一つとされているらしく、和尚と言えど例外なく一緒に調理をしていた。僕たちも何か手伝わなくてはと、師範と一緒に食卓の準備をした。下の街でみなしごだった師範は、一時期ここで一緒に修行をしていたらしく食器の位置もやり方もすべて知っていた。しかし、かえって青仁の仕事を奪ってしまったようで青仁がウロウロして困っていた。それを見た師範が面白がって
「青仁,不工作就没饭吃!」(青仁、仕事をしないものには食事はないぞ!)
それを聞いた皆が青仁に注目した。青仁は皆を見てだんだん泣きそうになった。しかし、こらえた。青仁はご飯のためにこらえにこらえ上を向き大声でお経を読み上げた。それを見てみんなが一瞬きょとんとして、和尚が聞いた。
「你在干什么?」(お前何してんの?)
「和尚,我也在修行,能让我也吃点饭吗。」(和尚様、修行をしておりますので、わたしにもごはんを食べさせていただけますでしょうか。)
がっはははははははははははーーーーー
「来吧!青仁,大家一起吃吧。」(さあ!青仁、みんなで食べよう)
和尚がそう言って、みんなでそろって食べた。
僕はなんだか複雑な思いでご飯を食べた。あの時の河で生き延びられる確率は、かなり低いだろう。僕たちですら生きていたのが奇跡だろう。姉さんたちのように断ち切られたら、その奇跡すらむずかしい。それは僕もわかっている。でもきっと姉さんなら、とも思っている。いや、思いたいのかもしれない。そうだ、師範も青嵐も、きっとみんな死んだと思っているのではないか。でも、僕はそれを認めてしまった瞬間、ここにいる青仁と変わらない、師範と変わらない、みなしごになってしまう。それが恐ろしい。突然、孤独と悲しみが襲ってくる。あんなに幸せだったのに。僕が壊したのか。こうなったのは僕のせいか。あいつは言った。『お前が来なけりゃ』、それまでは、姉さんのことをしゃべった村長、黒装束、役人たちが悪いんだと思っていたが、大人のあいつに言われたあの言葉でわからなくなった。僕の頭はいっぱいいっぱいだった。何もかもが怖い。恐ろしい。
「怎么了。行德。快吃吧。肚子饿了只会想坏事。我以前也是那样。现在吃了恢复精神。然后大家一起考虑吧。大家都会成为你的力量。所以现在吃吧。」(どうした。行徳。ほら食べなさい。腹が減っていると悪いことばかり考えてしまう。私も昔そうだった。今は食べて元気になれ。それからみんなで考えよう。皆、お前の力になってくれるよ。だから今は食べなさい。)
僕は師範に言われて、背中が温かくなったような気がした。現状も心配事も何も変わらない。でも何だろう、この状態を経験して抜け出した人がいるんだということが、経験したこの人が僕の今の希望のような気がした。僕は食べた。無理やり食べた。そうでもしなけりゃ、希望にしがみつかなければ、おかしくなってしまいそうだった。
みんな僕が食べ終わるのを待っていてくれた。青仁が皆にお茶を配り、和尚が飲みながら話し出した。
「那么,怎么了,白龙。」(で、どうしたんじゃ、白龍。)
師範が僕の顔を見ながら話し出した。姉のことは僕に聞きながら。話を聞きながら和尚が僕をじっと見つめる。なんだか目を見るというよりも僕の中にあるものをじっと見ている感じだった。和尚さんは意外にもすんなり聞いてくれた。僕は姉さんの力のことをすぐに理解してくれるなんて思ってもみなかった。僕も今までのことをすべて話さないと、何も進まない気がして、和尚さんに打ち明けた。和尚さんはすべて聞いた後、じっと目を閉じ、深くため息をついて厳しい顔をした。そして何かを決断したようで大きく息を吸った。
「好吧,白龙,把这孩子放下你们回去。告诉他家人回来后在这里就可以了。好吗。行德。明天开始在这里修行吧。」(よし、白龍、この子を置いてお前たちは帰れ。家族が戻ったらここにいると伝えてやればいい。よいか。行徳。明日からここで修行じゃ。)
ご飯をごちそうになりに来ただけだったのに、僕もみなしごになったんだ。
dive100に続く・・・
dive98
「啊,先去我朋友那里吧。」(まあ、俺の友人のところへ行ってからにしよう。)
そう言って師範は、街道のわきに立つ柱の方を指さした。その柱には、「青龍寺参道」と書いてあった。参道に入ると、先ほどのお土産屋や食べ物屋と違い、縁起物屋やお供え物屋が立ち並んでいた。少しづつ山道を登っていくと藍染の原料になる蓼藍が群生しているのが見えた。藍に気を取られているうちに段々と空気が下界のものと違ってきた。なんというか、ほんとに別の世界に入ったようだった。そのころには、わきに羅漢像が立ち並び、僕たちを見定めるように睨みつけていた。僕は弱気になると押し返されそうなものを感じ、睨み返してやった。そうしていると、階段の上の方に山門が見えてきた。先ほど下の街で見た藍染の青とは対照的な赤い山門。大きな山門には、先ほどの羅漢像よりも大きな仁王像が、入ってくる悪を拒絶するように見張っている。山門をくぐると大きな広場があり、奥にはお堂がいくつか見えた。広場に入り、師範が通りかかった小僧さんに話しかけた。
「哦,青仁,龙德和尚在吗?」(おお、青仁、龍徳和尚いる?)
「啊,白龙先生。好久不见。如果是和尚的话就去正殿。」(ああ、白龍さん。お久しぶりです。和尚様なら本堂に。)
小僧さんは、そう言ってお堂の方へ案内してくれた。
「青仁,你长大了啊。打扰一下。」(青仁、大きくなったな。ちょっとお邪魔するね。)
僕と同じ年ぐらいだろうか。この小僧さん、青仁っていうんだ。こんな年の子もいるんだな。ここの子なのかな。和尚さんの息子か?
「喂,你叫青仁吗。我是行德。和尚是你的父亲吗?」(ねえ、君、青仁っていうの。僕は行徳。和尚さんって君のお父さんなの?)
「哎!・・・・不对・・・行德・・我是法师捡到的。」(えっ!・・・・・違う・・・行徳・・ぼくは和尚さんに拾ってもらったんだ。)
そう言って下を向いてしまった。僕はどういうことなのかわからずに、もっと聞こうとしたが師範が止めた。
「这些孩子们,我也是这样,他们是被杀、被抛弃的人。这座寺庙领养了这样的人。」(この子たち、俺もそうなんだが、親を殺されたり、捨てられたりした者たちなんだよ。そうした者をこの寺が引き取ってくれているんだ。)
「哎!师范也是……是的。对不起,我什么都不知道。」(えっ!師範も、・・・そうなんだ。僕、何にも知らなくてごめんなさい。)
「行德。那种事我们不会输的。因为有佛啊。什!青仁。」(いいんだよ行徳。そんなことぐらいで俺たちは負けない。だって仏様がついてるもんな。なっ!青仁。)
そう言って、青仁の肩を抱く。下を向いていた青仁が、師範を見て誇らしげに笑った。僕は、改めて師範の大きさを感じ、誇らしかった。そんなことを考えながら、はっと気づいた。あれ、考えたくないが、もしかしたら僕も・・・・そう思ったら、そのあと何も言えなかった。下を向いて、身につまされた僕の肩を、今度は青嵐が抱いてくれた。なんだか急に不安が体中にまん延したように力を奪っていく。なんだか、体を支えきれなくなって、うずくまり泣いてしまった。突然泣き出した僕を見て、さっきまで笑っていた青仁が心配そうに僕を見ている。青仁にはそんなつもりはないのだろうけど、僕は青仁に仲間と思われるのが嫌で目が見れなかった。僕が諦めたら、父さん、母さん、姉さんが帰ってこないような気がして、下を向いたまま黙っていた。
「哦,好久不见,白龙。怎么了?发生了什么事。嗯,那孩子怎么了。」(おお、久しぶりじゃの、白龍。どうした?何かあったのか。ん、その子はどうしたのじゃ。)
「和尚,真糟糕。但是,在那之前让我吃饭吧!」(和尚、大変なんです。でも、その前にご飯たべさせて!)
「哈?」(はぁ?)
そう言った和尚の顔は厄介ごとはごめんじゃといっているようだった。
dive99に続く・・・
dive97
濁流の中、何とかよどみから川岸をたどって何とか陸に上がった。僕は、もうどうしていいかわからず、嵐が去って晴れ渡った空を見上げていた。師範は、青嵐と近くにいた人にここがどこか訪ねていた。どうやらかなり川下まで来たらしい。ただ師範はこの近くの町に同じ流派の知り合いがいるらしく、とりあえず事情を話して助けてもらおうということになった。歩いて町まで行く間に、河川港から荷を運んでいる人たちに会った。僕はすぐにその人たちに駆け寄り、尋ねた。
「你知道有人溺水在河里吗。」(誰か川でおぼれていた人を知りませんか。)
「不知道啊。昨天暴风雨很大。就算在也没救了。」(さあ、知らないな。昨日はひどい嵐だったし。もし、いたとしても助からないよ。)
「是吗。谢谢。」(そうですか。ありがとう。)
「啊,这么说来。听说从河里来的船沉了一只。总觉得上面坐着一位很了不起的官员。但是,没救了吧。」(ああ、そういえば。河上から来た船が一隻沈んだそうだな。なんだか偉い役人が乗っていたらしい。しかし、助からないだろ。)
どこかで僕たちみたいに川岸にたどり着いていないだろうか。そう思って川岸を見ながら歩く。師範が僕に
「就是那个姐姐。一定是有什么办法帮了我。官员们已经死了,也不会再追上来了。大家都能像原来那样生活。」(あの姉さんのことだ。きっと何かの術で助かっているさ。役人たちは死んでしまっただろうし、もう追ってはこない。みんな元通り暮らせるさ。 )
と言って励ましてくれる。巻き込んでしまった青嵐にも申し訳なくて
「青岚,对不起。我把你卷入了这样的事情中。」(青嵐、ごめんなさい。こんなことに巻き込んでしまって。)
「混蛋!别对师兄费心了好啊,你只考虑家人就好了。」(ばか!兄弟子に気使ってんじゃねえ。いいから、お前は家族のことだけ考えてりゃいいんだよ。)
「谢谢你,哥哥」(ありがとう、兄貴)
周りを気にしながら歩いていると、街が見えてきた。主要な街道は僕たちの居た町よりも広く、大きく、人通りも多い。僕は初めて見る大きな街にびっくりしていた。今日は祭りか何かの集まりがある日なのではないかと思うほど、人がごった返していた。僕と青嵐がビクビクしながら歩いていると師範が
「第一次来大城市吗?人应该很多吧。这里有有名的寺庙,作为门前町很繁荣。」(大きな街は初めてか?人がいっぱいだろう。ここには有名なお寺があって、その門前町として栄えているんだ。)
師範は街のことをよく知っているようで、いろいろ教えてくれた。街には青い色で染められた着物がつるされた店が何軒もあった。師範に聞くとあれは「藍染め」といい、この街でとれる蓼藍を原料に染められた織物だそうで、お寺のある山にたくさん生えているらしい。この名産品を求めて皆がこの街にやってくるのだそうだ。どおりで遠くから見ても、街の両側に鮮やかな青い看板のお店が何軒かあるのがわかる。近くまで行くと、店の中は真っ青だ。藍染め製品のお店を見ていたら何やら僕たちの鼻をくすぐるような、刺激的な香りがしてきた。どこから匂ってくるのだろうと思い匂っていると、師範が
「哦!这个味道真是担担面啊!对了,等我填好肚子再去吧。」(お!この匂いは担々麺だな!そうだ、腹ごしらえしてから行くか。)
と、教えてくれた。僕と青嵐は腹ペコだったのを思い出して、喜んだ。どんな食べ物だろう、と期待が高まって、店の前まで行った。匂いによだれが出て仕方がない。しかし、匂いに釣られて店に入りそうな僕たちを師範が帯を引いて引き止めた。もう、食べるばかりの僕たちに悔しそうな顔をした師範がボソッと言った。
「对不起。我丢了钱包。」(すまん。財布を無くした。)
僕と青嵐が崩れ落ちたのは言うまでもなかった。
dive98に続く・・・
dive96
雨脚がさらに激しくなり、船は濁流の中をうねるように進んだ。時折近くのどこかに雷が落ちる音がして、耳をつんざく。状況に鼓動が激しく、どうしていいかわからなくなっていた。
「妈妈!妈妈!振作起来!」(母さん!母さん!しっかりして!)
僕は、急いで母さんの傷の状態を確認しようとした。すると、姉さんが、
「行德!让开!我会治好妈妈的!」(行徳!どいて!私が母さんを治すわ!)
そう言って、父さんを治した時のように天に向けて手を差し伸べる。そして大気に円を描くように腕を回していく。暗闇の中、姉さんの周りにだけボワンとした光が集まっていく。姉さんがぶつぶつ言い始める。前回はわからなかったが、今度は近くにいたのではっきり聞こえた。
「天啊!地啊!水啊!所有的东西啊!来吧,把你们的力量一点点分给这个人吧!请给作为你们的伙伴的这个人生存的力量。然后请把超越这个世界的力量借给我。为了你们的伙伴!为了你们的家人!」(天よ!地よ!水よ!すべての物よ!さあ、この者にあなたたちの力をほんの少しづつ分け与えておくれ!お前たちの仲間であるこの者に、生きる力を与えておくれ。そしてこの世のコトワリを超える力を私に貸しておくれ。お前たちの仲間のために!お前たちの家族のために!)
そう言って手を回し続ける姉さんが、白い光に包まれていく。白い大きな球体の中に姉さんがいるようだった。雨風はその光をよけて通っていくようで、中にいる姉さんは、外界の影響を受けていないようだった。父さんの時のように、姉さんの手の中のモノが緑色に輝きだし、緑色の水玉のように見えた。そしてそれを母さんの中にゆっくりとじんわりと入れていく。僕はそれをじっと見て
(よかった。母さん助かったんだ。姉さんすごいや。)
と思っていた。僕が力尽きて母さんの横に座っている間、師範は欄干に打ち付けられた父さんを介抱していた。幸い父さんの方は大したことはなさそうだ。青嵐は役人たちを縛り上げ船の帆柱のところにつなげていた。師範が船長に近くの港で降ろしてくれるよう交渉に行った。母さんの傷も治り、ほっとして姉さんの方に行くと、
「行德!你为什么来这里。我不是说过要逃吗。你遭了这么大的危险,差点死了好几次。」(行徳!なぜここへ来たの。私は逃げろと言ったでしょ。あなたはこんなに危ない目にあって、何度も死ぬところだったのよ。)
そう言って、僕を抱きしめて泣いていた。僕はまた、姉さんを悲しませてしまったのだろうか。姉さんにそう言われてしょぼくれている僕を、姉さんを、そして母さんを
「但是,大家都没事真是太好了。能活着真好。」(でも、みんな無事でよかった。生きててよかった。)
大きな手で父さんが抱きしめてくれた。みんなうれしくて泣いた。僕は師範にお礼を言おうと父さんの腕をほどき立ち上がった。そんな僕を見て、
「行德!谢谢你来救我。」(行徳!助けに来てくれてありがとう。)
そう言った姉さんを振り返るともう笑っていた。姉さんの笑顔はやっぱり最高だ。
僕は照れくさくて急いで師範のもとへ行った。師範は帆柱の役人たちのところにいた。僕はちょっとうれしくなって元気が出てきた。そして、師範と青嵐にお礼と皆の無事を報告しようと呼びかけた。
「師範!青嵐!」
その時!
バキバキバキーーーー!空気を切り裂くように、雷の音がした。今ここに落ちようと!バン!という音で帆柱に落ちた。そのせいで帆柱が真ん中で二つに折れてこっちに倒れてくる。僕はとっさに船の欄干の方へよけた。いや、ちょっと待て!帆柱の倒れた先には姉さんたちが!僕はよけると同時に振り返った。帆柱がゆっくりとみんなの方に倒れていく。だめだ。そっちにいっちゃあ。姉さん!父さん!母さん!みんなは雷の落ちた音に身をすくめてうずくまっていて、帆柱に気づいていない。雷が落ちたせいで帆柱が燃えだした。炎の明かりがゆっくりと落ちていく。姉さんが気付き、驚いてうずくまっている。
「姐姐!」(姉さん!)
その声を遮るように僕と姉さんたちの間に帆柱が倒れていく。みんなの姿が見えない。その衝撃で船が二つに割れた。姉さんたちがいた後方がごっそり割れて沈んでいった。みんなはどこだ。水面は泥水のように濁って何も見えない。
「姐姐!」(姉さん!)
僕たちの方も沈みそうだ。師範と青嵐が樽を見つけ、みんなでそれと自分を縄で縛っておぼれるのをまのがれた。
濁流の中、僕の頭の中には役人の言ったあの言葉が何度もよぎっていた。
「お前が来なければ皆死なずに済んだものを」
dive97に続く・・・
dive95
雷の閃光を浴びて輝く青龍刀が、とっさに防ごうとした僕の左腕を切りつけた。暗闇を閃光の残像が円を描くように目に残る。腕の傷は浅く、それほどの出血はなかった。興奮状態のせいか痛みをあまり感じない。何が起きているか理解するのがやっとで、わかったとたんに足がすくんでしまって動けない。大粒の雨が激しく降ってきた。風も激しくなり、いつの間にかずぶ濡れになってきた。恐怖で固まった口を、それでも懸命に開き助けを呼んだ。
「师父~~!请帮帮我。」(師範~~!助けてー)
こんな声じゃとても師範たちには聞こえない。
「又是你啊,小僧。如果那么想死的话就杀了你。」(またお前か、小僧。そんなに死にたければ殺してやる。)
役人がそう言ったが早いか二撃目が振り下ろされる。後ろから父さんが僕の帯を引っ張り、何も見えないが目の前を何かが通る音が聞こえた。雷の音が近くなってきた。ますます雨風が激しくなってきた。
「行德!退下。师傅,帮帮我!」(行徳!下がれ。師範、助けてくれ!)
父さんにはさっきの僕叫びが聞こえていたようだ。師範が一緒に来ていることを察知し、助けを呼んだ。役人には父さんたちが見えていなかったようで、父さんの声に枷をはずされたことに気づいた。その声に余計に腹が立ったのか
「是为了让女儿听我的命令的人质、全部杀了你!」(娘に私の命令を聞かせるための人質だったのだが、みんなまとめて殺してくれるわ)
向こうも視界が悪いのか、やたらに切りかかって来る。僕たちはその辺にある縄や板、木箱などを投げつけては後退した。その声に気づいた師範が
「行德!现在就去!」(行徳!今行く!)
その声に反応して役人が振り向いた。今だ。僕はここぞとばかりに役人に鉄山靠(てつざんこう・八極拳の技で背中で体当たりをいう)をくらわしてやった。やったか?いや、浅い、ならばこれだ。足場の悪い船の上、僕の足を役人の足に添えて内から押す、これは八極拳の梱鎖歩(こんさほ)という技だ。よろけたところに最後は震脚、裡門頂肘(りもんちょうちゅう)の流れで・・・
あれ?崩れない?僕の軽い体重では梱鎖歩(こんさほ)がきかないのか?まずい。稲妻がまた役人の青龍刀を照らし、役人の顔まで
恐ろしく不気味に見える。上段に構えられた刀が振り下ろされる前に後ろへ飛ばなきゃ。だめだ、役人が逆に足を絡めてきて、逃げられない。もう駄目だ。
ドン。大きな重たいものが僕にのしかかる。なんだどうなったんだ。なんだ?えっ!重く大きくのしかかっていたのは父さんだった。父さんが役人と僕の間に割って入ったんだ。あまりに接近戦だったため刀を振り下ろそうにも刀のツカが父さんの背中に当たって振り下ろせなかった。
「嘿!碍事!老头儿!」(ええい!邪魔だ!じじい!)
そう言って僕ごと父さんを蹴り飛ばした。父さんはもんどりうってそのまま欄干に打ち付けられ、僕は仰向けになって無防備な状態だ。役人が片足で僕の腕を踏みながら、もう一度刀を振り上げ、にやりと笑った。動けない。
「真遗憾啊。小拳士。如果你不来,大家就不会死了。」(残念だったな。小さな拳士。お前が来なけりゃみんな死なずに済んだのにな。)
次の瞬間!なぜか皆の動きがゆっくり見え始めた。刀が振り下ろされる。
「行徳!」
今度は母さんが飛び込んできた。僕の上に母さんが覆いかぶさる。少しずつ刀が降りてくる。だめだ母さん。早く逃げなきゃ。その時、ドン!と大きな振動がした。これは!震脚の音だ!
「裡門頂肘(りもんちょうちゅう)!」
師範の声だ。
役人がどさっと倒れた。助かった。僕はほっとして力が抜けた。
「妈妈!妈妈!・・」(母さん!母さん!・・」
姉さんのさけび声がして僕は震えた。母さん切られてるの?僕はすぐに起き上がり母さんの様子を見ようと雨でぬれた顔を手で拭った。あれ、拭った手を見ると血まみれだった。母さんが・・・
dive96に続く・・・

