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2021-08-20 18:34:00

dive96

 雨脚がさらに激しくなり、船は濁流の中をうねるように進んだ。時折近くのどこかに雷が落ちる音がして、耳をつんざく。状況に鼓動が激しく、どうしていいかわからなくなっていた。

「妈妈!妈妈!振作起来!」(母さん!母さん!しっかりして!)

 僕は、急いで母さんの傷の状態を確認しようとした。すると、姉さんが、

 「行德!让开!我会治好妈妈的!」(行徳!どいて!私が母さんを治すわ!)

そう言って、父さんを治した時のように天に向けて手を差し伸べる。そして大気に円を描くように腕を回していく。暗闇の中、姉さんの周りにだけボワンとした光が集まっていく。姉さんがぶつぶつ言い始める。前回はわからなかったが、今度は近くにいたのではっきり聞こえた。

「天啊!地啊!水啊!所有的东西啊!来吧,把你们的力量一点点分给这个人吧!请给作为你们的伙伴的这个人生存的力量。然后请把超越这个世界的力量借给我。为了你们的伙伴!为了你们的家人!」(天よ!地よ!水よ!すべての物よ!さあ、この者にあなたたちの力をほんの少しづつ分け与えておくれ!お前たちの仲間であるこの者に、生きる力を与えておくれ。そしてこの世のコトワリを超える力を私に貸しておくれ。お前たちの仲間のために!お前たちの家族のために!)

そう言って手を回し続ける姉さんが、白い光に包まれていく。白い大きな球体の中に姉さんがいるようだった。雨風はその光をよけて通っていくようで、中にいる姉さんは、外界の影響を受けていないようだった。父さんの時のように、姉さんの手の中のモノが緑色に輝きだし、緑色の水玉のように見えた。そしてそれを母さんの中にゆっくりとじんわりと入れていく。僕はそれをじっと見て

(よかった。母さん助かったんだ。姉さんすごいや。)

と思っていた。僕が力尽きて母さんの横に座っている間、師範は欄干に打ち付けられた父さんを介抱していた。幸い父さんの方は大したことはなさそうだ。青嵐は役人たちを縛り上げ船の帆柱のところにつなげていた。師範が船長に近くの港で降ろしてくれるよう交渉に行った。母さんの傷も治り、ほっとして姉さんの方に行くと、

「行德!你为什么来这里。我不是说过要逃吗。你遭了这么大的危险,差点死了好几次。」(行徳!なぜここへ来たの。私は逃げろと言ったでしょ。あなたはこんなに危ない目にあって、何度も死ぬところだったのよ。)

そう言って、僕を抱きしめて泣いていた。僕はまた、姉さんを悲しませてしまったのだろうか。姉さんにそう言われてしょぼくれている僕を、姉さんを、そして母さんを

 「但是,大家都没事真是太好了。能活着真好。」(でも、みんな無事でよかった。生きててよかった。)

 大きな手で父さんが抱きしめてくれた。みんなうれしくて泣いた。僕は師範にお礼を言おうと父さんの腕をほどき立ち上がった。そんな僕を見て、

 「行德!谢谢你来救我。」(行徳!助けに来てくれてありがとう。)

 そう言った姉さんを振り返るともう笑っていた。姉さんの笑顔はやっぱり最高だ。

 僕は照れくさくて急いで師範のもとへ行った。師範は帆柱の役人たちのところにいた。僕はちょっとうれしくなって元気が出てきた。そして、師範と青嵐にお礼と皆の無事を報告しようと呼びかけた。

 「師範!青嵐!」

 その時!

バキバキバキーーーー!空気を切り裂くように、雷の音がした。今ここに落ちようと!バン!という音で帆柱に落ちた。そのせいで帆柱が真ん中で二つに折れてこっちに倒れてくる。僕はとっさに船の欄干の方へよけた。いや、ちょっと待て!帆柱の倒れた先には姉さんたちが!僕はよけると同時に振り返った。帆柱がゆっくりとみんなの方に倒れていく。だめだ。そっちにいっちゃあ。姉さん!父さん!母さん!みんなは雷の落ちた音に身をすくめてうずくまっていて、帆柱に気づいていない。雷が落ちたせいで帆柱が燃えだした。炎の明かりがゆっくりと落ちていく。姉さんが気付き、驚いてうずくまっている。

「姐姐!」(姉さん!)

その声を遮るように僕と姉さんたちの間に帆柱が倒れていく。みんなの姿が見えない。その衝撃で船が二つに割れた。姉さんたちがいた後方がごっそり割れて沈んでいった。みんなはどこだ。水面は泥水のように濁って何も見えない。

「姐姐!」(姉さん!)

僕たちの方も沈みそうだ。師範と青嵐が樽を見つけ、みんなでそれと自分を縄で縛っておぼれるのをまのがれた。

濁流の中、僕の頭の中には役人の言ったあの言葉が何度もよぎっていた。

「お前が来なければ皆死なずに済んだものを」

dive97に続く・・・

 

 

2021-08-17 19:51:00

dive95

 雷の閃光を浴びて輝く青龍刀が、とっさに防ごうとした僕の左腕を切りつけた。暗闇を閃光の残像が円を描くように目に残る。腕の傷は浅く、それほどの出血はなかった。興奮状態のせいか痛みをあまり感じない。何が起きているか理解するのがやっとで、わかったとたんに足がすくんでしまって動けない。大粒の雨が激しく降ってきた。風も激しくなり、いつの間にかずぶ濡れになってきた。恐怖で固まった口を、それでも懸命に開き助けを呼んだ。

「师父~~!请帮帮我。」(師範~~!助けてー)

こんな声じゃとても師範たちには聞こえない。

「又是你啊,小僧。如果那么想死的话就杀了你。」(またお前か、小僧。そんなに死にたければ殺してやる。)

役人がそう言ったが早いか二撃目が振り下ろされる。後ろから父さんが僕の帯を引っ張り、何も見えないが目の前を何かが通る音が聞こえた。雷の音が近くなってきた。ますます雨風が激しくなってきた。

「行德!退下。师傅,帮帮我!」(行徳!下がれ。師範、助けてくれ!)

父さんにはさっきの僕叫びが聞こえていたようだ。師範が一緒に来ていることを察知し、助けを呼んだ。役人には父さんたちが見えていなかったようで、父さんの声に枷をはずされたことに気づいた。その声に余計に腹が立ったのか

「是为了让女儿听我的命令的人质、全部杀了你!」(娘に私の命令を聞かせるための人質だったのだが、みんなまとめて殺してくれるわ)

 向こうも視界が悪いのか、やたらに切りかかって来る。僕たちはその辺にある縄や板、木箱などを投げつけては後退した。その声に気づいた師範が

「行德!现在就去!」(行徳!今行く!)

その声に反応して役人が振り向いた。今だ。僕はここぞとばかりに役人に鉄山靠(てつざんこう・八極拳の技で背中で体当たりをいう)をくらわしてやった。やったか?いや、浅い、ならばこれだ。足場の悪い船の上、僕の足を役人の足に添えて内から押す、これは八極拳の梱鎖歩(こんさほ)という技だ。よろけたところに最後は震脚、裡門頂肘(りもんちょうちゅう)の流れで・・・

 あれ?崩れない?僕の軽い体重では梱鎖歩(こんさほ)がきかないのか?まずい。稲妻がまた役人の青龍刀を照らし、役人の顔まで

恐ろしく不気味に見える。上段に構えられた刀が振り下ろされる前に後ろへ飛ばなきゃ。だめだ、役人が逆に足を絡めてきて、逃げられない。もう駄目だ。

 ドン。大きな重たいものが僕にのしかかる。なんだどうなったんだ。なんだ?えっ!重く大きくのしかかっていたのは父さんだった。父さんが役人と僕の間に割って入ったんだ。あまりに接近戦だったため刀を振り下ろそうにも刀のツカが父さんの背中に当たって振り下ろせなかった。

「嘿!碍事!老头儿!」(ええい!邪魔だ!じじい!)

 そう言って僕ごと父さんを蹴り飛ばした。父さんはもんどりうってそのまま欄干に打ち付けられ、僕は仰向けになって無防備な状態だ。役人が片足で僕の腕を踏みながら、もう一度刀を振り上げ、にやりと笑った。動けない。

「真遗憾啊。小拳士。如果你不来,大家就不会死了。」(残念だったな。小さな拳士。お前が来なけりゃみんな死なずに済んだのにな。)

次の瞬間!なぜか皆の動きがゆっくり見え始めた。刀が振り下ろされる。

「行徳!」

今度は母さんが飛び込んできた。僕の上に母さんが覆いかぶさる。少しずつ刀が降りてくる。だめだ母さん。早く逃げなきゃ。その時、ドン!と大きな振動がした。これは!震脚の音だ!

「裡門頂肘(りもんちょうちゅう)!」

 師範の声だ。

役人がどさっと倒れた。助かった。僕はほっとして力が抜けた。

「妈妈!妈妈!・・」(母さん!母さん!・・」

姉さんのさけび声がして僕は震えた。母さん切られてるの?僕はすぐに起き上がり母さんの様子を見ようと雨でぬれた顔を手で拭った。あれ、拭った手を見ると血まみれだった。母さんが・・・

dive96に続く・・・

 

 

 

 

2021-08-16 21:03:00

dive94

 山の天気は変わりやすく、少し暗くなって雲が出てきた。遠くから雷鳴もひびいて聞こえてくる。青嵐が見張っていた街道を荷馬車がやってきた。それも三両も。その後を人を乗せた馬車がついてきた。役人たちがのっているようだ。青嵐が急いで戻ってきた。荷上場に馬車が入っていき、人夫たちが集まってきた。荷物を積み替えるようだ。木箱には、おそらくさっき師範が言っていたような陶器が入っているのだろう。重そうな箱を運んでいる。ちょうど影になりそうな、三両の荷馬車の奥に移動し、その時を待った。師範は人夫に成りすまして船に乗り込もうと言った。大きな船だったので隠れられそうだと。

 「喂,天气变差了快点儿啊!」(おい、天気が悪くなってきたから急げよ!)

 人夫の親方が大声で皆に言う。僕たちも木箱を持って船に乗り込む。何とか三人とも乗り込めた。荷物を載せ終わると、今度は人がのって来る。荷物の陰に隠れてみていると、役人が姉さんたちを連れて乗り込んできた。姉さんたちは両手を縛られ、三人繋がれていた。今すぐ行って助けたいところだが、船出してから、夜を待って襲撃する作戦を立てていた。いきり立つ僕を師範が抑えている。

すぐに船が出るものだと思っていたが結局、他の乗客を待って出たのは昼過ぎになってしまった。その間に天気はさらに悪化し黒雲に覆われてしまっていた。昼過ぎぐらいだというのにあたりは暗くなってきた。出港して少しすると川が荒れてきた。どうも上流でかなり雨が降っていたらしい。濁流に近くなってきた。船も揺れが激しくなってきて足元もおぼつかない。このままだと夜を待ってなんて言ってられなくなってきた。そうこうしてる間に雷鳴もとどろき、あちこちに閃光が走る。

「现在不去的话就无法挽回了。师父!」(もう、今行かないと取り返せなくなる。師範!)

「是啊,现在就袭击在中途的港口下车吧。」(そうだな、今襲撃して途中の港で降りよう。)

そういって、役人たちが休んでいる場所に行こうとした時、カッと稲妻が光って周りを照らし、一瞬にして皆を凍り付かせた。飛び出したその場所に黒装束たちも出てきていたのだ。飛び出したぼくたちも師範の後ろでドギマギしていた。あちらもこんなところで鉢合わせするとは思っていなかったのだろう、後ろにいる黒装束の手下の何人かはこちらを認識していないようだ。

「没办法。请开始战斗。」(仕方ない。やるぞ。)

 そう言って師範が突撃した。さすが八極拳の師範。一撃必殺の踏み込み。相手に猶予を与えない動き、よどみなく次の攻撃に移る瞬間に、相手の攻撃を払いのけ、体勢を崩し、隙を作りその守りの空いたところに的確に打ち込む。拳法とはこういう一連の動きのことなのだと、確認できる。初めて見る実践に興奮して見とれてしまう。師範と敵の動きを見ていると、攻撃してくる瞬間こそバランスを崩すのだ。構えていた時から打つ瞬間までの間、相手の方へ、前のめりに重心が移る。その不安定な、打ち込みの時の踏み込みの軸を少し崩してやると、重心を戻そうとする、そこに隙ができる。そこを打つ。敵が攻撃を当てようとする場所を少しずらしてやるだけで威力が半減し、次の攻撃に移ることができる。ああ、なんて動きだ。流れる、水の流れのようだ。美しさすら感じる。

「行德!快点儿!」(行徳!早くいけ!)

ハッ!として姉さんたちを探しに行った。僕を止めようとする黒装束を今度は青嵐が止めに来る。しかし、もう一人黒装束が青嵐の後ろに来た。

「青嵐!后面!」(青嵐!後ろ!)

僕の声より前に青嵐は後ろから来た敵にも対応していた。やっぱり、兄貴はすごい。ここは任せてみんなを探しに行かなくては。船の倉庫の方へ行こうとすると外につながれた父さんたちがいた。

「爸爸!妈妈!现在救助。」(父さん!母さん!今助けるよ。)

「行德!不能来这种地方。你逃走吧」(行徳!こんなところに来ちゃダメじゃない。あなたは逃げて)

母さんの後ろにいた姉さんが言った。僕は何も言えなかった。それでも、かまわない。姉さんが何と言おうと僕は姉さんを、みんなを守るんだ。つないである縄と枷を外し、師範たちの方へ行った。

「行德!我已经没事了。」(行徳!こっちはもう大丈夫だ。)

 青嵐の声がして、僕たちは急いだ。しかしその行く手を阻むように、稲妻の光を跳ね返す青龍刀が僕の目の前に振り下ろされた。

dive95に続く・・・

2021-08-15 18:46:00

dive93

 ひんやりとした山の朝、船着き場の近くの荷揚げ所が見通せる場所に三人は身を伏せていた。師範は僕を一人にすると何をするかわからない、という理由で青嵐に街道からの通行人を偵察に行かせた。その間に師範は役人たちのことを教えてくれた。彼らは西方の国の者たちと繋がっていて、自国の工芸品、特に陶器や絹織物、それに茶葉などを売って利益を得ているそうだ。それも国宝級のものを密輸しているらしい。その代わりに銀をもらっていたのだが、近頃はアヘンを仕入れて、国中でさばいている。国民から金をとりアヘン漬けにしている。国はそれを取り締まるはずなのに、あいつらは表では取り締まって、裏でそれをまた売っているという。まさに獅子身中の虫というわけだそうだ。清国は今、外国に食い物にされ、国民たちは大変な時だという。しかし、西方諸国に軍隊、最新の武器にかなわない。師範たちはそれでも、少しでも抵抗しようと皆に功夫(クンフー)を広めて対抗しようとしているらしい。そんな師範たちをあの役人たちは、難癖をつけては投獄しようとしてくるのだそうだ。あの役人もこの街にアヘンを売りに来ていた一人だという。おそらく、それをさばく連中のところに、姉さんの話を金目当てで流した奴がいたのではないかという。僕はパッと村長の顔が浮かんだ。いつでも、悪い奴らは繋がっているものだと教えてくれた。

 「行德,不能原谅这个国家腐败的官员们。这样下去会被外国统治。」(行徳、この国の腐った役人どもを許してはいけない。このままだと外国に支配されてしまう。)

 そう師範は言って、僕を見た。しかし、僕はただただ、家族を取り戻したいだけで、国なんてどうでもよかった。師範の言うことがわからないわけではない。町に行くと、時折アヘン中毒者であろう朦朧とした人を見ることもあったし、父さんにもあんな風になっちゃいけないよとさんざん言われていた。しかし、うちのお茶も買ってくれているのかもしれないと思うと複雑な気分だ。そのお金があって初めて僕は道場に通えていたのだから。僕は心の中のモヤモヤしたものを感じていた。良いことと悪いこと、強い人と弱い人、奪うものと奪われるもの、国の偉い人や町のお金持ちがみんな悪い人ではないだろうし、かといっていい人でもないだろう。そんなことをどうこう言うつもりはない。僕はあの優しい姉さんを、おいしいお茶を一生懸命作る父さんを、みんなをやさしく包んでくれる母さんを守りたい、そのためになら僕は、えらい役人に逆らっても、何ならあいつが父さんを切ったように、僕も・・・そう思っている僕の表情を師範がどうとらえたのか

 「八极拳是战场上的拳术。拥有一击必杀的破坏力。弄错使用方法的话会很麻烦。请只为了保护什么而使用。绝不是为了伤害别人。」(八極拳は戦場の拳法だ。一撃必殺の破壊力を持つ。使い方を間違えると大変なことになる。何かを守るためだけに使いなさい。決して人を傷つけるためのものではないよ。)

と道を外れないようにとくぎを刺した。

dive94に続く・・・

 

2021-08-12 17:25:00

dive92

 切られたはずの傷口を驚いて触る父さんは、姉さんをまじまじと見ながら

「美雪,是你治好的吗?你从什么时候开始这样的事美雪・・・」(美雪、お前が治してくれたのか?お前いつからそんなことが・・・)

 姉さんは、泣きながら父さんに抱きつき

「对不起。对不起我没说话。」(ごめんなさい。黙っていてごめんさい。)

 と繰り返すばかり。そんな二人を引きはがすように黒装束の男が姉さんを連れて行こうとする。にやにやしながら役人が姉さんに言った。

 「你应该老老实实地听我的命令。听好了,不要再反抗了。明白了吗。」(お前が素直に私の言うことを聞いていればよかったのに。二度と私に逆らうな、わかったな。)

姉さんはうつむいたままおびえている。僕はどうしていいかわからず、ただ、じっと姉さんを見ていた。どうしたらいい。役人の刀にかなうものはないし、また父さんたちに手を出されたら・・・状況に驚いていた師範も手が出せずににらみ返すのがやっとだ。青嵐は僕を気遣って肩に手をかけて落ち着かせようとしている。自分の方が戸惑って足が震えているのに、兄貴だからと強がってくれている青嵐には、こんなことに巻き込んでしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。連れていかれる姉さんは、僕の前を通るときに少しだけこちらを向き、僕だけに聞こえる様に小声で言った。

「拜托,逃走吧」(お願い、逃げて) 

 僕は、はっとして我に返った。今はどうやっても勝ち目がない。師範たちに目配せをして一緒に逃げるようにしなくては。もう一度機会を待ってみんなを取り戻しに来よう。青嵐に小声でバラバラに逃げて道場で待ち合わせることを言い、師範にも伝えさせた。黒装束に腕を引かれる姉さんが、こちらを少し振り返って僕を見た。僕は小さくうなずき、僕たちはいっせいに散りじりに逃げた。走り去る前に振り替えると父さんが

「逃走吧!」(逃げろ!)と叫んだ。

黒装束の一人が姉さんを後に任せ、僕だけを追って来ようとする。すると今までうなだれていた姉さんが役人に向かって言った。

「如果伤害了我的家人,就再也不听你的命令了。咬住舌头去死。」(私の家族をきずつけたら、二度とあなたの命令は聞かない。舌を噛んで死んでやる。)

 一瞬、苦い顔をした役人が僕を追ってくる黒装束に

「回来吧。孩子不用追了。」(帰って来い!ガキは放っておいていい。)

僕は姉さんの方を振り返り、必ず助けるからと誓い、全速力で走った。そして、途中で青嵐と合流して師範の待つ道場へ向かった。悔しい、許せない。あの役人たち、村長も含めて、憎い、憎い、憎い、憎い。ぶちのめしてやる。僕の中で何かどす黒いものが燃え上がってくるのを感じた。僕の大事な家族を・・・優しい姉さんを・・・父さんを切りやがって・・・母さんに手を出しやがって・・・道場に向かう間、青嵐がいろいろ話しかけてくれていたのだが、僕はこのどす黒い靄のような思いにとりつかれて何も答えなかった。

 道場に着くと師範が待っていた。師範はこの地域の地図を広げ話してくれた。あいつら役人はこの国の都に行くはず。それには陸路で何日も歩くよりも、必ず川を船で移動するはずだ。少人数で戦うなら、そこを狙って襲うしか手がないだろうということだった。今日はおそらくもう船は出ない。明日の朝出る船を待伏せしようということになった。あらかた、作戦を話すと師範は姉さんの力のことを話した。師範の話では遠い昔に神仙たち(仙人のこと)が自然界の力の源、その使い方など研究しその力を自在に使うことができたという。しかし、湖北省、武当山の道教寺院でもあそこまで使えるものなど聞いたことがないそうだ。姉さんにそんなこと聞いたことがない。僕たちは、明日に備えて船着き場の近くまで行き待伏せできそうな場所を探し、あたりを警戒しながら朝を待った。

dive93に続く・・・

 

 

 

 

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