大将のブログ 冒険小説「らーめんダイバー」
dive59
私は26年前、20歳の時、調理師学校を卒業しこの中華料理の世界に入った。そして、上を目指して一生懸命にやってきた。下っ端の時、雑用のような仕事をできるだけ早く済ませ、自分たちが調理に携われる唯一の時間、まかない料理を作るのに懸命になった。一日に一回やってくるチャンス。それ以外に調理師と呼べるような仕事は無いに等しい下っ端にとって、明日に向かって積み上げられるものなど何もない。お店を回すための仕事、先輩たちの雑用、材料の準備、機材の準備、洗浄、食器の準備、スープをとる、ごみを捨てる。こういう仕事は調理師たちである先輩たちの仕事がうまく機能するようにする潤滑油のようなもので、とても専門学校へ行く必要などない。そんな毎日の中で一日に1,2回自分でメニューを決めて調理ができるという楽しい時がやってくる。材料は限られている。その日に余っているもの、であったり、安くてまかないように仕入れてもらったものであったり。それまでにできるだけ、その食材を使ったメニューを頭の中に叩き込んでおくこと、臨機応変に材料を変えることができるように、材料の特性、味付けをしっておくこと。調理師学校で習った基本的メニューは確かに本職がお店で出すレシピや調理法であるが、それは役に立たない。なぜならすべての材料を自分の自由にそろえることはできない、またそんな時間も準備もない。短時間で4,50人分のおかずを2品作らねばならない。昔料理の鉄人という番組で食材を指定されて作る番組があったが、あれを毎日やっている感じだ。お題をもらって即興で演じる落語や大喜利のようだ。どうやったらそのメニューを効率よく50人分調理できるか。調理師学校を出たばかりの自分たちにそんな知識の貯金はない。毎日、目の前で作られる先輩の料理をヒントに、休憩中に本屋で料理の本を見たり、先輩に相談してみたり毎日作って失敗して、食材を無駄にしたと叱られたりして得た経験を少しづつためていく。何せ審査員は全員調理師だったり、サービスマンだったりするから厳しさは折り紙付き。毎日戦うこと、いつも調理することを忘れないこと、下っ端はこうして調理師になっていく。
あれから26年、毎日仕事をしてきたが、私は店で「こなす」ことに慣れてしまって、戦うことを忘れてしまっていた。お客さんが目の前にいない隔離された厨房で作業をするという緊張感のなさが仇になってしまっていたのだ。そういえばお客さんである先輩たちに褒められたりしたときの喜びもいつしか忘れていたのかもしれない。厳しさも同時に。
そんな時に、厳しさと喜びを思い出させてくれたのが王さんだった。この土地のことも、調理のことも、生き方もいっぱい教えてもらった。『師匠』であり、『兄貴』とよぶにふさわしい人に初めて巡り合った気がする。おっさんが言うのも恥ずかしいが、本当に大好きな人だった。まあ、実際『兄貴』になったわけではあるが。あの人は、私に何を見ていたのだろう。何を伝えたかったのだろう。私はあの人の期待に応えられるのだろうか。この店の前に倒れて、王さんに助けてもらって以来、私にとって心の支えだった。
王さんの葬儀が終わり、和尚と麗華さんに、王さんの奥さんが亡くなった時のように店を続けることを勧められ次の日から営業した。まだ気持ちの切り替えができないまま、王さんが立っていた場所に立つ。そして王さんがやっていたように、仕込みをし、湯を沸かし、たれを作り、麺をゆで、仕上げ、お客さんに出す。一杯、一杯に思いを込めて。王さんに追いつけるように、王さんにがっかりされないように。何よりもお客さんに笑ってもらえるように。そんなときに、おばあさんと小学生ぐらいの子供が入ってきた。注文が入り2杯作る。こちらから座って待っている二人が見える。それを見て私の母方のおばあちゃんを思い出した。私が小学生の頃、電車で40分ぐらいのところの母の実家に一人でお歳暮を持って行っていた。お使いに行くとご褒美に近所のラーメン屋さんに連れて行ってくれた。おばあさんは味噌ラーメンを食べている私をにこにこしながら見ていた。私はそんなおばあさんに笑って返した。そんな昔を思い出しながら担々麺を出した。他のお客さんのどんぶりが返ってくる。何も残ってないどんぶりを見て、ほっとしながら洗い物をする。疑心暗鬼のまま客席の方を見ると、さっきのおばあさんと子供が笑っている。その姿に自分の子供時代がオーバーラップする。ああ、笑ってくれた。あの日のおばあちゃんのように笑ってくれたよ。王さん、見てますか。私の作った料理で笑ってくれたよ。こんなにうれしいことはない。あの日の自分と同じように、あの子笑ってるよ。
「那样就可以了。」(それでいいんだよ。)
今、王さんが・・・・そんな気がした。
ああ、王さん、あなたは、私に教えてくれてたんですね。私に一番大事なことを。やっぱり、かなわないな。師匠・・・私は笑った。呵呵と笑った。上を向いて王さんに見える様に。王さんに聞こえるように精一杯大きな声で。またも泣きながらではあるが・・・
dive60に続く・・・
dive58
店に着くと早速作り始めた。和尚と相談して、王さんの担々麺を作り二人で味見する。
「嗯,总觉得不对。蓝生,你没有忘记什么吗?」(んーー、なんか違うのう。藍生、何か忘れておるのじゃないのか?)
「好好地做着。按照小王说的做。」(ちゃんとやってます。王さんの言うとおりにやってます。)
何度も何度も、作ってようやくこれだと思って、和尚に確認を取り、早速、潜る準備を始める。和尚の気合もろとも光が凝縮し、一気にどんぶりの中に、ダイブ。泳ぐというよりも、もがくに近い動きであたりを探す。ネギやミンチをかき分け、麺の間をくぐり抜け、辣油の赤をよけながら探す。しかし、一向に石らしきものは見つからない。やはり私の作ったモノではだめなのか。和尚に戻してくれと頼み、どんぶりから出る。マスクをはずしもう一度、担々麺を作る。何回か作る。また潜る。探す。ない。また作る。潜る。探す。ない。和尚も私もへとへとだった。王さん・・・・泣きそうになる。・・・どうしたらいいんだ・・・。和尚も手詰まり感が否めない。そこへ、麗華さんがやってきた。王さんの容体にあまり変化がないので、私の様子を見に来てくれたのだった。今までの経緯を説明して、これからまた潜ることを話す。そして、また王さんの担々麺を作ろうとした時、麗華さんが
「蓝生,那可不行。请做你的担担面。请制作你发自内心能笑出来的担担面。刚才哥哥说了。」(藍生、それではだめです。あなたの担々麺を作ってください。あなたが心から笑うことのできる担々麺を作ってください。そう、先ほど兄が言っていました。)
和尚がそれを聞き、今はそれしか方法がないかもしれないと麗華の言い分に賛成した。私にはまったく自信がなかったが、王さんがそう言うならと踏ん切りをつけた。早速、麗華さんに材料のニラともやし、それも太くて新しい、根や豆の臭みの少ないものを買ってくるよう頼んだ。俺は前の日に何回も試して行きついたものを早速作った。王さんのモノとは似ても似つかない担々麺を見て、和尚も麗華さんも呆気にとられている。白濁したとろみのあるスープからは甘いナッツの香りが、その色に生える様に白いもやしと緑のニラ。その上には、たっぷりうま味を浸み込ませたつやつやの豚ミンチ。そのホンワカした森と大地のようなどんぶりを引き締めるように真っ赤な辣油からは辛い雰囲気はもちろん、何とも甘いエキゾチックな香りが漂う。
「和小王的不一样,这是我的担担面。请尝尝。」(王さんのものとは違いますが、これが私の担々麺です。どうぞ食べてみてください。)
和尚と麗華さんは、恐る恐る顔を見合わせながらどんぶりを手に取る。麗華さんなんかこっちの様子を見ながら、レンゲでスープをすくっている。匂いを嗅ぎ大丈夫そうだという感じで一口。えっ!っていう感じで二口目。上にのっているシャキシャキのもやし、とニラを食べ、ようやく信用したのか麺に箸を伸ばす。
「丽华,请全部混在一起吃。和尚也。」(麗華さん、全部混ぜて食べてみてください。和尚も。)
二人が覚悟を決めた様子でどんぶりの中を混ぜる。うまみを吸ったミンチがスープの中に入り、先ほどまで別々に味わっていたスープと麺と野菜の間を取り持って、皆がまとまったハーモニーを奏で始める。お酢と辣油がいいアクセントになって。和尚よりも後から食べ始めたのに、スープを残しているとはいえ、先に食べ切ったのは麗華さんの方だった。
「蓝生!很好吃。这是未来日本的担担面吗?」(藍生!すごくおいしかったわ。これが未来の日本の担々麺なの?)
麗華さんが笑顔で聞いてきた。和尚も食べている箸を止め、こっちを見ている。
「不是。新过去的担担面。」(違うよ。新しい過去の担々麺さ。)
麗華さんは不思議そうにこっちを見ながら、それでも名残惜しそうに一口ずつ飲んでいる。そんなところも可愛い人だ。
「我想让哥哥吃这个。」(これを兄に食べさせたいです。)
石を探してからと思ったが、私も出来上がった私の担々麺を王さんにも食べてほしかったので賛成してすぐに作った。家まで運び、王さんを起こして食べてもらった。最初は私の顔とどんぶりを何回も見て「なんだこれ」と言う感じだったが、一口、二口と進むにつれ、「ふむふむ」から「ほーー」に変わり、終いには「うん」に変わった。そして笑った。呵呵と笑ってくれた。
「蓝生!太好了!这是你的担担面吗?太棒了。好吃。那时帮助你是件好事。」(藍生!やったな!これがお前の担々麺か。素晴らしい。うまい。やはり、あの時、お前を助けてよかったよ。)
うれしかった。本当にうれしかった。喜ばれるって、こんなにうれしいもんなんだと初めて知ったような気がする。おじさんはまた泣いてしまった。
「嗯。现在的你,一定能做我的担担面」(うん。今のお前なら私の担々麺を作ることができるだろう。)
「你在说什么呢,小王快点好起来再做担担面吧」(何を言ってるんですか。王さん早く良くなって担々麺を作ってください。)
「蓝生!最后能见到你真是太好了。这样就可以去妻子那里了。真的非常感谢。」(藍生!最後にお前に出会えて本当に良かった。これでようやく妻のところに行ける。本当にありがとう。)
「哥哥,别说傻话。不要把我丢下。」(兄さん、馬鹿なこと言わないで。私を置いていかないで。」
「藍生!请照顾丽华。她是个爱撒娇的人。请疼爱她。」(藍生!麗華のことをよろしくな。こいつは甘えん坊だから。可愛がってやってくれ。)
「王师傅,请多教我一些。请稍等一下。哥哥,我还有很多想问的事情。想再一起笑一笑。」(王師匠、もっといろいろ教えてほしいんだ。ちょっと待ってくれよ。兄貴、まだ聞きたいことがいっぱいあるんだよ。もっと一緒に笑いたいんだ。)
そういって王さんの肩を掴もうとする手を和尚が止めた。
「蓝生!小王已经去了。」(藍生!王さんはもう行ったよ。)
王さん、王さん・・・助けてあげられなかった。何もできずに、ただただ泣いた。
dive59に続く・・・・
dive57
「和尚,请先救一下王先生。来吧!必须做好潜入的准备!」(和尚、まず、王さんを助けなくちゃ。さあ!潜る準備をしないと!)
「是啊。蓝生,那么呵呵……」(そうだな。藍生、では呵呵に・・・)
そう言って歩き始めたが、すぐに立ち止まってしまった。どうしたのかと思い和尚を見る。和尚がこっちを見て
「喂,糟了!我忘记了重要的事情。」(おい、大変だ!大事なことを忘れているぞ。」
なんだよ、早くしろと袖を引っ張るも、振りほどかれる。
「到底谁来做担担面?是你吗?」(いったい誰が担々麺を作るんじゃ?お前か?)
なっ!なんだーーーー!そうだ。そうだよ。王さん倒れてるのに誰が作るの?私の作った担々麺に石なんかできるわけがないだろ。おい、術者もダイバーもいるのに作り手がいなけりゃ話にならないじゃないか。他に心当たりがないか和尚に聞くも考え込んだままだった。でもこのまま手をこまねいていても仕方がない。和尚に
「知道了!我来做。」(わかった!私が作る。)
と言い、和尚と急ぎ呵呵に向かう。どうしよう、王さんの命が懸かってる。責任重大だ。私に作れるだろうか。王さんの顔と一緒に麗華さんの顔が浮かぶ。麗華さんにも言わなくちゃ。でも心配するだろうな。術が失敗すれば王さんどころか私も・・・麗華さん一人残すことになる。千道め!こうなることがわかってやったのか?後ろで操っている行徳の狙いなのか。もし邪心の石を作ることに成功していたなら、気に入らないやつを片っ端から始末するだろう。この寺の人たちだって狙われる対象だろう。それを止めることができないように王さんを狙ったのか?何の恨みもないだろうに。しかし、狙うなら和尚でも、私でもよかっただろうに、なぜ王さんなんだ?
和尚はともかく、私のほうが始末しやすいだろうに。ん、私の存在、潜っているのが私だと気づいていないのではないか?和尚と王さんの二人で術を完成させているのだと思っているのでは。寺でもこの話はしていないので千道にも気づかれていないはずだ。和尚と王さんの違いとはなんだ。もしかして法力を持っているものには効かないのか?そう考えると、王さんだけが狙われたのに合点がいく。考えたくはないが、行徳たちが本当に狙っているのはこの先ドミノ倒しのように起きる連鎖反応ではないだろうか。王さんが担々麺を作れなくなる、すると善心の石が取れない。善心の石がないとなると病になったものが助からない。邪心の石を大量に作り町の人々の食べ物に入れてしまえば、もともと善心の者は次々と倒れ、もともと邪心の者はより悪くなり、町中で争いごとが増え、収拾がつかないなんてことに。ただでさえこのご時世、海外からアヘンを大量に売り込まれ国自体が立ち行かなくなってきているのに。石とアヘンでこの国はボロボロになってしまう。中間で自国の美術品、工芸品を売って、その払いをアヘンで貰い、自国民に売りまた商売にする奴らがいる、この者たちも、行徳もまさに獅子身中の虫ということである。長い目で見れば、こんなことをしても結局は、自滅していくだけだとわからないのだろうか。ここで一つ疑問が湧いた。もともと邪心の者は善心の石を食べたらどうなるのだろう。疑問だ。改心するのだろうか。仏はこれをすべて救えとおっしゃっているのだろうか。そのために私をここへ来させたのだろうか。この国を、いや、人類を一つの生き物に例えるならば、これは一つの病であり、私は免疫や治療薬のようなものなのか。私と和尚や王さんという物質が化学変化を起こし良薬になると。私は昭和という時代に生まれ、ある程度の教育と倫理を教えられてきた。朝起きると、おばあさんが仏壇に向かってお経を上げているのを見て、なんだかわからないが一緒になってお経を上げていた。仏様の像に頭を下げる。お寺にも幾度か行った。和尚様にも頭を下げ笑っていた。家では一番長老のおばあさんが何度も頭を下げ笑っていたのを見ているうちに、このやさしい世界が好きになった。それを作ったのが仏様なのかなぁ。私はそんな世界を守りたい。これは戦いなのだ。私たちの世界を脅かす者たちとの。これは私の欲かもしれない。欲に善悪とかあるのかどうかはよくわからない。守りたいという欲は、無い者たちが欲しがる欲と変わりはないのかもしれない。それならそれで話し合って両方が笑える世界にしたい。何か道がないのか話し合うほうが争うよりも、もっとこう、呵呵と笑えるじゃないか。王さんと、また一緒に笑いたい。私に石を作れるだろうか。いや、作らなきゃ。作らなきゃ笑えないなら、作るんだ。待ってろ王さん。食べて笑える一杯を。
dive58に続く・・・・
dive56
急ぎ山道を登る。いったい何の目的で王さんを狙った。お菓子に細工をしたのか。何を入れた。頭の中で同じような問いがぐるぐる回る。千道一人でできるわけがない。あの術を使える・・・和尚が・・・いや和尚は術は使えても潜れない。じゃあ、だれが・・・あいつかあの眼帯の男か?千道を捕まえて全部白状させよう。しかし、みんなにこの話をするわけにもいかない。まずは和尚に話してそれからだ。山門をくぐり、汗だくで駆け上る。境内に入るが誰もいない。そうだ蓼藍の2番刈りに出ているのだ。しかし、これなら千道に気づかれて逃げられる心配はない。私があいつのしたことを知っているとはまだ気づいていないだろう。早く和尚に話そう、そう思い和尚の部屋に行き、大きな声で呼ぶ。
「怎么了,这么着急。」(どうした、そんなにあわてて。)
のんきな声がする。和尚に分かるようにすべて話す。和尚の顔色がみるみる変わっていく。血の気が引いて、青ざめていく。
「你知道脸颊上有烫伤痕迹的男人吗?戴着眼罩。千道说是师傅」(頬に火傷の跡がある男を知っていますか?眼帯をしている。千道は『師匠』と言っていた。)
その男の話になったとたん、さっきまで青かった顔が烈火のごとく赤くなる。
「你见到那个人了吗?」(お前そいつに遇ったのか?)
私の肩を掴み鬼の形相だ。しかし、私に当たってもしようがないことがわかるとするすると手を放し、へたり込んでしまった。そして少しずつ話し始めた。
「我必须告诉你。」(お前には話さなければなるまい。)
あきらめ顔で思い出しながら話す顔には涙すら浮かんでいる。話を聞くとどうもそいつは和尚の兄弟子で名を行徳と言う法力に長けた僧侶だったそうだ。二人がいたこの寺の先代の和尚龍徳は次の和尚をだれにするか悩んでいた。法力に関していえば兄弟子である行徳のほうが勝っていたが欲深く争いばかりで本来の仏教の教えにそぐわない。一方龍仁は仏道を極め、下の者の面倒見もよく、村の者とも仲が良かった。大きなこの寺のために龍仁を選び、行徳を田舎の小さな寺の住職にした。もちろん最初は納得はしなかったが、破門にされるのを恐れ、いやいや田舎の寺に行った。何とかそちらでも弟子ができ、やっていけるようになってきた。しかし龍仁だけが秘伝の術の教えを受けられることに腹を立て、龍徳に教えを願い出た。しかし受け入れられることはあるはずもなく、またも破門されそうになる。行徳は考えた。どうせ教えてもらえないのならば破門など怖くない。そして龍徳を恨み魔道に落ちた。術を使おうとしても仏は力を貸さず、怪しげな魔物たちが力を貸す代わりに見返りを要求してくる。そしてある晩、大きな力を持つ魔物と契約を交わすときに右目を要求された。それなら仏にも負けぬ力をよこせと願い右目と交換で契約を交わした。それをのぞき見ていた弟子の良徳が恐ろしくなり、龍徳のところへ相談に来た。
「我造了魔王。」(魔王をつくってしまった。)
龍徳はもはや手が付けられないと判断し、いっそ寺ごと燃やしてしまおうと、行徳が寝ている間に火をつけた。しかし、行徳は何とか生き残った。その時の跡があの頬のやけどだ。そしてその寺を廃寺にし残った良徳と千道を引き取った。その後、行徳は一時廃人のように呆けていたが、ある夜、龍徳と良徳を殺してどこかに消えた。龍徳はこうなることを予期していたのか早々に隠居し龍仁に代を譲っておいた。秘伝の経典、術や歴史の書いた書を龍仁に託して。龍仁は部屋でその一部古くなったものを新たに書き写す作業をしていた。その中に今回の石に関するものと、私が教えてもらっている時渡りの術の書があったそうだ。千道は洗脳されているのか、それとも・・・
dive57に続く・・・
dive55
月夜が明け、はっとして起きる。どうやら一晩中作っていた私は、テーブルに突っ伏して寝落ちしてしまっていたようだ。昨日は結局、完成しなかったがイメージは固まってきた。すべての食材が喧嘩せず、うまく調和する一杯。主旋律を目立たせるための副旋律をしっかりさせないと全体のバランスが崩れてしまうハーモニーのように。そう調理とはオーケストラの指揮をするようなものだ。この料理はどこを強調し、何をベースにして、アクセントには何を入れるか、そしてどうバランスをとるか。このバランスが難しいからうまいまずいが出てくる。楽譜のように、レシピは同じでも出来上がるものは調理する人によって変わってくる。それが調理師としての技術。技術だけなら習えばできる、しかし、そこから新たなものを生み出すのは経験と特殊な感性。こればかりは天が与える才能だろう。雪山の登山の様に半歩ずれたら滑落してしまうようにちょっとの塩加減、甘味などを間違えれば途端に『うまい』から『まずい』に転落してしまう。どこが正解なのか、自分の考える鍵穴にぴったりとはまるようなものを作るためには、どういう凹凸なのかという設計図である自分のイメージをはっきりさせることが重要である。何度も作っては食べ、いらないところを削り、足りないものを足しという作業を繰り返しているとだんだん正解がどこなのかわからなくなってくる。そんな無限ループのような地獄を抜ける一手は意外なところにあり、見つけるとなんだこんなことかと思えるようなものだったりするものだ。そこに近づくにはいろんな問題を解いてきた経験が必要なのです。そう数学の証明問題のように何度も経験して正解への扉をこじ開ける方法を身に着けることが大事なのです。芸術的なものも理屈だったりするんです。まるで黄金比のように。だから調理師には芸術的な脳と理系的な脳が両方なくてはならないのです。
だいぶイメージができてきたので食材を探しに市場へ向かう。その途中、王さんの症状がこの間の事件の奥さんの症状に似ていたのでちょっと聞いてみようと思いお見舞いがてら立ち寄った。ちょうど夫婦そろっていたのでどんな具合だったか聞いてみた。奥さんが言うには、特に何をきっかけにというわけではないのだけれども、急に目眩がして意識が遠くなり倒れたそうだ。最初は疲れかと思って横になっていたけどすぐに戻り、普通に生活していたらまた倒れた。2回目になってから頻度が増して寝込むまで5日とかからなかった。意識がなくなるときに何か暗い渦に吸い込まれるような感覚があったそうだ。横になっているときも意識はあって、目を開けようとするのだけどぼんやりして動けないそうだ。旦那さんに聞くと特に熱もなく、寝ているだけのようだったと。それで何かにとりつかれたのかもと思い和尚様に相談したのだそうだ。あれ以来もう何ともないと言う。ちょっと気になったのでその前に何かいつもと違うものを食べてないか聞いてみた。すると、いつも大体なじみの店にしか行かないのだけれど、倒れる二日くらい前に新しく出来た麺料理やにいったぐらいだと。後は友人のお土産で焼き菓子と饅頭を食べたぐらいだという。やっぱりあの店が・・・でも王さんが食べるとは思えないしな・・・色々聞かせてもらってありがとうとお礼を言って王さんのところに急いだ。一度和尚に相談したほうがいいな。でも、もしもあの石に関係する病だとしたら、王さんはいったい何を食べたんだろう。例の店にはいかないだろうし。そんなことを考えているうちに王さんの家に着いた。相変わらず寝ているようだ。麗華さんに聞くと起きたり寝たりの繰り返しだという。そこで最近王さんがいつもと違うものを食べたことはないか尋ねた。すると特にないという。思い当たる節がないなら、と思い市場へ向かおうとすると麗華さんが
「等一下!我想应该没关系,但是我从寺庙那里得到了之前的回礼点心。」(ちょっと待って!関係ないと思うけど、この前のお礼だってお寺の方がお菓子を持ってきました。)
和尚にそんな話は聞いたことないけど、
「诶!谁拿来的?」(え!だれが持ってきたのですか?)
「看,那个,总是粘着和尚大人。千道先生。」(ほら、あの、和尚様にいつもくっついてくる。千道さん)
なにーーーーーー!千道ーーーーー!市場へ行くのはやめだ。和尚に聞きにいかないと。このとき私はまだ重大なことに気づいていなかった。ダイブするのに最も重要なことに。
dive56に続く・・・

