大将のブログ 冒険小説「らーめんダイバー」
dive69
お店を開けて一か月が経った。街道を往く人たちの中で立ち寄ってくれる人も、今まで食べたことのない担々麺にとっつきにくそうだが、食べてみるとおいしいことがわかって完食してくれる。中にはこんなの担々麺じゃないという人もいるがそれはそれ。新しいモノとは、いつもそういう人との戦いを余儀なくされる。しかしそこを通り過ぎるまで我慢していかなければ浸透しない。いつだって新参者はたたかれるものだ。自分が今まで正しいと思ってきたモノを否定されているようで、自分が間違っていると言われているようで腹が立つのだろう。何でも一番と決めたがる人が陥りやすい、エゴと呼ぶに値する話だ。なぜ、あれもいいけど、これもいいねにならないのか。結局はそれが争いの始まりになっていることが多いのは、歴史が証明している。その人が気に入ってる人がおすすめするモノを自分もこれが最高だと信じ込み、他のモノは否定する。自分で判断しない、考えない人に多い話だ。宗教、政治みたいに難しい話ではない。自分がおいしいと思うかどうかだけなのに、皆の判断が気になるのは日本人特有の感情だと思っていたがそうでもないのかな。そんな感情がなければもっと笑えるのに、食べるときに難しい顔して食べてる人を見るとちょっと悲しくなる。食べるってもっと楽しいことだと思う。私が吟味してやる的な人たちを見ると誰のために?と思う。誰もそんなこと望んでないのに。みんな、違うところで生まれ違うところで育ってきた。家の味があり、それぞれに伝統がある。私の家の味があなたの家の味と違ったらどうだというのだろう。それでもいいじゃない。それはそれで美味しいじゃない。美味しいは調和である。好き嫌いではない。味のバランス、材料のバランスをどうやってとるかが調理師の腕の見せ所。昨今、全国展開されるファミリーレストラン、スーパーマーケットに並ぶ食品メーカーのたれやソースなどの普及により日本の味の画一化が進み、あろうことか料理屋を名乗るところでも冷凍食品やたれ、ソースをそのまま使っているところも増えている。知り合いの結婚式などでは初めから最後のデザートまでほぼ冷凍食品だったことを見るに、もはや何が正解なのかわからなくなってきている。調理場で作業している姿が目に浮かぶ。果たしてこの冷凍食品を切って器に盛っている調理師は笑えるのだろうか。晴れの舞台に呼ばれたお客さんに胸を張って今日はおめでとうございます、と言えるのだろうか。こんなことをするために調理師学校へ行ったのだろうか。調理師にもいろんな悩みがある。自分が最終的にどういう調理師になりたいかによって吸収すべきものも変わってくる。どんな道を歩み、何を思いどうするか。何かに流されれば、気づいた時にはこんなはずじゃなかったと自分の人生に後悔ばかりすることになる。おっと、調理師の愚痴が出てしまった。毎日作る自分の担々麺にこんな思いを乗せてはいかん。美味しくなるよう、みんなが喜んでくれるような一杯を明日も作ろう。
麗華も慣れてきて元気な笑顔を取り戻してきている。私の体もこの調理場に慣れてきてお客さん、一人一人の顔も見えてきた。日本にいた時のことを思い出すと、もっと早く自分でやればよかったなんて思うようになってきた。今日も一日、精一杯やって日が暮れていくのを見ると、日本で働いていた時よりも充実感がある。今日も頑張ったので片付けて帰ろうとした時、
「欢迎光临!」(いらっしゃいませ!)
麗華の声がする。見ると元はいい服なのだろうが、着倒したというか暴れまわったというか、あちこち擦れて敗れかかった服を着た汗と土埃にまみれた男が入ってきた。歳は私より少し下ぐらいだろうが、疲れ切った顔はまるで老人のようだ。この時代に来た時の私のようにふらふらと入ってきた男は腹が減っているようで何か食べさせてくれと言う。うちにはこれしかないので担々麺を進めると残る力でゆっくりとうなずく。麗華の注文の声で私は湯を沸かす。準備を始めていると、麗華が心配そうな顔で大丈夫かと尋ねた。すると男が最後の力でぼそぼそと話し始めた。実は男はこの街道を抜け、二山向こうの村の村長だという。娘が病にかかり医者という医者に診てもらったが一向に良くならない。それでこの先の川を渡った大きな町の有名な医者に相談に行ったのだそうだが、駄目だったそうだ。もう祈祷師などにも何度も祈ってもらったが効果がないのでどうしようかと、とぼとぼ歩きながら考えていたのだが、ここ2日ろくに食べてなかったもので力尽きるところにいい匂いがして飛び込んだそうだ。麗華が娘の症状を聞くと、王さんたちと同じ症状だった。ちょっと待っていてくださいと言い、麗華があわてて厨房に飛び込んでくる。
「怎么了?」(どうしたの?)
「蓝生!来了!终于来了!」(藍生!来た!とうとう来たわ!)
ちょうど担々麺ができたところで麗華に渡し男に出した。そして、すぐに客席の男のところに。出された担々麺をがっついて食べている男に
「这话是真的吗?」(その話は本当か?)
男は泣きながらうなずく。とても作り話とは思えない。来るとわかっていたものの、あの時見た男の顔、こんな顔だったかな?おっさんの顔って見分けつかないんだよねぇ。食べている男の顔を覗き込む。泣きながらのくせにもう食べ終わりそうだ。まあ、でも嘘ついても何の得もないし。麗華を見てうなずくとすぐに藍染めの衣を用意し、外の通りに誰もいないことを確かめ店の扉を閉めた。閉じ込められて、たじろいでいる男に
「你能保守秘密吗?」(お前、秘密を守れるか?)
確か、あの時こう言っていたよな、歴史を変えるわけにいかないしな。
男は、今度 ばかりは力強く大きくうなずく。男を待たせ、麗華に藍染めの衣を着させてもらい、担々麺を作る。病よされ、体調がよくなるようにと願いを込めて。そして、できたての一杯を男の前に差し出す。男は何が始まるのか、どんぶりと私を何度も交互に見ている。いよいよだ、和尚、王さん力を貸してくれ、と頼み、術を発動する。麗華はもう何度か見ているので驚きはしないが、男は椅子から転げ落ちてびっくりしていた。慣れたもので麗華が桶に水を用意して出てきた私の手を冷やしてくれる。
「緑碧目石!」(ブルーアイズストーン)
男に石を渡し、砕いて娘に飲ませろと言った。そして私たちのことは誰にも言うなと、わからないことや何かあったら『青龍寺』の龍恵和尚を訪ねろと。男は紙に『青龍寺 龍恵』と走り書き、何度も頭を下げると薄暗くなった山道をかけて行った。よし、これでこの時代でやることは済んだ。次に行くのは2018年の日本。気合いを入れようと思ったら、麗華が悔しそうに地団太を踏んでいた。どうしたのか尋ねると
「忘记收货款了!」(お代をもらうの忘れちゃった!)
さすが、わが嫁、頼もしい限りである。
dive70に続く・・・

