大将のブログ 冒険小説「らーめんダイバー」
dive34
毎日、朝から晩まで担々麺を作った。麺を打ち、たれを作り、野菜を切り。今まで毎日いろんな中華料理を作ってきたけれど、一つの物を一日中作り続けるのは、初めてだった。同じものを作っているつもりだけど、一つとして同じものができない。いくつかこれならと思うものはできるが、なかなか。王さんの作ったものは、みなあるレベルをクリアーしているようだ。難しいものだ、全部を同じレベルに作るというのは。しかし、こうやって同じものを、毎日作っていくには、体力うんぬんよりも精神というか、気持ちというか思いが重要な気がする。そりゃあ技術も必要なのは当然だけど、貫く思いこそがこれを成し遂げる。すごいことだなぁとつくづく感心する。それは『祈り』にも近いもののような気がして、王さんのことがより偉大に見える。私もがんばらねば。
そんなある日、王さんが明日は店を休みにすると言ってきた。何かあるのか尋ねると青龍寺に行くと教えてくれた。私は特に用事もないし、青龍寺には一度行ってみたかったので、一緒に行ってもいいか聞いてみた。すると、来てもいいけど面白いものは何もないよ、と言い、それでもと言うと、笑っていいよと言ってくれた。翌日、王さんとお店で接客をしている妹の麗華さんと私の3人でお寺に行った。いつも通る街道のあの曲がり角を初めて曲がることにワクワクしていた。目印の石柱を曲がり参道に入るとにぎやかな売り子たちが声をかけてくる。縁日のようで、いい大人でも楽しいものだ。いろいろ目移りしている私をよそに王さんが一軒のお供え物屋の前で立ち止まって話し出した。
「已经过了六年了呢、王先生」(もう6年たちましたね。王さん)
「一转眼就过去了。」(あっという間でした。
「很努力呢」(がんばってるね)
「正如僧侣所说的那样」(和尚に言われたとおりに)
そう言うと花とお供えを買って寺へ向かった。なんだかよくわからないが、二人について石段をのぼった。両側に藍染めの原料である蓼藍が群生しており、下の店の藍染めは、これのおかげなのだと理解した。寺の収入源にもなっているのであろう。しばらくのぼると山門が見えた。門は開いており、その向こうに屈強な羅漢像が立ち居並ぶ。寺を守るこの羅漢の顔に、邪なものは恐れをなすことだろう。羅漢たちの審査を受け、ようやくたどり着いた先の大門には大きな仁王像が待っていた。その赤い柱の傍らに藍染めを着た僧侶がこちらをうかがっていた。
「早上好,王先生。」(おはようございます、王さん)
「好久不见。龙仁和尚」(お久しぶりです、龍仁和尚)
挨拶を終えると奥へ案内してくれた。奥へ行くとたくさんのお墓があった。王さんは、その中の一つの前で立ち止まった。花を飾っている王さんを見ながら立っていると、麗華さんが話してくれた。どうも、このお墓は王さんの奥さんのお墓らしい。一緒にお店で働いていたのだけれど、6年前に突然倒れ、治療のしようもなくなくなったそうだ。王さんはお墓に埋葬し、もはやお店を続ける気力もなく、和尚に出家して仏門に入りたいと願い出たそうだ。しかし和尚は断り、王さんにこう言った。
「彼女も町のみんなも、そなたの作る担々麺が大好きだ。それをやめることが何の供養になろうか。彼女を思うのなら、その身に彼女の思いも背負い、二人の思いを料理に込めて皆を喜ばせてやればいい。店をやめてしまうことは、きっと彼女も望んではおるまい。自分が病に倒れてしまったせいで、そなたの料理を作る思いの邪魔をしたとなれば、この世に未練も残ろう。あの世の彼女を安心させてやりなさい。そなたのがんばっている姿に恋した彼女に、いいところを見せてあげなさい。それがそなたのできる最高の供養になる。」
それから、またお店を開き、麗華さんが手伝うようになり、毎年命日になるとこうしてお墓参りに来るようになった。この話を聞いて私は、理解した。彼の作る担々麺への思いは亡き妻への供養だったのだと、だから祈りのようだったのだと。すべての者に対する慈愛なのだ。そして私も残してきた家族のことを思い出していた。
dive35に続く・・・・
dive33
「啊,吃吧。」(まあ、食べなさい)
そう言われ座ってまた食べる。腹が減っているせいもあるだろうが、本当においしい。辛いけど酸味もあって何とも言えないうまさだ。あっという間に完食してしまった。満腹で至福のこんな時はやっぱりにこにこしてしまう。店主も食べ終わったようでこっちを見てにこにこしている。そして私は思わず言ってしまった。
「啊,幸福」(あー、幸せ)
すると店主も
「是啊,真幸福」(そうだね、本当に幸せだ)
と言い、二人で笑った。なんだか今がいつだとか、ここがどこかだとかなんてどうでもよく、料理人同士の楽しい時間だった。いや、それも関係ないか。人を元気づけようという思いを込めて作ってくれたものは、本当に人を幸せにしてくれると思う。緊張の糸が解け、顔の筋肉もほぐれ楽しくなってくる。
はははははは、ははははーーーは
「呵呵呵呵呵・・-这是商店的名字!」(はははは‥これが店の名前だよ)
そうか、こういうことか。「呵呵」(アハハ!)ということか。なんていい名前だろう。きっと食べて幸せになって笑ってほしいんだ。うれしいな、こういう人の作ったものを食べられるということは。本当に幸せだ。
「好名字啊!」(いい名前だね!)
「是吧。我也这么认为)(そうだろ。俺もそう思うよ)
「我的名字是守山蓝生。请多关照」(私の名前は守山藍生です。よろしくお願いします)
「彼此彼此,也请多关照。我是王 芳。真的帮了我吗?」(こちらこそよろしく。私は王 芳(ワンファン)。本当に手伝ってくれるの?)
「救了我,我想报恩」(助けてくれた恩返しがしたい。)
「不用在意、那么可以帮我切蔬菜吗?」(気にしなくていいよ、じゃあ、野菜を切ってくれるかい?)
「好的,知道了。」(はい、わかりました。」
dive34に続く・・・
dive32
ぽつぽつと平屋の民家が続いていたが、歩いてついていく間に、町の中心部に入っていき2,3階建てぐらいの建物が増えてきた。昨日はまったくわからなかったが結構大きな町だったんだ。その中にひときわ目立つ通りがあった。山から下りてくる道で、そのまま街道に突き当たる細めの道なのだが両脇にびっしりと小さなお店が続いている。そう、いわゆる表参道である。そこを登っていくと寺があるようだ。奥に立派な山門が見える。角の石柱には青龍寺参道と彫ってある。少し立ち止まって見てみると、土産物、団子屋、そば屋、お供え物屋、などが所狭しと立ち並び、参拝客でにぎわっている。その中でも目立つのが藍染め物を売るお店だ。点々とあるその染物屋が参道に藍色のアクセントになっていて、何とも美しく見える。そしてここの名産が藍染めであることを容易に悟らせる。ほぉーーと感心していると、男が早く来いと腕を引っ張て行く。先ほどから気になっていたが、すれ違う者が皆じろじろとこちらを見てくる。そりゃあそうだ、こんな格好してるやついないもんな。150年後の未来人だもんな。街道を進み建物を5,6軒過ぎたところに平屋のそば屋があった。その扉を開け男が入っていく。なんとなくしか覚えていないが、確かに昨日この店を見たところで水をもらった。ここで倒れてあの人に助けてもらったのかと、ようやく記憶がつながった。しかしよくこんな得体のしれないやつたすけてくれたなぁ。看板を見てみるとみかん色の下地に「担々麺、呵呵」と書いてあった。中に入ってみるとテーブルが4つのこじんまりとしたお店だった。担々麺とは「担いで運んでくる出前のそば」のことで、私の居た時代、平成になったばかりの日本で見るものとはだいぶ違う。茹でた麺の上にゴマやナッツなどと炒めた肉そぼろ、ネギ、辛いたれがかけてあるだけの物で本当にシンプルなものだ。
男は厨房に入り湯を沸かしていた。いつも見ていることなのに何か新鮮に映る。私たちの大先輩にあたる人たちがこの時代に作ったものが、私の時代につながっているんだ。食文化の歴史をこの目で見れるなんて、なんてことだ、こんなにうれしいことはない。昨日から今までタイムスリップしたことにどう対処したらいいかとか、嫁さん心配してるだろうなぁとか、など悲観的なことばかり考えていたが、今の俺は、調理師学校に入学し、調理の世界に初めて入った時のようにわくわくしている。私は、大きく言えば作ることが好き。食べることも好き。だから調理が好き。なんとも単純だが、毎日調理をしていても、その楽しさが尽きないからこの仕事を選んだ。他の調理師たちがみなこうなのかは知らないが、たまに同じような人と一緒に一つの料理をアイデアを出し合いながら作っているとこの上なく楽しい。今まであちこちの店で働いて何回かそういうことがあったが、ジャズのセッションのようなものだと言えばわかってくれるだろうか。相手の提案に、そう来たかと、そしてこれならどうよと返し、最後は一緒に『それ、いいねーーー』ってな感じで終わる。わかってもらえるだろうか。そして先輩たちから教わったものをかみ砕き、吸収し、自分たちなりに再構築していく。食材、調味料、調理法を無限に組み合わせ、科学の実験のように新しいものを作り出していく。そう、料理とは、調理とは錬金術である。150年も離れた文化を、料理の元始見ていると思うと震えてしまう。男が、麺をゆで始めた。日本のよくあるラーメンの麺で言えば平打ち縮れ麺であろうか。結構長めにゆでている。 網であげると椀に入れたれをかけ肉そぼろと胡麻やナッツ薬味をかける。そうだ、これが担々麺だ。器を2つ持ってこちらのテーブルに置く。箸をわたされ
「请吃」(食べなさい)
「謝謝」(ありがとうございます)
私の信条、その人、その土地の人を知りたいなら、その土地の物を食べろ。早速食べてみる。うまい。なんだろう。香辛料の匂いに濃厚なたれの味、胡麻やナッツがアクセントになってもちもちの麺に絡む。これが担々麺かぁ。いやーこれ、完成されてるなー。
そう思いながら食べていると、美味しくて、楽しくてにやにやしていた。
「这个好吃吗」(おいしいですか)
「非常美味 很开心」(すごくおいしいです 幸せです)
「哈哈哈哈、謝謝」(はははは、ありがとう)
なんかうれしくてつい言ってしまった。
「我想帮你的商店」(私はあなたのお店を手伝いたいです)
dive33に続く・・・
dive31
1840年って、なんだっけ世界史でなんかやったよな。中国史で・・・そうだアヘン戦争だ。アヘン戦争ってあれだ、イギリスがヤクの売人で、売られた国中のヤクを焼却した中国に逆切れして侵略してきた、国策ヤクザな話だったよな。でもって香港よこせとか、おそろしいアジア侵略の時代の始まりじゃないか。さっきまでいた私の勤め先、まさにアジアそのものが襲われる感じだ。その真っただ中に来ちゃったのか。このころはまだ清国だったよな。このころの中国はヨーロッパに食い物にされまくった。最終的に日本も加わったが。因縁吹っ掛けられて攻め込まれるのくりかえしで内部崩壊していく。その清国の最後の王がラストエンペラー、愛新覚羅溥儀(あいしんかぐらふぎ)である。人口爆発が始まるもアヘンでボロボロ、教育が行き届かなく、侵略国に対抗できるすべもなく、茶葉、陶磁器、絹織物、美術品、スパイスなど、この国から欲しいものはいっぱいあるが、払う金がないから戦争だという禍々しい国々に対し矛先となる王、それが溥儀である。
今がそういう時代だということを踏まえて行動しないと、どうなってしまうか。まず、言葉がわからん。私の知ってる中国語なんてほんのちょっとだぞ!こういう時は寺だ!迷えるものはまず神仏に頼ろう。ジャンバルジャンだってそうしていたじゃないか。よし、さっきのあの人たちに聞いてみよう。
「庙在哪里?」(お寺はどこですか?)
「这是不是说青龙寺?」(青龍寺のことですか)
「是的」(そうです)
「在那个城镇之上」(あの町の上です)
そういって指をさした方向には街道沿いに何軒もの建物が続いていた。その街道の向こうに山が見える。そこに寺があるらしい。
「謝々!」(ありがとう)
早速、寺にいってみよう。街道を歩いて数分で気づいた。腹が減った。そういえば仕事を終えて何も食べてなかった。腹が減って寺場でたどり着けそうもない。何か食べるもの、あーなんだろうこの匂いは?香ばしい、スパイシーで・・・・なんだろう?なんでもいい何か食べたい。のども乾いた。何か・・・何か・・
「・・・・・嘿,你!嘿,你!嘿」(おい、あんた、おい、あんた、おい)
なんだ、誰かが何か言っている。体をゆすられる感覚で気が付く。あれ、目をつむっていたんだ。目を開けると男の人が私に話しかけている。何言ってんだ?それより私は、なんで地面に横たわっているのか?のどがカラカラだ・・・
「你的身体还好?」(あんた大丈夫か?)
「水、水・・・」
男が急いで何かを言い、女の人がどんぶりに水を持ってきた。どんぶりにむしゃぶりついて飲もうとするが力が入らず口元からだらだらこぼれていく。それでも少しづつのどを通っていく。まるで人の体を操っているようで、うまく体が動かない。なんだ、脱水症状か、もう一杯もらって飲んだが、その後の記憶がない。
起きるとどこかの家の中だった。固い土のベッドの上に麻の布が引いてある寝床の上に寝ているようだ。うすぼんやりした行燈の光でかろうじて見える感じだった。ソーラーバッテリーの腕時計を見ると夜中の3時、時計のライトであたりを照らすと本当にジャッキーチェンの映画で見たことあるような作りの部屋で、時代を感じさせる工芸品が飾ってある。はっと思い自分の荷物を確認する。取られたものは特になさそうだ。カバンの中にはいつも外国人と話すときに使う、筆談用の手帳とボールペン。財布にはクレジットカードと免許証と現金3万2520円。こんなものここでは役に立つまい。しかし中には息子たちとの写真もある。あと折り畳み傘にタオルなど。役に立ちそうなものはないし、金目のものもない。考えているとまた眠ってしまった。
ガタガタという音にびっくりして起きると朝のようだった。起き上がり部屋の外に出ると昨日の男がいた。
「謝謝你!謝謝你!」(ありがとう、ありがとう)
「你的身体还好?你饿了吗」(体は大丈夫か?腹減ったか?)
「是!我饿了!」(はい、腹ペコです)
「好吧!一起吃早餐吧」(そうか!朝飯を食べよう)
そういうとついて来いと言って家をすたすた出て行ってしまった。何か食べたい一心で縋り付くようについていく。まるで新しい店に働きに行って先輩に案内されるようだ、と思いちょっと笑ってしまった。
dive32に続く・・・
dive 30 シーズン2 ダイバーの血統
平成5年4月1日、この日は今も忘れることができない。私の名前は守山藍生(あおい)。私が働いていたのは、横浜中華街、善隣門を過ぎて通りの中ほど「桃園酒楼」という6階建て中華料理店の厨房。毎日のように観光バスで団体客が押し寄せる繁盛店だった。厨房で働くのは私のような日本人よりも招聘された香港人など中華系の人たちや、タイ、マレーシア、韓国からきている出稼ぎの人たちのほうが多く、普通に日本にいては感じない、アジアの一員という思いに浸っていた。普通にというのは、もはやこの街自体が異質な空間であるからこそなのだ。日本の警察署は目の前にある。なのにうじゃうじゃ違法滞在者がいる。一緒に働いているものには13歳の男の子もいる。こっそりとかひっそりとかいうレベルではない。皆知っているのだ。知っていても「うまくやっている」この一言ですべて解決。JR東西線の石川町の駅を降りるともうそこは日本ではないのだ。一般の人たちは遊びに来るだけでこの街の表の顔しか見ないから何も知らないのだろうか。きっと落花生県にあるネズミの国にも裏の顔があるのだろうが、こちらは「混沌」とよぶにふさわしい。まさにアジアのごった煮状態だ。違法といえどこういうところならではの法は存在する。しかしその法をつかさどるのは日本の司法ではない。まさにこの地域の支配者たち、そうこの街で金を稼ぐということは力を持つこと。力を持つということは・・・入ってくるものも闇ならば出ていく者たちも闇。一緒に働く者も世間話程度に素性などは言うが本当はどうだかわからない。かの国からやってきた特級厨師なるものは全く仕事もできない一般人だったり。そうかと思えば、仕事はバリバリするが町にある日本系ではないその筋の事務所に入り浸っては、賭けマージャンで莫大な借金をしている者もいる。大陸から逃げるときにサメに腹をかまれたと傷跡を見せる者もいれば、集団で出稼ぎに来ていた朝鮮系のおばちゃんたちは、私が管理している前菜の材料であるキュウリを盗んでいっては、豆板醤のツボにどっぷりつけてバリバリ食べている。まったく、たくましいったらない。日本人に足りないのはこういうことなのかもしれない、と時折思う。これぞ『アジア』だと。
そんな店で毎日のように楽しい?仕事を済ませうちに早く帰ろうと、石川町の駅へ。
「守山さん、そんなに急いで、どこか行くんですか?」一緒に働いている陳さんだった。
「いやー、もうすぐね、孫ができるんだよ。それでね、孫に何か買ってやろうかと思って横浜駅のデパートに寄ってみようかと思ってね。」
「ええっ!孫だって!だって、守山さんまだ40代ですよね。早いですね。」
「うん、そうなんだよね。46でもうお爺ちゃんなんだよ。なんかちょっとね・・・」
「まあ、でもおめでとうございます。どっちなんですか。」
「男の子らしいんだよ。それで息子が私の名前をもらいたいっていうんだ。「藍」の一文字で「あおい」ってね。なんか照れ臭いんだよね。でもうれしくてね。自分の分身が生まれてくるみたいで。なにかしてあげたくてしょうがないんだよ。」
「それは、よかったですね。息子さんがお父さんを尊敬しているからですよ。何をあげるんですか?」
「うん、石をね。ちょっと気に入ったものがあって。」
そういいながら改札を通り、家のある根岸とは反対方向の横浜駅方面のホームへ向かう。
「それじゃあまた明日。」陳さんに挨拶をし電車に乗り込む。横浜駅に着くまで数分の間、電車の中で一人、孫のことを考えにやにやしている。ふと目の前のガラスを見て、映る自分の姿に笑ってしまった。こんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。私が彼にあげられるものは、君が生まれてきてくれてとてもうれしいという思いと、いつか君が何かに迷ったときに羅針盤になるようなもの。そんなことを考え、守り石のようなパワーストーンをプレゼントしようと決めていた。
店に着くと店員が私を見つけて飛んできた。
「いらっしゃいませ。守山様、やはり決められたのですか?」
「ああ、やっぱり、これだと思うものは、このブルートパーズだけだよ。なんていうか清々しく誠実な感じがして、私が孫にこうなってほしいと思う気持ちにぴったりのような気がして。惹かれてしまったんだ。」
「石には相性というのもありますから、守山様の思いとひかれあったのでしょう。気が合うということだと存じます。トパーズの石言葉も「誠実」。守山様のイメージ道理です。古来、魔よけの石としてつたわっております。お孫様にもきっと伝わると思います。」
「うん、やっぱりこれにするよ。ペンダントトップに加工してくれないか。プラチナのチェーンで。」
「かしこまりました。ではできましたらご連絡させていただきます。」会計を済ませ、楽しみでウキウキしながら店を出た。
駅に戻り今度は根岸方面行のホームに。電車を待っているとなんだかクラっとしてよろめいた。興奮しすぎて疲れたのかと思い目頭を押さえる。電車が入ってくる。ヘッドライトがまぶしく一瞬フラッシュのように、ばっと光った。まぶしさと同時にゴーーと大きな音がした。何事かと思い、目をつむり身構える。音が止み、光も消えた。しかし、目の前に電車の姿がない。どういうわけだか草原に立っている。おかしい、今さっきまでホームで電車を待っていたのに。なんだ、どうなっている。俺は夢でも見ているのか。
そんなわけない。恰好はさっきまでと同じじゃないか。えっ!あれ、なに、ちょっと、ちょっと、なにこれ。戦国自衛隊?フィラデルフィアエクスペリメント?あれ!あそこにいる人たちジャッキーの映画に出てくるような服着てる。中華街にあんなの売っていたなぁ。映画の撮影かなんかか?
すぐさまその人たちに尋ねに行った。私の格好に変なものを見るようなで寄り付かない。どうも話しているのは中国語のようだ。
「対不起、这里是什么地方?」(すみません、ここはどこですか)
「你在说什么?这是成都」(あんた、何言ってんの、ここは成都よ)
「今天星期几?」(今日は何日)
「4月1日」
あー場所が移動しただけでよかった。日本大使館に行けば・・・
「1840年的」(1840年の)
なにーーーーーーーーーーーー!
dive31に続く・・・

