よりみち日記&身近な法律
例年、涼しくなる9月末頃に熟する庭の柿が今年はもう熟し始めた。まだまだ暑さの残る頃なのに、温暖化、いや沸騰化のせいかなぁ。暑すぎて柿にまだ手が出ない。我が家の柿は、渋柿なので、そのままでは渋くて食べられません。十数年は落ちるに任せていましたが、東京の姉が、カラスやメジロが食べに来るのだったら!甘くて美味しいんじゃないの?という。確かにカラスやメジロが毎年来て柿を食べてました。そこで、赤く成り立ての柿をもいで、ベランダに並べて、赤くなったのを食べてみたら、渋みが9割抜けている感じ。それ以降、ここ3年くらいは、赤くなった順に食べてます。ちなみに家族は誰も食べません。
本日は、亀津の「JA年金友の会」にて、ギターの弾き語りを行いました。きっかけは、先月、JA目手久支所前広場で行われていた婦人部のバザーで歌っていたこと。お声をかけて戴き、今日の運びになりました。準備をして出かけたのは良かったが、楽譜建とハモニカホルダーを忘れて、準備した歌「バラが咲いた」「少年時代」「遠い世界に」は歌えず。代わりに主催者側で準備していただいた予想曲?「あこがれのハワイ航路」と「お座敷小唄」を一番だけ歌わせもらい、あとは、全く思いつきで復帰の唄三曲、即ち宮崎青年団の復帰唄と奄美小校庭での「復帰の唄」と「復帰当日の式典曲」の3曲を歌わせていただいた。。フー、準備はしっかりしないといけないなあ、済みませんでした、・・・反省。
ここ数日、故名城秀時氏の著「島に老ゆ」と「徳之島この五十年」を拾い読みしている。文章の立派さも良いが、時々出てくる方言に懐かしさが蘇る。表記の「ビンダレー」は、大きな水入れである。顔を洗ったり、洗濯をしたりするのに適度な大きさのやつ。昭和30~50年頃、子供の頃に家で家族みんなが使っていた。「バシャギン」は芭蕉(バナナの木)の繊維で作った着物。祖父と叔母が着ていた。ほかにも、シルブィ(台所)やヒキバン(水分の多いお粥)なども懐かしくうれしくなる言葉だ。面縄は亀津や亀徳とは微妙に発音が違う。発音もだけど言葉(詩)そのものが同じ唄でも微妙に違うのが島唄だ。私は、ここ数年「黒だんど節」をかっこよくて弾けるようになりたいと思っている(この唄だけで良い!)が、唄者によって歌詞が微妙どころか全く違うこともある。方言は、集落によって発音やイントネーションが違う事があるので、他集落の人と話すときは本当に頭を使う(何と言っているのか類推しなくてはいけない)言語だ。昔の人はそこで頭を使ったので、賢い人が沢山輩出されたのかもしれない。
私は共通語には無い、この言葉の響きにひかれる。伊仙町内の古老の話によく出てくる奄美の行事名。伊仙町では10月から11月の癸亥(みずのとい)の日に行われる。集落によって日取りが異なる。先祖祭りの一つ。各家庭で墓参りをし、供花・焼香をし、料理を供えて墓前で祭る。かつては、一重一瓶で一族が墓前で酒宴を催し、三味線や踊りが出た《伊仙町史より》。奄美大島にも残っている。
前回、令和5年(2023)7月から8月の台風は、3週間も物流の停滞を起こし大変不便を被りましたが、徳之島は、いよいよ今日から船が寄港しません。今回も9号、11号、12号と3つの台風が近くに有ります。また少し長引きそうです。高校の体育祭前で妻も弁当作りに困っています。最近は、台風の直撃こそ無いものの、やはり台風の襲来は困ります。庭のシブ柿が少し色づいて秋らしくなってきました。

