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「体験する力が、子どもを育てる」
子どもの育ちは、机の上だけでは生まれません。それは、小さなころの体験の中で、少しずつ身についていきます。
もちろん、文字や数に触れることも大切です。絵本を読み、言葉を覚え、数を数えることは、これからの学びの土台になります。しかし、それ以上に子どもの心と体を大きく育てるのは、「体験」です。
土に触れること。風のにおいを感じること。雨の冷たさや、太陽のあたたかさを知ること。季節の花や虫に出会い、「なんでだろう」と不思議に思うこと。お祭りや行事を通して、日本の文化や地域のつながりに触れること。
こうした体験は、知識として覚えるものではなく、体の奥に残る記憶として積み重なっていきます。
そして何より大切なのが、友だちとの関わりです。一緒に笑い、走り回り、同じ遊びに夢中になる時間。けれども、楽しいことばかりではありません。おもちゃの取り合いになり、思いがぶつかり、悔しくて涙が出ることもあります。それでも、少し時間がたてばまた顔を合わせ、ぎこちなく「ごめんね」と言い、やがて何事もなかったように一緒に遊び始める。その一つ一つの経験が、子どもの心を確実に大きくしていきます。
最近は、「嫌な思いをさせたくない」「傷つかせたくない」という思いから、苦手なことや気の合わない相手を、あらかじめ遠ざけてあげようとする場面も見られます。親として、それはとても自然な気持ちです。大切なわが子だからこそ、できるだけ穏やかで安心できる環境を整えてあげたいと願うのは当然のことです。
けれども、私たち大人は知っています。
社会に出れば、気の合う人ばかりではありません。思い通りにいかないことや、避けられない苦手な場面もあります。その中で折り合いをつけ、工夫し、助けを求め、時には我慢しながら、人は生きていきます。
その力は、どこで育つのでしょうか。
嫌だったけれど、やってみたらできた経験。怖かったけれど、誰かと一緒なら乗
こうした積み重ねが、「大丈夫」という心の土台をつくります。失敗しても、つまずいても、またやり直せるという感覚。それこそが、将来を生きる力になります。
私たち大人にできることは、すべての困難を取り除くことではなく、安心して体験できる場をそっと支えることなのかもしれません。転ばないように道をなくすのではなく、転んでも立ち上がれるように見守ること。すぐに答えを与えるのではなく、考える時間を大切にすること。
子どもは、体験の中で育ちます。そしてその体験は、未来を生きる確かな力になります。せっかく目の前にある「育ちのチャンス」を奪うことなく、にこにこ笑顔で、子どもたちの挑戦を応援していきたいですね。
こんなことで悩んでいませんか
●こどもがスキンシップを嫌がります
スキンシップが好きな子どももいれば、嫌がる子どももいます。乳児の頃は抱っこに慣れていますが、抱っこをあまり好まない子どももいます。幼児の年齢になれば、親からのスキンシップを恥ずかしがる子どももいます。
肌接触に敏感な子どもの場合、スキンシップは鳥肌が立つほど苦痛を感じることもあります。手を握る、頭をなでる、肩をポンポンと軽くたたくなど、子どもが敏感でない部分を使ってスキンシップを心がけましょう。
子どもが好む・嫌がるポイントを探すのと同じように、タイミングも大切です。子どもの機嫌や調子に合わせることを「波長」に合わせるといいますが、触れる部分、触れ方等は、子どもの好みに合わせるとよいでしょう。親の気分や調子、リズムでスキンシップをとろうとしても、子どもは受け入れる準備ができておらず、かえって強く拒否することがあります。
●3歳までは母親と一緒にと言われ、仕事復帰に悩みます
子どもが3歳になるまでは母親と一緒にいたほうがいいとされる「3歳児神話」には、科学的根拠はないと考えられています。3歳児神話は1960年代後半、日本の高度経済成長期に提唱されました。小児科医ジョン・ボウルビーが提唱した「母性の喪失*」は、特定の大人(母親)とのかかわりが子どもの発達(愛着形成)に影響を及ぼすという考えがもとになっています。
乳幼児期の子どもは母親がそばにいて養育することがふさわしいという考えは、高度経済成長期に、男性は仕事(会社)、女性は家庭という家庭像と一致し、広まりました。しかしボウルビーが提唱したのは、乳幼児期の子どもには母性(Maternal)、つまり母性的な役割をもつ大人の存在が重要であるということです。もちろん、子どもにとって母親は最も身近な愛着の対象ですが、母親や父親以外に日常的に子どもとかかわる祖父母や親族、保育者なども、子どもにとっては愛着の対象となります。親や身近な養育者との関係が安定するほど、他の養育者との愛着形成が可能であると考えられています。現代社会では、母親を中心としつつも子どもを支える養育者らのネットワーク(愛着のネットワーク)が重要です。
たとえ乳児期から働くことになっても、罪悪感は不要です。親か親族が保育所・保育者等を上手に頼ることができれば、やがて子どもは親とも保育者とも安定した関係を作ることができるようになります。
(親子の愛着形成ウソ・ホント: 子どもとのかかわり方がわかる本/倉石哲也 著より)
「早く教えなきゃ」は本当に必要?
「早く教えなきゃ」は本当に必要?
赤ちゃんがまだお腹の中にいるうちから、「英語を!」「漢字を!」「数字を!」と、たくさんの知育おもちゃや教材が届く……そんな経験、ありませんか?
たとえば、色とりどりの羽に外国語の単語が書かれた孔雀のぬいぐるみ。見た目もかわいく、「早くから言葉に触れさせたい」という気持ちはよくわかります。でも、実はこうした“早期教育”には落とし穴もあるのです。
「右脳を鍛えれば天才に!」「赤ちゃんが本を読めるようになる!」といったキャッチコピーの商品もありますが、多くの専門家は、そうした主張には信頼できる科学的根拠がないと指摘しています。
一方で、昔ながらの小麦粉粘土や、階段をトコトコ降りるおもちゃなど、大人は見向きもしない地味に見える遊びやおもちゃこそが、実は子どもたちの空間認識力や想像力、言葉の力を自然に育てているのです。
もちろん、アルファベットや九九を覚えることも大切ですが、今の社会では、覚えた知識よりも、それを「どう使うか」の力――つまり、「調べる」「考える」「選ぶ」力、そして「対話する力」がますます求められています。なにせ、知識はスマホひとつで手に入る時代ですから。
これからの子どもたちに本当に必要な力とは?
いま、世界は環境問題、戦争、貧困など、国境を超えた課題に直面しています。そうした時代に必要なのは、「覚える子」ではなく、「考え、話し合い(=対話し)、行動できる子」です。実際、世界の多くの企業や教育関係者も、これからの「成功」に最も必要なのは「対話する能力」だと明言しています。
では、私たちにとって「成功」とは何でしょうか?いい学校に入ること、有名な会社に就職することだけがゴールでしょうか?
本当に大切なのは、子どもが自分らしく生き、まわりの人と協力しながら、幸せに社会の一員として力を発揮していけること。そのために、私たち親ができることは、子どもに「詰めこむ」のではなく、一人ひとりの可能性を「ひらく」ような関わり方をすることです。焦らず、比べず、子どもと一緒に対話を重ねながら、ゆっくりと育てていきましょう。
[科学が教える子育て成功への道/K.H.パセック、R.Mゴリンコフ著より要約引用]
つぶやき(R8.1)
ばら
子:「タワーのイルミネーション見たよ。」
保:「どんなだった?」
子:「カラフル色だったよ。」
年少
保:「お餅って、何でできてるのかな?」
子1:「びよーんって伸びるから、チーズ!」
子2:「もちもちしてるから、お団子!」
年中
(砂場で)
子:「これは中身がチョコなの。」
保:「おいしそう。ちなみにコーヒー味とかできますか?」
子:「ビビデバビデブ―!はい!もうコーヒー味になったよ。」
年長
郵便局
保:「これ(ATM)は何か知ってる?」
子1:「お金出すところ。」
子2:「私のお母さんは手帳みたいなものを入れてたよ。」
子1:「何それ?」
保:「通帳ね。お金を入れたり出したりするから記録するためのものだよ。」
子1:「そうなんだ。大人って大変だね。」
学校運営協議会 川島らしさ その先にある義務教育学校
先日、川島中学校区の学校運営協議会に参加しました。学校、地域、保護者が一緒になって、これからの学校のあり方を考える場です。会議では、子どもたちを取り巻く環境が少しずつ変わってきていることが話題になりました。簡単に答えが出るものではありませんが、子どもを真ん中に考え続けることの大切さを改めて感じました。
そこで意識したのが、「川島らしさとは何か」という問いです。川島は、木曽川に囲まれ、洪水と向き合いながら生きてきた地域です。堤防や土地の成り立ちには、先人たちの知恵と覚悟が刻まれています。便利さや効率だけでは測ることができないこの土地ならではの積み重ねがあります。その川島の歴史や風土を知り、「自分はこの地域の一員なんだ」と感じられることが、人と関わる力や学びの土台になる大切な力だと考えています。
現在、園の西側では、かわまちプラザの建設が進んでいます。子どもを中心に、子育て親子、保護者や高齢者、地域の方が自然につながる場所です。学校だけで完結しない、地域全体で子どもを育てる環境を形にする試みです。
こうした議論や取り組みの先に、小中一貫校/義務教育学校という考え方にも、少しずつ目が向いてきました。義務教育学校は、小学校と中学校を単純に一つにすることが目的ではありません。9年間を一つの流れとして見通し、地域の特性も生かしたカリキュラムを作り、子どもが節目ごとに、新しい役割や経験に出会えるよう考える仕組みです。
川島地区は、人も地域も連続しているからこそ、その意味を丁寧に考える価値がある場所だと感じています。答えを急ぐのではなく、川島らしい時間の中で、子どもを真ん中にした地域の姿を、これからも皆さんと一緒に描ければと思います。
さて、いよいよまとめの時期を迎えました。2月3月は大きな行事もなく、4月の就学と進級という飛躍に向けての離陸準備期間となります。落ち着いた生活の中で、期待を持って次へと進めるように、じっくりと保育に取り組みます。