◆終了した講演会◆令和 7年5月24日

テーマ 国史跡・国宝・綿貫観音山古墳のすべて

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(右から第一部担当の右島和夫氏、中央は第二部の徳江秀夫氏、左は第三部の飯田浩光氏。)

 

まず初めに右島氏より徳江氏と飯田氏に関する紹介がありました。

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第一部

演題:墳丘・石室から見た綿貫観音山古墳

講師:右島 和夫氏(歴史と文化を学ぶ会 特別顧問)

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(講演中の右島 和夫氏)

 

昭和43年に初めてこの古墳の発掘調査が行われました。

副葬品等の残存状態が素晴らしかったので、

さらに昭和48年、国史跡に指定されました。

昭和51年からは墳丘・石室の本格的調査が行われました。

そして令和2年、国宝に格上げされました。

 

この古墳の多方面のすばらしさをを、

今回の講演では余すところなく詳述されました。

第一部では、この古墳の墳丘・石室の持つ特徴を、

詳細に語りました。

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今回も多くの方々に参加していただきました。

170名をこえる人たちの熱気に包まれ、

講演会は盛況そのものでした。

 

注意・:下記にかかげるPDF講演会資料に関し、

資料中の写真・図解等を使用する場合には、

群馬県立歴史博物館の許可を受けてから使用してください。

pdf みぎしま氏資料  歴史と文化を学ぶ会 2025_5_24_.pdf (2.97MB)

 

第二部

演題:副葬品から見た綿貫観音山古墳

 

講師:徳江 秀夫氏(群馬県立歴史博物館 学芸係専門調査官)

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 (講演中の徳江 秀夫氏)

綿貫観音山古墳は、未盗掘でした。

価値ある副葬品が検出されました。

そして徳江氏がもっとも強調するところは、

 「6世紀後半、群馬県地域で最上位に位置づけられる地域首長墓の

副葬品群」であるということでした。

 この偉大な古墳の副葬品は、

銅鏡、装身具、武器、馬具、容器その他の秀逸した出土品のほか、

甲冑もありました。

徳江氏は、この甲冑について詳細を語りました。

 

pdf 徳江秀夫氏資料.pdf (2.51MB)

 

第三部

演題:埴輪から見た綿貫観音山古墳

講師:飯田 浩光氏(群馬県立歴史博物館 学芸係主幹)

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(講演中の飯田氏)

 

綿貫観音山 の出土品は国宝指定を受けました。(令和2年)

 

一方、古墳に並べられた埴輪にも、

相当なものがありました。

形象埴輪には、三人童女のような優れたものがありました。

あるいは、盛装男子、胡坐をかく男子埴輪も優れています。

飯田氏は、まとめとして、

「多彩な造形人物埴輪ー東日本の古墳出土品として、

内容が多彩であり、遺存状態も優れ、最もまとまったもの」

と評価しております。

 

今回は、三名の講師の方々に、

綿貫観音山の古墳すべてを説明していただきました。

地域内のもっとも地位の高い首長がいたであろうと推測される

古墳について、委細を極めた説明、ありがとうございました。

 

pdf 飯田浩光氏資料2.pdf (2.26MB)

 

講演会終了の翌日、

上毛新聞に三名の方々の記事が掲載されました。

 

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(上毛新聞 TAKATAIタカタイ 2025 5 30)