よりみち日記&身近な法律
2024-04-06 17:12:00
このほど、犬田布岬にある戦艦大和慰霊塔(正確には、戦艦大和を旗艦とする艦隊戦士慰霊塔、1968年完成)。戦艦大和は、全長268m、幅36m、満載排水量72,000㌧、馬力15万馬力、最大乗員3,332名。主砲46cm砲(射程42km)。艦内は冷房完備、アイスクリームや炭酸水製造装置があった。艦隊は広島県を出航後、1945年4月7日、約2時間にわたり米軍機約380機の攻撃を受け、鹿児島県枕崎市沖で米軍艦載機の攻撃により大和が沈没【海中の大和発見は1982年】。大和の戦死者2,740名、生存者269名。犬田布岬の慰霊塔は、生存者吉田満の手記(1946年初出)による記載に基づく。手記発行は、米軍の日本軍記等の舞台及び出版等禁止の命令により困難を極めたが、作家吉川英治や評論家小林秀雄らの「本手記は単なる軍記物でなく、ギリシャ悲劇等に匹敵する歴史の記録なり」との主張から、出版され後世に残ることとなった。明日、7日の慰霊祭には、航空自衛隊那覇基地第9航空団によるF15の慰霊飛行も予定されている。ちなみに、米軍は、本大戦前より、日本の文化・地理・暗号などあらゆる事を研究し始めており、開戦時には暗号のほとんどを解読する能力を保持していた事が分かっている。大和も広島出港時から米軍の監視が付き、作戦行動は筒抜けだった。ソビエトも1941年には日本の暗号を解読していたことが分かっている。(参照、ウイキペデイア等)
