気功座学
気功を分類すると
武術気功・・・太極拳
医療気功
★外気功
第三者に向けて気をあてる
★内気功
自分自身で行う気功法
静功
★站椿功
★三線松放功
★六字訣
★沐浴
★按功
動功
★八段錦
★五禽戯
★易筋経(一部静功)
★導引保健功
★大舞
動く気功と静かな気功↓
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気の分類
気は視点を変えると色々な名前が付く
先天の気
生まれた時 天から、両親から授かるエネルギー
有限のもの 自らの意志ではどうにもならない
後天の気
自ら養い育てる事の出来るエネルギー
先天の気+後天の気=真気(生命エネルギー)
生きていくのに必要なエネルギー
活力の元 自ら治ろうとする力
邪気に対しては正気(自然治癒力)
気功は真気を鍛え、養い、
正気を育て免疫力を高め
病気を予防し、自らの力で改善に導く鍛錬
気の種類
営気 血の中を流れる気 栄養が豊富
衛気 全身に分布し身体を
(ウィルス、細菌、邪気から)守る
汗腺により体温調節も行う
宗気 肺の呼吸と心の血を循環させる
原気(元気) 生命エネルギー
気の働き
*体内の物質を動かす
*体を守る
*温める
*物質を変化させる
*体内の物質が外に漏れ出ないようにする
知ると便利な気功用語
精・気・神
精 (下丹田)
人体にある栄養物質
人体を成長させ身体を作る
気(中丹田)
身体を動かすエネルギー
(元気、宗気、衛気、営気など)
神 (上丹田)
意識、精神、感情など精神活動を司るモノ
「精中に気を生じ 気中に神を生ずる」
「精に欠けるところがなければ気が完全に機能し
気に欠けるところがなければ
神も完全な状態で機能している」
素問、類経より
気功のテクニック
調身・調息・調心
調身 ~気功の姿勢~
気が~巡りやすいように体勢を整えること
リラックスさせ姿勢を正す
足は肩幅 両脚は平行に置く
膝は軽くたわめる(痛い人はまっすぐでOK)
胸を張らない、背を張らない
背骨が緩やかな弧を描くように
(命門を開く)
力みを抜く(特に腰、股関節)
顎ひいて頭は天につられるよう
舌先は上あご
肩の力を抜く
表情は柔らかく
調息 ~気功の呼吸法~
自然呼吸法 長さ、深さにとらわれない日常の呼吸を丁寧に行う
調心 ~気功の心~
入静
心身をリラックスさせ雑念がなく
心静かな状態に導くこと
意守(いしゅ)
意識を集中させること
意識を守ると書きます
ターゲットを決めて
そこを意識すること
例えば
右手の人差し指
そこだけを意識します
するとその箇所が
ほわんと温かくなります
意識した所、つまり
右手の人差し指に
気が集まったからです
意守は、体の上の方(肩から上かな)には
基本使いません
気が上に上がるからです
気が上に上がると
めまい、高血圧
ぼーっとした感覚などなど
不快な感じになります
だん中(胸の真ん中)に
意守することもありますが
基本 丹田です
ここに気を充実させる事こそ
エネルギーバランスの
あるべき姿
日常、どのような時でも
心身に違和感
不快感を感じた時は
丹田に意識を戻してみましょう
よく誤解されるのですが
そこを緊張させるのではなく
ふわっとそこを観る感じにします
感じるだけでいい
その場所に集中して
その場所と一体化する
初めに少し意識するだけでOK
あとは、自動的
傘だって最初にさそうと
思って傘を広げれば
後は無意識でさしてるでしょ?
あれと同じ
すると 気が丹田に落ち着いてきて
自身のエネルギーが安定してきます
悪い箇所すっ飛ばして
丹田、命門に気をあてるのもいい
つまりここがやはり要だから
ここが治癒の源だと
私は思ってます
9割くらいの方は
お腹が温まった
ポカポカした
などなど体温の変化をおっしゃいます
★意念
意識(イメージ)を念ずるように持つ
練功時に自身で気を通したい時に
または家族に外気を送る時
(私は家族にしか外気功はしない
教室でも家族外は勧めません)
光が抜けていくとか
水が流れていくとか
または
疲労や痛みが
黒い煙になって
毛穴から出ていくとか
そういう意識、イメージで
目的に近づける感じの使い方
または
お部屋の中で気功をしながらも
広い海を目の前にして
波の音を聞いてるとか
緑輝く草原のお日様の香りとか
心地よく 楽しい 素敵なイメージ
ただ 意守の時も書きましたが
意念も
強すぎてはいけません
淡く 淡く
ふわっとスイッチ入れたら
あとは、お任せが良い
意識が強すぎると
それは雑念となり
執着となります
すると変に緊張しますし
偏差という
気功の副作用が生じます
(頭が痛くなったり
気分が悪くなる)
また、気功の時は
潜在意識と繋がりやすいので
悪いイメージが沸いてきたら
もうストップするのがよいです
意識のベクトルにより
波動はかなり変わります
たとえ病気であったり
もし今 苦境におられたら
そういった苦しみや重石を
すべてなかったことのように
まっさらな気持ちで
気功をしてみます
苦しい辛い気持ちのまま
気功はしない
意識は力を持つ
波動は気を変化させる
ただ、苦しい時は
まっさらになりにくいし
良い思いは持ちづらいですよね
そういう時
心の曇りを晴らすには??
マイナスや、悪いとこばかりに
意識がいってしまっていた自分に
まずは冷静に気付くこと
よくよく考えると
1つの黒い染みを
途方もなく大きな致命的なモノだと
思い込んではいなかったか?
すると
今 ごく当たり前のごとく
自然に持っている
たくさんの幸せや喜びに
目を向けられるようになる
ありがたいな
と、感じると
心がふわっと温まります
緊張でコチコチの体が
ふっと緩みます
すると、下へばかり向いていた
心のベクトルが真ん中に戻ります
柔らかな気持ちを
取り戻せます
そこから気功をすると
今の自分に足りないものが
じんわり補填されて
心が平和になり
元気が沸いてきます
元気が沸いてきたら
なりたい自分に近づけるます!
元気が大事!
沸いてくることが大事!
イメージを使う↓
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放松 (ほうしょう/ファンソン)
ぎゅーっと
握りしめていたものを
パッと手放す状態を
気功では
「放松」ファンソン
と、言います
緊張からリラックス
執着から解放された
のびのびした感覚
その放たれた瞬間に
気は流れます
コチコチに緊張してると
流れないのは
なんとなく分かりますよね
日常の中でふと意識して見ると
意外に色々な場面で
要らない力を使っていることに
気づきます
基本上半身は
力不要です
腹が据わる
という言葉がありますが
お腹から下に(力をいれなくていいけど)
重心がある状態だと
上半身は軽やかで
力みはありません
エネルギーも
バランスが良く快適です
肩が凝るとか
腰痛とか
体に痛みのあるこわばりは
「要らない緊張や力み
執着がありますよ~」と
教えてくれているようです
自分を自分以上に見せたい
あるいは
今の自分を越えねば!
と、いう時も
やはり体に力が入ってしまう
人間ですから
仕方ないですね
とはいえ
一日中ずっと頑張らないで
ほんの一瞬でも
このファンソンの場面を
自分に許してほしいです
こだわらない
執着しない
偏らない
意外にも 力を抜く入れる
のスイッチは
体の使い方ばかりでなく
心にあるようです
なのでまず
気づくこと
一歩退いて自分を眺め
自分のバランスに気づくことから
スタートすると良いようです
心を解放する↓
https://ameblo.jp/flowinghope/entry-12586398142.html
気功練習時の注意点
*空腹、満腹の状態で行わない
*感情が極端に乱れているときは行わない
*静かで快適な温度、湿度で行う
新鮮な空気の下で
*洋服は締め付けの少ないゆったりしたもので行う
*静かな環境で行う(スマホはオフか無音にしておく)
*出来るだけ午前中、陽のあるうちに行う
*八触に翻弄されないように
動触 筋肉が勝手に動く
痒触 体がかゆくなる
軽触 体が軽くなる
重触 体が重くなる
爽触 涼しくなる
暖触 温かくなる
渋触 皮膚が固く、皮のようになる
滑触 皮膚がつるつるしたようになる
滅多にありませんが、無理なことをすると、頭痛がしたり
気分が悪くなることもあります
嫌なイメージが湧いてきたり
不快感を感じたら潔く練習は中断しましょう
きちんと収功すれば治ります
それでもだめなら站椿功
それでもだめなら場所を変えたり散歩に出たり
気分を変えてみましょう
東洋医学では
人間と自然(宇宙)は一つである
人体のしくみも形も
自然に相応している
という考え方があります
例えば、太陽や月は、人間の両目
天のもたらす雨風は人の喜怒など
この考え方から言うと
人間の身体の中の
エネルギー(=気)のバランスも
よく分かります
身体の中で、温かい部分、冷たい部分
弾力のある部分、力のない部分
今期の雨のように
洪水になるほど滞留している部分
足りなくてカラカラに乾いている部分
この不愉快なアンバランスの原因は
何でしょうか?
日常の生活のあり方
身体の動かし方
思い癖
生まれてから今日までの何かが
少しずつ降り積もって
今の自分が出来たのです
そこに生じた痛みや不快感は、
憎むべきものではありません
頑張りすぎていたり
無理しすぎていたりしている自分を
もっと幸せでバランスの良い自分に
生まれ変わらせる為に
身体が声なき声で教えてくれている
心が変わらねば
一時的に良くはなっても
形を変え場所を変えて
このアンバランスを
身体は訴え続けるでしょう
そうはいっても
心はなかなか変わりません
ではどうしたらいいのでしょうか?
ただ ただ 数歩下がって
遠くから眺めてみるのです
今の自分を自分を見て
いい悪いの判断もしません
何の判断も交えずに、見つめるのです
私達の心の中に天秤があって
この天秤はいつも右に左に揺れている
本当は真ん中に戻りたいのに
感情の波に飲まれて
傾く、移ろいやすい天秤
中庸という言葉があります
できるだけ、かたよらないで
真ん中に戻るという意味です
頑張りすぎていないか
考えすぎていないか
誰かに依存しすぎてはいないか
一人で抱え込んでいないか
誰かを心配ばかりしてないか
気功では極端な感情は
心身の気を損なうと考えます
怒り 憂い 思い 悲しみ 恐れ
驚き そして喜びまでも
極端であれば
気を損なうという考えです
といっても人間ですから
感情には当然波があります
波に翻弄されたとしても
自分が感情に翻弄されていると
気づく事
人体の中庸はどこにあるのか?
気功だけでなく、武芸やヨガ、
声楽などでも
「丹田」という部分を重要視し
大切にします
聞きなれた言葉ではありますが
実際どこかと問われると分からない
という方が大半なのでは
丹田の位置については説が色々ですが
私はお臍の下指4本くらい下の、
深さ9㎝位の場所だと考えています
ツボのような存在と異なり
丹田というスペースだと考えたほうが
わかりやすいでしょう
物体としてあるわけではないけど
意識することで存在する
そのような場所です
人間が2足歩行になってから
人間の気のバランスは崩れたと
いわれています
人間は、成長するにつれ
気が上りがちになります
気をつなぎ留めておく
腎の力の衰えも理由の一つですが
頭や神経を
使い過ぎているのかもしれません
物事にあれこれ考えを付け足して
ああでもない こうでもない
どんどん事態を悪く肥大させてしまう
心の不安定
心の軸が揺れてしまうと
身体の軸も揺れてしまう
年を重ねるほどに、
高血圧とか脳の病気、めまいなど
上半身の不調が増えていくのは
こういった理由もあるでしょう
気功では、「意守丹田」といって
意識を丹田に集中させます
人体の気のバランスも
中庸を求めているのです
丹田は気を貯めておく場所でもあり
しんから力を出す時は
無意識に丹田に力が入り
丹田から気を出しているのです
気の観点からみると
一番重要な場所です
心が不安定な時、イライラしてる時
つまり 幸せから離れた状態に
心の波動が落ちている時
そんな時はまず
身体の中庸=丹田を意識して
数分呼吸をしてみます
そういう意識に戻れれば
いつのまにか
本来の自分に帰る道を
見つける事が出来ます
教室で行っている功法は
日々の養生が目的です
軽い頭痛やだるさ、疲労感などは
教室の1時間半の経過の中で
いつのまにか良くなっていたり
教室に数か月通われた方が
体調が少しずつ良くなってきて
気持にも前向きな変化が起こり
喜んで下さるという事は普通にあります
気功教室だから当たり前といえば当たり前
の事ですが・・・
ただ長年続いている不調や体の問題については
時間がかかります
これは、病や不調の元に自ら気づくまで
続きます。
そしてこの気づきというのは
病や不調を、憎しみや否定の対象ではなく
痛みすらも許し
受け入れる事が出来た時
弱いだめな自分をまるっと許し
肯定できる段階になっていけた時
いつのまにかもたらされるものです
気功をする目的は「病を治す」「ストレス解消」等
皆さんそれぞれに色々あると思いますが
そういう目的すら忘れる心を造っていく事こそ
気功の道だと思うのです。
ないものを数える、思う事は
今の自分を否定する事でもあり
今の自分にダメ出しする事でもあります
今持てるものに感謝して
喜ぶ事の出来る心を育んでいく
教室の中で私が一番大事にしている根っこの部分です
そういう私もまだまだ出来ていないのです
なので共に学ぶつもりでおります
教室の中で、いつも「中庸」が大事と
お話しているのは
偏りのあるゆがんだ視点からでは
自分が見えないからで
自分が見えなければ変容はあり得ない
まずはあるがままに
自分を俯瞰できるようになる事
ここからがスタート
スタート地点に立てたなら
体の中に起こっている問題
どこに滞りがあったり
どこが足りない、あるいは過剰
心がどう無理しているのか
本来の自分とどこが調和できていないのか
諸々のアンバランスに
自身で気付けるようになってきます
何が必要でどうしたらいいのかは
不思議と自然に分かります
手が、身体が、感覚が教えてくれる
いつか必ず必要なタイミングで
分かっていただける日がやってきます
私の場合 手が勝手に動き
探っていると
こんがらがった固い結び目が
すこしずつほどけてくる・・・・
そういう感覚です
気が深い所で動く感覚は
動功で得られる心地よさとは
また違う深い「癒し」
優しさに満ちた許されていくような
柔らかい感触です
教室でもいつもお話していますが
まずは自分の身体に触れ
たどたどしく カタコトでもいいので
コミュニケーションをとっていく事
これを日々積み重ねていくと
赤ちゃんが言葉を覚えていくように
少しずつ感覚が磨かれていき
自らを癒す事が出来るようになってくるのです
生命あるもの全て気を感じ
気の海の中で生きています
気というのは
目で見ることは出来ません
ただ、誰もが感じ実感しながら
生きているのは事実です
朝起きて
今日は気分がいいなと思えたら
今日の身体の気の巡りは
上々だという事
やる気がおきない、疲れてる、だるい
そのような時は気が足りていません
美しい風景や自然に出会った時
木々から流れてくる涼しい風を
心地よく感じたり
小鳥のさえずりを嬉しく感じたり
誰かと一緒に居て心安らいだり
これらは良い気を
身体で心で感じ吸収しているという事
逆に、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車や
あちこちにゴミが散乱している繁華街
うんざりと待つ人のあふれている
病院のロビーなどに行けば
あまりいい気持ちはしないでしょう
日常で意識していないだけで
私達は気の海の中で生きています
気功では意識的に良い気を取り入れ
身体にたまった
古く濁った気を排出します
これには方法がありますから
本を読んだだけ
動画を見たりだけでは
難しいでしょう
実際は、気功経験のある人もない人も
等しく気の海の中で生きている事には
変わりありません
少しだけ心を透明にして
いつもより丁寧な呼吸をして
五感を働かせて、感じてみてください
息を吸うと身体はどう感じるか
息を吐くと身体はどう感じるか
息を吸い込む時は
木が成長するように背骨が上に伸び
息を吐きだす時は、温かい大地の中に
身体が沈み込んでいくよう
身体が温かくなったり
手のひらがジンジンしたり
呼吸が少しずつ深まり、心が休まり
いつも考えで一杯の頭の中が
シーンとする瞬間
きっと昨日までの嫌な思い出や
忘れてしまいたい事
明日からの心配も手放して
気の海の中にゆらゆら揺られ
安心している自分を
今この瞬間の幸せを
感じる事ができる自分を
見つけること出来るはず
気功を続けると
小さな身体のサインに気づきやすくなります
もともと 気功を生活の中に
取り入れようとされている方は
素直に心を内側に向ける事が
得意な方が多いです
体調に問題を感じれば
まずお医者様にきちんと診て貰う事は大切です
が、頼りすぎては危険です
沢山の患者さんを
限られた時間で診ないといけないお医者様は
私達の生活パターン1から10まで
しっかり聞いてくれて
診断してくださる余裕はありません。
あくまで自分の主治医は自分です。
気功は 古来中国で病気の予防、
治癒を目的に大切に育まれてきました。
素晴らしい効果的なノウハウをいくつも持っています。
ですが 患った時間と 治癒にいたる時間は
比例しているように思います
続けることによって 少しずつ
からまった固い結び目がほどけるように
症状が変化します
心の変化も平衡しておこります
気功による このような なだらかな変化は
身体のバランスを保ちながら
少しずつの変化をもたらすので
副作用がありません
これまでお会いした
病を経験されて克服された方は
うらやましいほどに
清々しい心持になられています
そういう方のお顔はとても美しいのです
病によって生き方の修正も行われるのでしょうか
身体はもしかして
私達の心に出来た冷たい氷の塊を
少しずつ溶かすために
痛い思いをしたり
細胞を弱らせたりして
サインを送ってくれているのかもしれません
