講師(宗夜)ブログ
●同じお点前でも楽しい
私どものお教室に、ずっと同じお点前を楽しんでくださる生徒さまがいらっしゃいます。
静かに穏やかに愉しんででくださる。
そして優しい雰囲気を纏っていらっしゃる。
しかし最初からそうではなかった。
しばらくはツンツンしていました。
私も、生徒さまも。お互いに。
それを、反省しては次に活かし…と時間をかけて、波長の合わせ方を二人して根気よく学んでいった結果です。
最初は色々と覚えて欲しいと思っていました。
茶道にはたくさんのお点前があります。
それぞれに美しさがあります。
なるべく沢山のお点前を正確に覚えるのが茶道だと思っていました。
それを教えるのが私の使命だと思っていました。
でもどうやら私は狭量だったようです。
あれも出来る、これも出来る、というのは半ば押し売りであったと今では反省しています。
一つのお点前をじっくり愉しむのも良いものですね。生徒さまから教わりました。
大切なのは波長を合わせること。
他人と波長を合わせるのは簡単ではありません。
子どもの頃からの共感体験の積み重ねにより、少しずつ獲得していく能力です。
子育て中にその能力を知りました。
10年くらい前、子どもの小学校で絵本を読むボランティアをしていました。
そこで絵本の種類や読み方、子どもの脳の発達の仕方などを勉強させてもらいました。
ママ友との雑談も勉強になりました。
『昨日の夜さぁ、ウチの子が本読んでと言うから絵本読んだんだ、この本。』
『うんうん、これね。これ良いよね。ウチの子も好きだよ。』
『読むのは良いんだけど、11回読んだよ。』
『11回❗️』
『だってこの前、子どもが欲するままに読んであげなさいっていう話あったでしょ。だから読んだの。疲れちゃったけど最後は満足して寝たよ。』
『うわー、お疲れさん。〇〇ちゃん幸せだねぇ』
11回も読んだのか。偉いなぁ。
低学年用の子どもの絵本は、飽きないよう5分程度に作られています。
5分×11回=55分
ほぼ1時間もそのママは同じ本を繰り返し読んだことになります。
ママも偉いけど、そのお子さんも偉い。
同じことを繰り返しているようで、実はそうではないように思います。
そのお子さんの脳内では毎回違う感動を得ていたのではないでしょうか?
そしてそれ以上に、母親との交流を心ゆくまで愉しんでいたのではないかと思います。
子どもだって『あ、ママ疲れてきたな…』という変化を感じています。
そして多分本人も疲れてると思います。
でも、でも甘えたい。
母親の胎内にいた、あの一体感を味わいたい。
同じ絵本を読んで、同じところで不思議がって、同じところで笑いたい。
波長を合わせる訓練をしているようです。
子どもは笑うことが好きです。
何だか知らないけどやたらと笑いたがる。
もしかしたら笑うことで呼吸器官を鍛えているのかもしれません。
そして走ることも飛ぶことも好きです。
心臓の筋肉の力が弱いから、走り回ることでふくらはぎのポンプの力を使って血液を心臓に戻していると言います。
そして甘いものを好みます。
遊ぶときにはおやつは欠かせません。
みんなで同じ甘いものを食べることで、快楽物質ドーパミンを他者と協調して一斉に出す訓練をしているのかもしれません。
不思議なもので、子どもの頃甘いものを一人で食べてもそんなに美味しくないんですよね。
みんなで同じ甘いものをあーだこーだ言いながら食べるのが良いんですね。
子どもは幼ければ幼いほど、おやつを巡って喧嘩します。甘いものへの執着は凄まじいです。
脳をいち早く発達させることが生きるために不可欠であるから、成長期はブドウ糖への執着が凄まじくなるのかもしれません。
喧嘩も真剣そのものです。
そして…
これらの経験を共有できる相手を常に必要としています。
大人になってもやっぱり同じです。
共感したい。
だからどの国でもお笑い番組があるのではないかと思います。
一緒に笑いたい。
お笑い番組と言えば…吉本新喜劇。
やっぱり10年くらい前の話なのですが、大きな台風が来て我が家のアンテナを倒しました。
業者に修理を依頼しましたが、予約が立て込んでいて目処が立たないとのこと。
しょうがないねぇ、テレビ見れないよ。
じゃあYouTubeで吉本でも見るか、となりました。
そのころ吉本新喜劇にハマっていました。
とある学校の文化祭に行った時、高校生が吉本新喜劇を演じていたのです。
そのクオリティの高さたるや!
めちゃくちゃ笑いました。
教室は超満員で、見ず知らずの他人でごった返していて身動きが取れません。
うわ、しまった…と後悔していたところで劇が始まりました。
タラララッタラ〜🎵
タラララッタラ〜🎵
あのお馴染みの音楽が鳴り響き、全員の目がステージに注がれます。
劇が始まると先刻の後悔が吹き飛びました。
はちゃめちゃなストーリー展開。
『ハハハ!何それ!ハハハ😂』
笑いっぱなしの90分。
それ以来、吉本にハマってしまいました。
ストーリーは大体同じ。
登場人物も大体同じ。
そして人物ごとにミュージックも決まっていて、登場するタイミングも同じ。
キーパーソンが登場すると、『カーッ!』と観客に向かって目をひんむいて笑いを取る。
観客も笑う場所を全部心得ていて、同じ場所で同じように笑う。
あれ、落語も同じだ。
同じ時期に落語にもハマっていて、CDをかけてよく笑っていました。
当時は文珍さんが好きでした。
なんで同じ話を聞いてこんなに笑えるんだろう。
ふと不思議になりました。
どちらにしても、観客の笑い声も収録されています。
そう言えばドリフも笑い声を収録しています。
アメリカの『奥さまは魔女』も、『ファミリータイズ』も笑い声を収録しています。
もしかして、こっちが主なのか?と思いました。
他人が笑うから私は笑うのか?
私は共感したいのだ。
自分は一人ではないと笑いを通じて実感したい。
そして同じ話を何度も聞くのは安心したいから。
茶道でも脳の欲するところは同じなのかもしれないと思いました。
年齢を重ねるにつれて人前で『ガハハ』とは笑えなくなります。恥ずかしいし美しくないから。
老化のスピードは思いのほか早く、美しくあろうと常に心掛けておかないと、美しさは簡単に減じてしまうのです。
でも人との繋がりを保っていたい。
共感したい。
静かに、美しく、美味しく、愉しく…。
一つのお点前を愉しむのも、
色んなお点前を愉しむのも、
全部あり。
その時々で生徒さまの欲するように寄り添うのが私の本当の使命なのだな…と思いました。