講師(宗夜)ブログ
●やっぱり練習あるのみですか?
先日、初炭のお稽古をしていた時に、生徒さまから掛けれれた言葉です。
管炭と割管炭を背中合わせにして火箸で持つところ。ここは本当に難しいです。
はっきりと明言できるほどのコツはありません。
それを確認するように生徒さまが仰ったのでした。
『やっぱり練習あるのみですか?』
私は嬉しく受け止めました。
『練習あるのみ』という言葉は、いま現在練習を重ねている人の口からしか出ません。
練習を重ね、ある程度の効果をすでに実感している人から出る、大人の言葉だと思います。
習うより慣れろ
という諺があります。
その通りかもしれないなと思います。
私たちは教室を運営していますから、『習いながら慣れろ』と上書きしたいところですけれども…
この諺は、日本各地に残る伝承文化とも大きく関係しているように思います。
何かを伝承して時間を過ごすことに、心の平和を得る気質が日本人にあるように思います。
土から離れて暮らしても、この精神性はそう簡単には変わらないのかもしれません。
なぜ日本各地には独自の伝承文化が生まれたのでしょうか。
土地々々には、それぞれの地を守る神様がいらして、私たちはその神様のもとで暮らしを営んでいるという考え方があります。
農に根差した考え方です。
江戸時代は260の藩があり、それぞれが独立国家でした。
農の力は、藩の力に直結します。
収穫量が国家歳入です。
その時代には、トラクターなどありません。
田植えも収穫もすべて人力が頼りです。
田植えは、村人総出の大事な作業。
一直線に、リズミカルに手早く作業を行う必要があります。植え付けが曲がると日当たりにムラができたり茎が倒れやすくなったりと収穫にも影響するからです。
リズムを取るため、気持ちを盛り上げるため、『田楽』が生まれました。
都市部に暮らす私たちには及びもつかないほど、田楽に懸ける気持ちは真剣なものであったろうと思います。
収穫した作物は、幕府に上納する分、地元民の食べる分、他の藩に売って外貨を稼ぐ分、災害時に向けて備蓄する分へと振り分けられます。
昔はダムなどなかったので、災害時への備蓄はとても大事な役割を持っていたことでしょう。
万が一、備蓄が間に合わない場合には、他の藩から輸入しなければなりません。
弱みにつけ込んで米価を釣り上げる輩も多かったそうです。
幕府から『釣り上げぬように』とお触れも出ますが、現場ではどれだけ守られたでしょうか。
甚大な被害時には、中央幕府から『お救い米』が出されます。しかし動きは遅いでしょうし、後々の政治にも影響が出るからなるべく借りは作りたくありません。
天候に左右されやすく、虫害も受けやすい、農。
何とか今年も無事に収穫を…と神へと祈りを捧げる形が神楽となりました。
季節ごとに祭りが催され、村人は互いの絆を確かめ合います。
そのような時に芸能が大きな役割を果たします。
各地の伝承文化はこのような背景で生まれました。
次世代に大切に伝えられる芸能。
そのような背景で『習うより慣れろ』という諺は生まれたのではないかと、私は想像しています。
教える世代は、次の世代に手取り足取り根気よく教えたと思います。
それなのに『習うより』という言葉から始まるのはどうしてなのだろう?
私は疑問に思いました。
『とにかく言われた通りにやってみなさい』
ということかなと思いました。
やっているうちに分かってくるから。
分かるまで続けてみなさい。
そういうことなのかな、と思いました。
教える立場になってみると、この諺に実感が伴います。
生徒さまから様々な質問が飛び出す気持ちもよく分かります。自分もそうだったから。
だけれども、物事はあまりに深すぎて、説明し切れないことも多いのです。
例えば着物では、素材によってコツが変わります。技術ひとつでは太刀打ちできません。
袷や単衣や薄物など、季節ごとにコツが変わります。
染め方、織り方によっても変わります。
紐ひとつ変えただけでも変わります。
年齢を重ねると体型が変わるので、そこで新たなコツが必要になります。
人によって骨格も筋肉の動き方も可動域も異なるので、当然コツも変わってきます。
『分からないことは聞きなさい』
私たちは学校教育でこのように教え込まれます。
子ども時代はそれでもいいかもしれない。
子どもだから仕方ない。
何もかもが初めてだから。
しかし大人になったなら、子どもの頃ままの性質を通すことには無理があると言えるでしょう。
失敗を挫折を経験し、世の中のことをようやく肌で感じられるようになった大人世代。
自分の力ではどうにもならないことがあることも事実。
一方で、努力を続ければ少しずつ良くなることがあることも現実です。
『練習あるのみ』
生徒さまの口から出たこの言葉。
生徒さまはご自身の幸せを見つけて、育てていらっしゃるのだなと思いました。
その気持ちを共有できる仲間を見つけらたこともまた幸せです。
よし庵はいつも幸せで満たされています。