講師(宗夜)ブログ

2022-11-11 19:47:00

所作(63)●言葉を超えた力

ネットワークが普及した現代では、言葉で表現する力は欠かせません。

たくさんの人に一度で情報を伝えられる言葉は便利で魅力的です。

しかし私たちは人間です。

感情で動く人間です。

よし庵茶道教室では、言葉を超えた力も大切にしています。

 

言葉を超えた力を持っている人物。

私には宗嘉しか思い浮かびません。

宗嘉のお稽古は魂の力で進みます。

言葉を超えています。

 

『はい、持って』

持つ?何を?

『はい、置く』

え?どこに?

 

ちょっと…

戸惑う。

文法が好きな私はちょっと戸惑う。

他動詞なのに目的語が抜けている。

主語がないから分かりにくい。

 

宗嘉の方を向くと、慈悲に満ちた穏やかな光をたたえた宗嘉の目と合う。

菩薩…。

戸惑いを帯びた自分の目線が空中で溶ける。

自分で考えよう。

 

戸惑う➡️溶ける➡️自分で考える

この繰り返し。

 

お稽古が終了して『出来ましたね』と声をかけられてもあまり実感がなく…。

『出来ているんでしょうか…』

ところが、二度目に同じお稽古すると自然に手が動く。そのことに自分が驚く。

 

宗嘉マジック。

 

主語がなかったり、目的語がなかったり、文法的には穴が沢山あるのだけど…。

その穴を自分の頭で考えて埋めていくから、驚くほど脳を使っていたということが分かる。

 

宗嘉が言葉について語ったことがあります。

……………………………………

僕には言葉が窮屈で仕方ない。

言いたいことが山ほどあるのに、言葉というルールに縛られて。

僕が本当に伝えたいことは言葉に乗らない。

……………………………………

そうでしょう。そうだと思います。

その気持ち理解できます。

言葉での表現は情報を限定してしまいます。

しかし人間社会はとても複雑怪奇。

限定した情報の周りには、その時採用されなかった準候補になる情報もたくさん存在しています。

 

人間は生き物です。

理屈に合わないことはたくさん存在します。

言葉の社会で生きる人間は、そういうジレンマを誰しも抱えています。

言葉を自由に操れない幼い子供がよく泣くのはそのせいかも知れません。

泣きたいのは子どもだけではありません。

大人だって泣きたい時があるでしょう。

 

言葉には限界がある。

それを知っていて言葉を使うことが大切なのかなと思います。

 

言葉に疲れたら…

美味しいものを食べたり、

綺麗なものを見たり、

良い香りを聞いたり、

 

感性の力に寄り添ってみましょう。