講師(宗夜)ブログ
所作(62)●いいんです。私はこれで。
子どもの頃から『真面目すぎて面白くない』と言われてきたのですが、大人になってもそれはちっとも変わりません。
私が面白いと感じるものは、大抵の人には面白くないようです。
通訳ガイドでの勉強会でも散々注意されました。
勉強会ではお題が出されて、それぞれ2分の英語プレゼンをします。
どんな切り口でも自由でした。
前述のブログの寺子屋は、『日本の教育』というお題が出された勉強会で発表したプレゼンを元にして書きました。
プレゼンではもっと詳しく具体的に数値を入れて発表しました。
プレゼン後に先輩ガイドからケチョンケチョンに注意されました。
『もっと楽しい話をしてよ。外国人旅行客を相手にしてるんだから。学者を相手にしてるんじゃないんだから。』
はい。そうですね。
はい。わかりました。
アドバイスありがとうございます。
うな垂れて見せながら、心の中では
(いいんです。私はこれで。)
と思っていました。
というのは、なぜか私のお客様は学者さんが多かったからなのです。
私は歴史博物館での展示ガイドだったこともありますが、それにしても高確率で学者さんに出会いました。
経済学者、地質学者、文化人類学者、脳科学者、心理学者、建築学者の卵たち…
学者さん達には、私の説明は本当に喜んでいただけました。
私は日常英会話は自信がないのですが、ガイディングでは滔々と語ることが出来ました。
練りに練ったプレゼン資料を暗記していたからです。
寺子屋の説明でも、学者さん達は具体的な数値を欲しがります。
『当時寺子屋はどれくらいあったの?』
(おっ!キタキタ…)
『明治政府が調べたところ15,000校だと言われています。ただ、実際のところはその2倍の約30,000校だったようです。人口との割合を見ると、これは現代の小中学校の普及率と殆ど変わりません。』
ほら、役に立った。勉強しておいて良かった。
私は自分が面白いと思うことしか伝えられません。どうしても自分を偽ることは出来ません。
若い頃は周りに合わせないといけないと思っていました。
ところがどうしても分からない。
疲れてしまう。
ダメだこりゃ。もういいや。素で生きよう。
そう思って『自分はこれで良い』という姿勢を貫くようになると気が楽になりました。
自分から無理に動かなくても、環境の方が生きやすいものに少しずつ変わってきたようです。
イソギンチャクみたい。
力を抜いてゆらゆらしていたら、とても気持ちがよかった。気持ちが良くなると、向こうから色々と流れてくるようになった。
そんな感じです。
これが『自信』なのかな…と思います。
他人より優れていることが自信なのではなくて。
何かが出来ることが自信なのではなくて。
自然体でいられることが自信なのかな。
だから、いいんです。私はこれで。