講師(宗夜)ブログ

2022-10-10 13:28:00

所作(45)●着付けは農業に似ている

着付けのお稽古をしていて、ふとこう思いました。着付けは農業に似ている…と。

 

最後まで仕上がってみないと分からない。

野菜が出来て、果実が出来て、あるいは家畜が育って…と出来上がってみないと分からない。

手間と時間をかけたとしても上手く育っているのか途中ではよく分からない。

途中で『失敗したな』と思っても完全なリカバリーは難しい。

着物の場合はほどき直して最初から行う必要がある。農業ではそれも難しい。

着物も、一回ほどくと生地にシワが寄り、きちんと感は失われる。

 

失敗した時の原因も分かりづらい。

天候や土壌のせいなのか、それとも水やり技術のせいか。

着物の場合は、手の位置がほんの数mmズレただけでも着姿が変わる。

いつも人差し指で行うところを、間違って中指に変えただけでも変わる。

あー!もう!

時間がない時に限って失敗する。

イライラすると、呼吸が乱れて余計な動きが出るのでアウト。

だけど最初はどうしてもイライラする。

 

『全部言われた通りにやっているのに出来ない』以前、お稽古でよく生徒様から言われました。

そうなんですよね…。最初は出来ないのです。

その気持ち本当によく分かります。

着付けは肉体労働。

一回着るだけでエネルギーを大量消費します。

こんなに一生懸命やったのに、

こんなに疲れたのに、

綺麗じゃない…。もう、いやだ。

泣きたくなりますよね。

 

お稽古中、私は生徒様と同じように手を動かします。

同じ時間に着付けの仕方をアナウンスしながら、

これはこうで、これはこうで…、

とお稽古を行います。

ふと気付くと、生徒様の衣紋は詰まり、襟元が開いています。

それを見越して深めに衣紋を抜き、襟元を詰めて着付けるのですが、それでも着物が前に進んでしまいます。

私との着崩れの差は重心の差です。

私の重心は常に背骨にあり、前後左右に動きません。生徒様は首や体幹が前後左右に動きがち。

 

『ではここで背中のシワを伸ばしましょう』

とアナウンスすると、体をひねって背中を見てしまいます。

『胸紐の上のたるみを伸ばしましょう』

と言うと、首を下に向けてその箇所を見てしまいます。

『よく出来ましたね』

と言うと、大きく頷いてしまいます。

 

このようなちょっとした日常の仕草が、実は着崩れや新たなシワを起こしてしまいます。

洋装であれば失礼でも何でもない日常の仕草なのですが、和装の世界では許されないようです。

許してくれないのは人間ではなく、和装そのものです。

和装の世界では、人間よりも和服そのものが偉いのです。和服を綺麗に見せることが大事。

着心地は二の次です。

本当に大変。でもやっぱり素敵。

美しい着物を、自分で美しく着付けられるとオーラが育ちます。他人に着付けてもらっているうちはオーラ出ません。

自分で着るからオーラが出るのです。

また、人混みの中で和装はとにかく目立ちます。

そうすると、この装いに相応しい自分でいようという意識が働きます。

 

美しい歩き方、立ち方、手の動き、首の動き、話し方。

大きくて素早い動きは着崩れを起こすから、ゆっくりとたおやかに。

このようなことを一つ一つ気をつけているうちに、着付け中の大きな動きも自然と減っていきます。目視以外の体の感覚が鋭くなるからです。

 

生まれ持った美しさに代わる、大人女性の魅力。

本当の魅力は外見そのものではなく、磨き続けようとする心意気かもしれません。

作物を育てるように時間をかけて少しずつ。