講師(宗夜)ブログ
所作(24)●私の心を支える言葉②
《勝たんとして打つべからず。負けじとして打つべきなり。一目なりともおそく負くべき手につくべし。》
徒然草 第百十段より
吉田兼好が双六の名人に勝つ方法を尋ねたところ、このような答えを受けたとのことです。
『勝とうとして打つな。負けまいとして打て』
『一目でもおそく負ける手を選べ』
本当にその通りだと思います。
勝とうとすると、つい奇抜な策が浮かびます。
ところが、負けまいとすると一気に現実的になるものです。
負けまいという思いには、目の前に相手がいる感じがします。それが現実感を生みます。
相手の力量と特徴を瞬時に掴み、出方を予測し、策を巡らせる。
予測が外れたらすぐさま次の策を組み直す。
一手一手の攻防戦は、今実際に目の前で起こっていることで、身も心も一体となって勝負に向き合い集中している様子が伺えます。
それと比べると『勝とう』という言葉には漠然としていて、やや浮わついたような幼さを感じます。
現代では『勝ちに行く』というキャッチコピーをよく見かけます。
主にスポーツのポスターや受験期の塾の広告などに用いられています。
確かに勇ましい感じがします。
『負けるな』というコピーでは、パッと一目見たときに『負け』を連想させてしまい、ネガティヴイメージを与えるからかも知れません。
しかし、兼好の生きた中世の時代はどうだったでしょう?絶えず紛争が起きていた時代。
人権という概念すらありません。
常に命懸けです。
負けることもあります。
負けることも視野に入れながら、いかに最悪の負け方を回避するかまで考え抜く必要があります。
『たかが双六でしょ?』
と思われるかも知れません。
ところが現代の単なるボードゲームとは意味合いが異なります。戦(いくさ)の現場で活用できる頭脳戦の訓練でもあります。
戦の現場で、攻める方と守る方、どちらが強いか?
強いのは守る方だと言われています。
歴史学者によると、守る方が心理的に有利であり、かなりの確率で攻め込む戦よりも、籠城(ろうじょう)する戦のほうが勝っているとのことでした。
攻める側は敵地(アウェー)に赴いていることもあり、リラックス出来ず、早く終わらせたいという本音がある。
兵站(へいたん:食糧や軍備の補給)が滞りなく届くかどうかの心配もある。
守る方は『相手は侵略者だ』という共通の思いがあるため、仲間が結束しやすい。
平民と手を携えればかなりの軍力になる。
水源の確保ができていたり、食糧や武器を十分に用意していれば、戦にどれだけの期間を掛けられるか把握することができる。
つまり計画的に戦うことができる。
なるほどなぁ、と思いました。
攻める方、挑戦者とも言えるかもしれませんが、こちらのやる気を持続させるのは、かなり難しいようです。
『やってやるぞ!』という気持ちは火花のように一瞬パッと燃え上がります。
勢いは良いけれども、長く続かないのです。
『負けまい』という考え方。
私には大人の生き方そのもののように思えてきます。
若い頃のように無茶はできない。
体力や財産を失うわけにはいかない。
時間も限られていることが分かっている。
今あるものを温存しつつ、次なる手を考えて現実的に動く。
これこそ大人の知恵だと思います。
いま現在、自分の持っている物の価値を十分に理解した上で、その延長線上に未来を築く。
カッコいい…
まだまだ行けます、私たち。
いえいえむしろ、これからが面白い。
さぁ、私たちと一緒に素敵な大人の生き方を探りましょう。
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