講師(宗夜)ブログ
●茶道のお辞儀 腰は低いがペコペコしない
お辞儀という所作。
ここに武士の魂が込められているように思えてなりません。
相手に礼を尽くす
腰は低い
しかし頭は垂れずペコペコしない
相手を立てる
同時に自分も立てる
だから信頼される。
真のお辞儀
行のお辞儀
草のお辞儀
いずれも腰から折るように心掛けます。
それぞれに相応しい角度や速度などがあります。
どの場面でどのお辞儀をするのか。
また、中級に上がった折の襖の開け閉めの手をつく所作と、何がどう違うのか。
よし庵では説明をしながら細かく指導しております。
腰を折り、ピタッと一瞬止まるこの所作。
身体の小さい日本人が、西洋諸国の人々と渡り合えたのは、この所作のおかげではないかと、最近思うようになりました。
所作の背後に見え隠れする武士道精神のおかげではないかと。
歴史の研究がどんどん進み、幕末の西洋諸国との交渉も『あの時点でよくまとめた』と、再評価される動きがあります。
1853年 黒船来航
小・中学校の歴史の授業では
『江戸幕府は慌てふためいた』
と習いましたが、実はそうとも言えないとのこと。
日本側は事前に情報を掴み、前もってかなりの用意をしていたことが明らかになりました。
。。。。。。。。
・アメリカから4艘の軍艦が江戸湾に訪れることと、その時期
・2艘目にペリー総督が乗船していること
・乗組員の大体の人数
。。。。。。。。
軍艦が現れるやパッと数百隻の小舟で囲み、2艘目に通詞と役人が近づいて総督に今回訪問の目的を尋ねたそうです。
しかし事前に情報を掴んでいたとはいえ、大砲を持つ巨大な黒船を目の前にして当時の日本人は相当な恐怖心を抱いたことでしょう。
江戸時代は大型船の建造を禁止されていたので国内用の船は商船ばかり。
日本の船は20〜30m
黒船は70〜80m
その大船が、航行の難しい江戸湾に易々と入ってくる。
三浦半島と房総半島に挟まれた
浦賀水道の一番狭いところ
約6.5km。
狭い分、潮の流れが早く、月との遠近や満干によって航行できる日数と時間帯は限られます。
海底は浅めで、陸地に近いところでは水深約20mだとか…。
一歩間違えれば大船も木っ端微塵です。
相手国は、一体どれほどこちらの情報を掴んでいるのか。
お互いの一挙手一投足に集中し、相手の出方を見ながら言葉を選んでいったことでしょう。
所作というのは、このような時に言葉以上に雄弁であるように思います。
無礼であったり不躾であったりすれば、文化力の低さを見せつけることになり、自国が窮地に陥る可能性もあります。
現代の個人であってもそれは同じこと。
所作を整えるということは、誰かと勝負するためでも優位に立つためでもないのですが…
ただお辞儀という所作ひとつにも自分そのものが表に現れます。
日ごろから整えておくことで、ある意味自分を守ることも出来るかもしれません。
茶道はお辞儀を通じてそのような現実を教えてくれるように思います。