講師(宗夜)ブログ
●あな雅び…の光と影
趣味で古今和歌集を読み込んで3ヶ月目となりました。
1月は高野切第一種
2月は 〃 第二種
3月は 〃 第三種
本来、古今和歌集には1100首の和歌が収められています。
ですが長い年月を経て、上記の本には切れ切れでまばら、所有者も様々であるものを集められるだけ集めてテキスト化されているのでした。
第一種と第二種にまとめられている和歌は、花鳥名月を愛でた美しいものでした。
梅、鶯、桜、紅葉、月…
仮名文字を追って、
現代語訳で頷いて、
もう一度仮名文字で味わう。
小さな机の上なのに旅にでも出ているような満足感。
玉手箱を紐解くような気持ちになります。
『本当のところは生きるのが大変だったから、敢えて綺麗なものを国宝にして遺したかったのだろう』
と宗嘉教授。
天災、疫病、そして謀略。
確かに
少しも気が安まりません。
第三種を読み出すと、第一種・第二種とは異なる風景が広がりました。
つらい…、悲しい…
気落ちした和歌に多く出会うようになりました。
世の中はなんて辛いんだ。
もう山に籠ってしまいたい。
涙に暮れ、不運を嘆く
そんな意の和歌を多く目にします。
でも不思議。
実際のところは悲惨だったのかもしれませんが、和歌になると穢れが薄れる。
。。。。。。。。。。
よのなかは
夢かうつつか
うつつとも
夢とも知らず
ありてなければ
世の中は
夢か現実か
現実とも夢とも分からない
存在していて存在していないのだから
(第942首)
。。。。。。。。。。
現実と認められないくらいにつらい事に直面したのでしょうか。
生と死が近い時代。
末法思想の影響か『無空無絶』にも似ています。
やまと言葉の三十一音になると幻想的で美しい。
つらさが何処かに去ってしまうようです。
雅びには光も影も…
影にさえ美を持たせんとする
ここにも何か大きな意図があるのではないだろうか…。
やはり心奪われてしまうのでした。