講師(宗夜)ブログ
●千年前のラブレター
2026年🐎午年になってから
本腰を入れて和歌と仮名に向き合っています。
きっかけは、本が手に入りにくい現状を知ったことでした。
書の勉強には古典のテキストが欠かせません。
数年前から二玄社という書道の出版社の本を集めていました。
最初のうちは気の向いた時に一冊ずつぼちぼちと買っていました。
そのうちに仮名の面白さに気付き、数冊まとめて購入するようになりました。
ところが…
たった数年のうちでも、本が減ってきて買いづらくなりました。
新品が出回っていない様子。
もともとの発行部数も少ないようですが、どうやら新規発行が止まったようです。
値段も高くなり中古でさえ貴重な存在になりました。
古典文学の本も減ってきました。
仮名の勉強を進めるには、古典の学びも必要なため、大学受験用の三省堂の古典参考書も買い進めていたのですが、こちらも手に入れるのに大変苦労しました。
昔、中学生のころ…
本屋さんの参考書の棚にズラ〜っと並んでいた三省堂の古典の参考書。
これらを見た時
うわぁ〜。
勉強いやだぁー!
と思ったのですが…
今は同じ棚に漫画がズラ〜っと並んでいます。
漫画が悪いわけではないです。
でも…
何か掛け替えのない、とても大事なものを失ったような、焦りに似た感情が湧いてくるのでした。
あの頃は古典が嫌いだったけれど
逃げ回っていたけれど
ずっと同じところに居続けてくれると思っていたのでした。
いつ見てもずっと同じところに居てくれると思って安心していたから嫌がって逃げていたのに…
もう居ないのかぁ…
仮名にしろ古典にしろ
かつてはこの国の柱となり光り輝いていた文化が、音も立てずにひっそりと消えようとしている姿に、熟年期を迎えたいまは心が締め付けられる思いです。
仮名と古典の素晴らしさ。
ぐるりと一周まわって帰ってきてようやく気付きました。
この出会いを今こそ大切に。
何とか習得していきたい。
そんな気持ちに応えてくれるかのような文言を古今和歌集に見つけました。
。。。。。。。。。。
あたらしき
としのはじめに
かくしこそ
ちとせをかねて
たのしきをつめ
(高野切第一種より)
新しい年の初めに
このようにして
千年もの未来を先取りして
楽しみを積み重ねるのだ
。。。。。。。。。。
ふんわりとした優しい和歌の響き。
『たのしきをつめ』
に参ってしまいました💘
千年後も、我々の子孫は当然のように楽しんでいるのだ。
私たちはそれを確信していて、先取りして愉しむのだ。
千年後を生きる人々よ。
あなた方も飽かずに愉しみを積むのだよ。
いいね、いいね。
まるで千年前からのラブレターのよう。
教養とか学びとか価値とか
そういうものとはちょっと違う。
仮名や古典から私が得ているのは
生きる勇気です。
見守ってくれているみたい。
肉筆からは確かに過去に存在した、人物の気配が立ち上がります。
宝とは、本当はこういうものかもしれません。
