講師(宗夜)ブログ
●仮名から感じる音
仮名の練習をしていると、文字を追っているのに音が聞こえてくるような不思議な気分になることがあります。
文字と音が一体化しているような感じです。
さらさらとした速めの筆
ぬるぬるとしたゆっくりめの筆
シュッシュッとしたスピード感に溢れた筆
など様々あり、筆に乗る音も様々です。
それにしても和様の書も個性豊か。
これが本当に同じ和歌なのかと思うほど。
・漢字の用い方
・仮名文字の選び方
・字軸のずらし方
・連綿(れんめん)・太細(たさい)の付け方
・行全体の揺らし方
・墨の濃淡や潤渇の付け方
などなど。
書き手によってかなり異なります。
書かれた時代が異なるので、美意識が異なるのは無理もないかもしれません。
手元にある歌集で比べてみると…
・関戸本古今集
・元永本古今集
どちらも古今和歌集の198首め
(巻第四 秋歌上 詠み人知らず)
。。。。。。。。。。。
あきはぎも
いろづきぬれば
きりぎりす
わがねぬごとや
よるはかなしき
(秋萩も色付きコオロギが鳴いている。我が身と同じように悲しくてねむれないのだろうか)
。。。。。。。。。。。
・関戸本の選字
あきはぎ(支)も(裳)
いろづきぬれば(者)
き(支)り(利)ゞゞす(春)
わが(可)ねぬごとや
よるはか(可)な(那)しき(支)
・元永本の選字
あ(悪)き(支)はきも
いろつきぬれば(者)
きり(利)〜す(須)
わが(可)ねぬごとや
よるはか(可)なしき(支)
関戸本は藤原行成の筆と伝わり、その通りだとすると1000年ごろになるようです。ただし確証はなく、いまも研究が進められているとのこと。
元永本は源俊頼の筆と伝わり、年号から名付けられていて中には編纂年も明記されているので1120年とされています。
それぞれに趣があって、
それぞれの薫りがあって、
とても素敵。
この違いはどこから生まれてくるのだろう。
『音』なのではないだろうか。
筆を滑らせている書き手も、音を感じて、その人物が捕らえた音を書に表したのではないだろうか?
一つ一つの作品が楽譜だったりしないだろうか。
それはどんな音だったのだろう。
想像を巡らせ…
訡詠かな?
最初はそう思って動画を覗いてみました。
張りのある声で詠んでおられる。
修練を必要とする素晴らしい技であります。
しかし仮名の趣とはどうも違うような…
種類の異なる美しさに思えました。
訡詠には仮名から離れた、訡詠ならではの一つの独立した世界観が形成されている。
そんな風に感じました。
では人の声でないとしたら…
雅楽…?
古今和歌集編纂の勅命が下されたのが延喜五年(905年)醍醐天皇の時代。
同じくこの時代に雅楽も盛んになり、醍醐天皇ご自身も和楽器の名手だったとか。
雅楽の楽曲も楽器も、作られた当時から変わっていないという。
この時代の薫りを何とかして後世に伝えたい。
物は腐る。人も死ぬ。
ではどうしたら伝えられるか。
書に込めてみよう。
雅楽に込めてみよう。
そんな想いがあったのではないかなぁ。
私の勝手な思い込みですけれども、仮名の雰囲気と雅楽の雰囲気は響き合うように感じました。
最近は雅楽を流しながら書の練習を行っています。
書き手によって好きな楽曲が違うので、同じ和歌であっても違いが生まれたのかなぁ、などと想像しています。
和歌も仮名も雅楽も、独特で神秘的。
よくぞ21世紀まで守ってくださった。
携わる全ての方々に感謝の気持ちが湧いてきます。

