講師(宗夜)ブログ
●する?しない?贈り物
茶道を始めたてのころ
ママ友たちから
『そういう伝統文化ってお歳暮・お中元が大変なんでしょ?』
と聞かれました。
しきたりに疎かった私は
え?そうなの!∑(゚Д゚))
と慌てふためきました。
当時の社中の先輩にお聞きすると
『うちの先生はしなくて良いのよ。却って嫌な顔されるわよ。』
というお答えでした。
そう言いながらも、みんなでお金を出し合って何か贈ろうということになり、結局お渡しすると
(困ったなぁ。だけどここで嫌な顔をするにもいかないから笑っておこう)
という実に複雑な笑顔で、
しかし声はとても優しく、
『まぁ、ありがとう』
と受け取られました。
新米主婦のころには
『とにかく贈れば良いのだろう』
と思っていました。
贈らないことでお相手から非常識だと思われることに恐怖心すら抱いていました。
これが大人社会のルール。
早くルールを身につけねば!
と焦っていました。
ところが後日、その何倍もするであろう高価なお返しをいただき、
『しまった!』と
あの複雑な表情に合点がいったのでした。
ある時、合同の大きなお茶会で裏方をすることになりました。
お客様がお越しになる度ごとに箱入りの大きなお菓子が部屋の隅に沢山積まれていきました。
『この度はお茶会開催おめでとうございます。つまらないものですが、こちらを皆さまで…』
と受け取って積まれていたお菓子でした。
お茶会が滞りなく終わり、やれやれと思ったところで、例の箱入りお菓子を一旦全部出して、今度は1人ずつ用の袋へ詰め替え作業。
万遍なく均一に。
はい一個、一個…。
そして最後に皆んなで持ち帰るのでした。
一見無駄に思える作業ですが…
大きなお茶会では見知らぬ人たちと業務をこなすことも多く、最後のお菓子詰めが案外と大事な潤滑油だったりするのでした。
詰めながら
『ああでもない、こうでもない』
とまた会話が生まれるのでした。
ただ…
持ち帰って家で改めて眺めると…
それなりに高価なお菓子ではありますが…
『茶道…。』
力なく呟いてそれらの袋菓子を虚ろな目で眺めてしまう自分がいました。
いま、よし庵で講師の仕事をしている私には、茶事でも茶会でも宗嘉先生のお料理とお菓子を皆様の一番の楽しみにしていただきたいという心のみがございます。
美味しく
楽しく
ホッとしながら
安心しながら
お喋りしながら
お料理をいただいて
『ああ、いいお出汁』
『椀物です』
『焼物です』
『強肴です』
千鳥の盃
その後に縁高での季節の和菓子
黒い漆に映える鮮やかな和菓子
ああ、そうか。もう晩秋…
庭先で一休み
乾いた空気に青い空
雀がいてカラスがいて
季節の移り変わりに
ほんの少しの寂しさ
銅鑼が鳴って
身を屈めて改めて茶室ににじると
甘い匂い
お香…
先生のお点前が始まる
静かで清らかな空気を吸って
先ほどの庭の空気も思い出されて
茶室なのに自然を感じる
茶室なのに宇宙を感じる
湯が茶碗に注がれる
コポコポコポ…
シャシャシャ…
綺麗な緑色
苦くてあまい
茶
『わたしは間違いなく茶道をしている』
茶事・茶会を終えた時、皆さまをそのような満足感でいっぱいにしたい。
私どもよし庵においては、
贈り物よりも、何よりも、
お稽古や行事に足をお運びいただくことが一番の喜びなのでございます。
限りある生に
儚き時の尊さを知る