講師(宗夜)ブログ

2025-10-20 16:43:00

●やまとたましひ

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やまとたましひを

よくかためおきて…

 

大和魂を

強く持ってから…

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大和魂

混乱著しい政情を打破すべく立ち上がった新進政治家のスローガン

 

いえいえ、現代のことではなく。

今から200年前の国学者・本居宣長の文章の抜粋です。

ちょうど『べらぼう』蔦重が活躍した辺りに書かれたもの。

本居宣長の著作『うひ山ぶみ』

(寛永十年 1798年)から抜粋しました。

 

この文章の前に

『からぶみを見るには』

という句があります。

 

からぶみ(漢文:中国の書物)を読むときには

という意味の句です。

 

このあとにも

『外国(基本的に中国)に影響されすぎないように』

と何度も何度も注意が続きます。

 

いったいどういうことか…

ヒントは書道史の学びの中にありました。

鎖国下の江戸時代

空前の中国書道ブームが起きていたそうです。

幕府の儒学政策と黄檗宗(おうばくしゅう:明朝様式の禅宗)の保護による結果、たくさんの僧と書物がもたらされました。

文徴明(ぶんちょうめい)などの明代の書家が市民に好まれたと言われています。

日本文化に与えた影響の大きさが伺えます。

黄檗宗の特徴は、

・普茶料理(ふちゃりょうり)

・煎茶

・唐音(とうおん:中国読み)の読経

・明朝様式の伽藍

などだそうです。

 

食べ応えのある彩り豊かな美味しい精進料理

日本語に変換される前の唐音の読経

幕府による中国化が中央から推し進められていく。

これは怖い…

もともと日本にあった仏教宗派や知識層には、存在意義を根幹から揺らがされるようなとてつもない脅威であったことでしょう。

 

本居宣長が影響を受けた国学者の契沖(けいちゅう)も真言宗の僧でした。

 

世の流れは変えられないが、せめて日本人としてのアイデンティティは確立せねば、という覚悟の表れでしょうか。

 

日本は文字を持つ文化が遅れたためか、法制度の確立も遅れ、古代において全ての書物に漢語が用いられていました。

学問=漢学

という構図が古くから定着し、江戸時代においてもその考えが続いていました。

日本独自の学問は『和学:わがく』と呼ばれ、まるでどこかよその国の学問のように扱われていたといいます。

本居宣長はこれを変えたい・変えねばならないと何度も訴えていました。

日本人が自国の文化や学問を蔑むようなことがあってはならない。

言葉に澱みがなく巧みであると、いかにも頭が良さそうに見えるだろう。

だが本当にそうだろうか?

私たちの求める智はもっと別なところにあるのではないか。

と唱えています。

 

その通りだと私も思います。

確かに土台作りには大陸の制度を参考にしたかもしれないけれども、その後に独自のものを作り上げたではないか

立派ではないか

それでいいではないか

 

と私個人は思うけれども

なぜだか日本人は自国を卑下することが癖になっているようです。

本居宣長が言うには1000年も前からだとのこと。

 

驚きです。

日本人の劣等感は思った以上に根深いものでした。

 

それを克服するためには

『学びしかない』

と宣長は説いています。

古事記、日本書紀、万葉集、日本後紀、続日本後紀、古今集、新古今集、源氏物語、伊勢物語…

などを学べと。

 

全然学んでいなかったなぁ…

耳が痛いです。

 

ある一節に涙が出そうになりました。

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まづ人として、

人の道はいかなるものぞといふことを、しらで有べきにあらず。

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さて道を学ぶにつきては、

天地の間にわたりて

殊にすぐれたる、

まことの道の伝われる

御国に生まれ来つるは、

幸とも幸なれば

いかに此たふとき皇国の道を学ぶべきは勿論のこと也

 

《現代語訳》

まず人として

人の道とはどのようなものかということを知らずにいてはならない。

〜〜〜〜〜〜

さて道を学ぶについては

この天地で

特に優れた真の道が伝わっているのは日本である。

日本に生まれたことは、

とても幸せなことであり、

いかにしてもこの尊い皇国の道を学ぶことは当然のことである。

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ああ、この人は日本が好きなんだなぁ。

好きということが何よりも尊く思われ、心が動かされます。

 

大人になってからの学び

味わって進みたいと思いました。