講師(宗夜)ブログ

2025-08-10 19:14:00

●戦後のあんぱん

なんか…最近の『あんぱん』

つまらなくなっちゃったなぁ…

つい思ってしまいます。

『虎に翼』も『ブギウギ』も同じでした。

戦後になったところで、私にはあんまり面白く感じなくなってしまいました。

 

話の筋が悪いわけではありません。

ただ、目に入る映像に魅力を感じないのでした。

 

登場人物の服装、髪型、建物、食べ物、住まい方…

『そうかぁ。この頃はこんな感じだったんだなぁ…』

生活を立て直そうとする戦後の人々は必死で、昔を振り返ったり懐かしんだりする余裕などなかったろうと思います。

所得倍増計画とかモーレツ社員とか言われていたあたりでしょうか。

多くの人のひたむきな努力のお陰で今日があるのだから、感謝をしなければと思います。

 

でも

2025年を生きる者からすると、失われた文化の大きさにも溜息が出るのでした。

 

のぶの子ども時代を彩った、あの大きな家。

スタジオのセットだけれど、板間の大きな家は素敵でした。

 

三和土(たたき)があって広間に続いて、

広間の高いところには神棚があって、何かというと手をパンパンと叩いて神様にお願いをする。

ご飯は家族みんなで食べる。

ご飯は玄米か分付き米のよう。

あとはお味噌汁に漬物に焼き魚でしょうか。

きちんと正座をして、

一人一人に箱膳があって、

食べ終わったら箱に戻して台所に持っていく。

台所は三和土(たたき)仕上げの土間。

この土間だけでも広い空間。

女性は手拭いでほっかむりをして家事に勤しむ。

ほっかむりをすれば自然と伏目がちになり、鼻と口がちょこんと覗きます。

黙々と目の前の仕事に集中する姿は、何とも言えない大人女性の色っぽさが滲みます。

現代の解放され過ぎた性表現に比べると、実に健康的で新鮮です。

 

だけどここ最近のあんぱんでは

7:3分けの嵩の髪型。

パーマネントでクルクルした、のぶの髪型。

ぎこちない洋服。

都内の小さな住まいには神棚は見当たらず。

息せき切って毎日を目まぐるしく送る二人の男女からは、互いへの愛情もあまり感じられず…

 

喫茶店では小さなテーブルを肩を寄せるようにして無理して数人で囲み、サンドウィッチをポイポイつまんで口に運び、コーヒーにカレーにナポリタン。

あれ?お箸どこ行った?

 

そしていつか高知の母親を東京に呼び寄せるという。

ということは、あの大きな家を手放すのか…

当時は土地や家の相続規制が非常に厳しかったそうだから無理もないか…

手放した後には土地が平たくされて分譲地になるんだろうなぁ…

こうやって私たちは文化を失っていったんだなぁ…

 

などと、つい考えを巡らせてしまうのでした。

 

そう言えば

私が10歳まで住んでいた家の前にも大邸宅がありました。

当時のピアノの先生のお宅でした。

本当に立派なお家でした。

家の周りは高価な大谷石がぐるりと囲んでいました。

門柱から玄関までの飛び石も素敵で、長方形の切石が不規則に並んで続いていました。

20mはあったよう思います。

お庭も広くて運動会ができそうでした。

池には鯉が泳いでいて、

桜や桃や楓の木があって、

蔵もあって。

蔵には手作り味噌の樽とか、梅干しの樽とかがあって。

ある時、そのお家の同い年のお坊っちゃんが蔵に連れていってくれて、『今は味噌が舐め時だ』などと言って手作り味噌をこっそり舐めさせてくれたのでした。

 

あの大きなお家には、確かに文化がありました。

文化を持つ人物はお金を掛ける時と場所を心得ておられて、お庭やお家はいつもいつも綺麗に保たれていました。

ご近所中が認めるお金持ちで、ここまで差があると嫉妬心はなく、成功者として一目置かれる存在なのでした。

 

しかし、持ち主のお祖父様が亡くなると手放さざるを得ず、ピアノの先生はその後に狭小地とも言えるマンションに引っ越されました。

 

高校生くらいになって、分譲地となった土地を目にした時、何とも言えない寂しい気持ちを味わいました。

幼いながらも

『文化ってなんだろう』

と思ったのでした。

 

慌ただしい暮らしをしていると、文化とか美意識とかに目が行かなくなります。

ところが文化や美意識は、幸せに欠かせないものなのでした。

 

まぁしかし嘆いても仕方ない。

気付いたところからがスタート。

これから自分が幸せになるための文化と美意識を自分なりに創り上げていけばいい。

幸せで満足感を得た人が、一人また一人と増えれば、それも新しい文化の形になるでしょう。

 

未来志向の文化施設よし庵。

まだまだ引き出しはありますよー!

どうぞお楽しみに❣️