一言法話
10.境と心
「割れ窓理論」をご存じでしょうか。
これはアメリカの犯罪学者ジョージ・ケリング博士によって提唱されたもので、「1枚の割れたガラスを放置すると、いずれ街全体が荒れて、犯罪が増加してしまう」という理論です。 逆にいえば,公園や地域の清掃活、落書きの消去作業などにより、身のまわりの小さな乱れに早く対応すれば、将来発生し得る犯罪を未然に防ぐ効果があるといえるわけです。
確かに雑然とした環境の中にいると心は乱れ、知らず知らずに自分自身の行いも乱雑になり環境は更に悪化していくでしょう。まさに悪循環です。逆にきれいに整った環境の中では心も清々しくなり、結果、まわりを取り巻く環境は更に良いものとなっていくでしょう。こうなれば好循環、このような心と環境が整った生活ができることが理想ですね。
お大師さまの詩、碑銘、上表文等を弟子の真済が集成した『性霊集』という書物の中にこのような文章があります。
「それ境は心に随いて変ず 心垢れるときは則ち境濁る 心は境を逐いて移る 境閑かなるときは心朗らかなり 心境冥会して 道徳玄存す」
(そもそも、環境は心にしたがって変わるものである。心が汚れていれば環境は濁るし、その環境によってまた、心も移り行くことになる。静かな環境に入り、そこに身を置けば心も清らかである。そして、心と環境が合致し、互いが無心にひびき合うことができれば、万物の根源となる"自然の道理"とそのはたらきである"知"が自ずと発揮される。そこに悟りがあるのだ)
お大師さまは仏さまの座する蓮華の形にも似た山々に囲まれる標高800mの高野山を自らの、そして弟子たちの修行道場として選ばれました。まさに心を清らかに保つ最高の環境にある聖地が高野山といえるわけです。
私たちの日頃の生活を顧みてみると「心境冥会して 道徳玄存す」(こころと環境が合致し、互いが無心にひびき合うことができれば、万物の根源となる"自然の道理"とそのはたらきである"知"が自ずと発揮される)のようにはなかなかいきませんが、そこを目指し、密接に結びついている自分自身の「心」と、それを取り巻く「環境」を整えることに、まずは目を向け、日々の暮らしを送りたいものです。
9.命穀供養
今年は今日(2月2日)が節分、明日(2月3日)が立春となります。例年は2月3日が節分、立春が2月4日ですが、今年はなぜか1日ずれました。(なぜそうなるのか興味のある方は国立天文台のサイト等でお調べください)。ちなみに節分が2月2日になるのは明治30年(1897)以来124年ぶりとのことです。
日光院では例年の立春の日、2月4日に星祭りを行っています。今年もいつも通り2月4日午後2時より執り行います。真言宗では節分、立春の頃に当り星(九曜星)に供養して次の立春までの一年間の除災招福を祈念する法要を「星祭り」といいます。
日光院の星祭りはお参りいただいた方それぞれに「命穀供養」をしていただいております。「命穀供養」とは、それぞれの当たり星(九曜星)に命穀(大豆、粟、稲、麦、胡麻、小豆のうちのいずれか)を供養して除災招福を祈念することです。どの穀物を供養するのかは、その方の生まれ年(本命星)より決まります。本命星はあの有名な北斗七星のいずれかの星に配置されます。生まれ年の干支からご自身の命穀を下記の表でご確認ください。命穀を供養する星がご自身の九曜星になります。ご自身の九曜星は前回の一言法話(星祭り)をご覧になりご確認ください。
少しわかりづらいかと思いますが、2月4日当日に、ご自身の命穀、九曜星が何にあたるのか、ご供養の仕方等詳しくご説明いたしますので、どうぞ除災招福を当院にて一緒に祈念いたしましょう。
8.星祭り
新しい年が始まり、今年は特によい年になりますように、との願いを強く持たれる方が多いでしょう。昔から、人は空の星々の動きが天変地異や個人の運勢に関係していると考えてきました。若い女性に人気の西洋占星術はそれを発展させたものですが、真言密教にも東洋のホロスコープといえる考え方があります。お大師さまが中国(唐)から持ち帰った「宿曜経」(すくようきょう)正式名は『文殊師利菩薩及諸仙所説吉凶時日善悪宿曜経』、インドから伝わった暦学と占星法のお経です。ここには人間は天上の星の運行によって運勢が決まると説かれています。
日光院では、毎年2月4日に「星祭り」を行っていますが、この「星祭り」はまさに星に願いをこめ、災いを遠ざけ人の幸せを祈る法要です。星祭りの「星」とは九つの星「羅睺星、土曜星、水曜星、金曜星、日曜星、火曜星、計都星、月曜星、木曜星」のことで、これを「九曜星」といいます。この「星」は一年ごと順に巡り、毎年の運勢は年齢に応じて順々に移り変わるとされます。
昔から特に慎重にすごすべき年と言われてきた「厄年」は男女ともに61歳(昭和36年生まれ)と男性は25歳、42歳、女性は19歳、33歳、37歳となっています。それらすべての歳は九曜星の凶をあらわす●となります。この場合、年齢は必ず数え年で、しかも生まれた日を旧暦でみます。明治5年12月3日を「明治6年1月1日」と定めて以降今の太陽暦に改められましたが、宿曜経は旧暦に則った考え方だからです。1月、2月生まれの方は旧暦でみると、前の年生まれということになる場合があります。なお皆様の旧暦での年齢、並びに数え年はお寺の方で生年月日からお調べいたします。
このご時世ですので、今年の「星祭り」は命穀供養(次回の一言法話にてご説明します)と、ご焼香をしていただいた後は、なるべく本堂には留まらないようお願いいたします。お申し込みいただいたお札(紙札千円 木札三千円)は後日、お寺又は寺茶房に取りに来ていただくか、月参りの時にお持ちするか、郵送いたします。毎年恒例の豆まきも今年は中止といたします。
下記の九曜星の表をご覧いただき、黒丸に当たっている方、特に「厄年」の方はご注意いただき、そうでない方も今年一年、難を避け幸いが増すよう共に祈りましょう。
7.春に遇いて
昨年の暮れから年始にかけ、厳しい寒さが続いております。
お大師さまは『三昧耶戒序』という書物の中で「冬の凍 春に遇いて 即ちそそぎ流る」とおっしゃっています。冬の寒さで固まった凍りも暖かな春の日差しという縁に遇ったならば、すぐさまそそぎ流れ出すだろう、と。
延暦23年(804年)、お大師さまは31歳で遣唐使船に乗り、唐(中国)に渡りました。世界中の文化や思想が集まる、唐の都長安で半年間、語学や様々な宗教等学んだ後、密教の根本道場である青龍寺の門をたたきました。偉大な密教僧恵果阿闍梨は、即座にお大師さまの機根を見抜かれ「あなたが来ることはわかっていた。私は全てを授ける」と言いました。お大師さまはわずか3カ月で密教の全てを体得。密教の正統な継承者となったお大師さまは、恵果阿闍梨から日本にすぐに帰って布教に努めるよう告げられます。師の言葉を受け、本来20年間滞在しなければならない留学僧という立場で唐に渡ったお大師さまは、2年で帰国。無断帰国の罪から入京の許しが出ず、3年間九州の大宰府で足止めされることなります。その後、上京を許され、後に高野山を開創し、真言密教の教えを弘められたのです。
お大師さまのような方であっても、順風満帆に物事が進んだわけでありません。しかし、上京が許されなかったその3年間に真言密教の教えを体系化し、密教図像を制作するなど、着々と真言密教の教えを弘める準備をされていたといいます。
冬の寒さとともに様々な制限が課される今、その中で自らが出来得ることに徹し、必ず来たる春の暖かさを待ちましょう。
6.いまここにある命
明けましておめでとうございます。
今までにない状況の中、今年のお正月は外出を控え、自宅でゆっくりと過ごされている方が多いのではないかと思います。
今年は丑年ですが、吉田兼好が作者とされる『徒然草』に「牛」が出てくるこのような話があります。
ある人が言った。「牛を売りたいという人がいた。その牛を買いたいという人が、明日、金と引き換えに牛を引き取ると言った。ところが、急にその牛が夜の間に死んでしまったそうだ」その話を聞いていた人達が「それじゃあ、買わずに済んだ買い手は得をして、大金を手にするはずの売り手は損をしたな」と笑いながら言ったそうだ。
そんなみんなの話を近くで聞いていた別の人が、「いやいや、牛の売り主は確かに損をしたかもしれないが、一方では大きな得をしている。何故かというと、生き物はいつ死ぬか定かではないが必ず何時かは死ぬ。牛は突然死んだが、人間だって同じように突然死ぬかもしれない。ところが、牛は死んだが、持ち主の人間は生きている。人間の命は万金よりも重い。売り手は自分の命に比べれば、牛を売って得ることのできる僅かといえるような利益を取りそこねたかもしれないが、万金に値する命を残しているのだから、決して損をしたとは言えない」と言った。
すると、まわりの人達は「そんな道理は、牛の持ち主に限った話ではないじゃないか」と、馬鹿にしてあざ笑った。
すると、その人はなお続けて「ならば言おう・・・人は、死を憎むなら、生を愛すべきだ。この命ある喜び、日々楽しむべきなのだ。ところが多くの人は、この生の楽しさを忘れて、わざわざ命がけでくだらない金儲けなどにうつつを抜かしている。それでいて、心を満たすことさえも出来ていない。そもそも、元気なうちに生きている喜びを味わおうとしないで、死に際になってから死を恐れるなどというのは、道理に合わないではないか。人々が、命あることを喜び、楽しもうとしないのは、死を恐れていないからである。いや、死を恐れていないのではなく、死がすぐ近くにあることに気づいていないのである。もし人が、生死などに一切とらわれず、超越していると言うのであれば、その人は真理を身につけた人だということになる」こう言うと、周囲の人たちは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりになお大げさにあざ笑った。
吉田兼好は30歳前後に出家したと言われていますが、この「徒然草」は244段からなる随筆集で作品全体の根底には仏教の「無常観」が流れているといいます。
普段忘れがちな、わが命がいまここにある、ということも常では無いことなのだと自覚し、命の有難さをかみしめたいと思います。昨年は大変な一年でしたが、無事に新しい一年を迎えられたことを喜び、今年も無事に一年を送れるよう願うばかりです。