日記
足るを知る
今日は法要があり、長浜へ。
読経のあとの法話では
「足るを知る」
について、読経した内容と照らし合わせて
お話くださいました。
コップに水が半分入っている状態を
「半分しかない」と捉えるか
「半分も入っている」と捉えるかで
大きく異なります。
半分しか入ってない、と焦りながら
不足分を補おうとするよりも、
「半分も入っている」
と、現状に感謝をしながら過ごすということ。
日々、「今の自分は周りの人たちにたくさん支えられて
生きている」ということに気づき、感謝の心が生まれます。
法話を聴きながら、
足るを知るというのは、現状に満足して何もしないというのではなく、
日々感謝しながら生きていくことで、自己理解や他者理解がより深くなり、
そこから気づきのヒントが生まれ、未来への道へとつながって、
どんどん心豊かに前進することが大切ということだと、
自分の中で解釈しました。
感謝の心は、自分も周りも心を豊かにします。
これからも、
一日一日を丁寧に、感謝の心を忘れずに
過ごしていきたいと思います。
法要の間に、いつに間にか晴れ間が出てきました。
きっとご先祖様に届いたのかな。
せっかくの機会なので、
豊公園でお花見してきました🌸
まさにgood timingで
快晴に☀️
癒しの湖。
心が洗われます。
今日も、ありがとう。
チェンバロの響き
今日は
バッハのプレリュード第1番を
チェンバロで弾く機会に恵まれた。
(↑実際演奏したのは、鍵盤の色が逆のものです)
ピアノで弾くのと
チェンバロで弾くのとでは
同じ曲でも全然違う。
ピアノでは強弱をつけられるところが
チェンバロでは強弱を変えられないので
強弱以外のアプローチで表現していく。
かつて、ピアノの先生が
「バッハの曲は、
チェンバロで弾くイメージで
テヌートで弾きなさい」
と仰っていたことの意味が
わかった気がする。
「こういう風に表現したい」ということを
さまざまなアプローチで弾いてみる
というプロセスは、
「自分自身と向き合う」
ということでもある。
これからも楽しみながら
表現の幅を広げていこう。
ランチは
発酵ごはんのお店にて。
今回は、キーマカレーにしてみた。🍛
おいしい〜😋
ワクワクを味わえた一日。
今日も、ありがとう。
人生の喜びは
人生の喜びは
日常生活での出来事のひとつひとつを丁寧に味わい、
気を配るところから生まれてくる。
今日は日帰り出張。
道中で
キレイな桜をたくさんみられたことだったり、
特急の車内で、大混雑して立ちっぱなしで
結果的に立位の時間が取れてよかったことだったり、
たくさんの人たちのお話をうかがえたことだったり
など、幸せなひとときにたくさん出会えたなぁ。
そして今日も
ある本の続きを読んでいて
腑に落ちる感覚を味わえたこと、
さまざまな本や記事などから、
原点に立ち返ることができたこともまた
幸せなひとときとなってよかった。
日常生活の中で体験するすべてのことに
無駄なことはひとつもないんだなと
改めて思う。
明日もまた
ひとつひとつの出来事を丁寧に味わいながら
過ごしてみよう。
今日も、ありがとう。
ラヴェルの世界
〜ピアノレッスンより〜
【今日の1曲】
◆ラヴェル 『亡き王女のパヴァーヌ』
パヴァーヌは、16世紀にフランスで流行した宮廷舞曲の一種。
ゆったりとしたテンポの優雅な曲です。
タイトルが、亡き王女の・・・
とあるので、ちょっとドキッとしますが
追悼するイメージというよりは、
昔の王女の舞踏に様子に思いを馳せる、
といったイメージでしょうか。
聴いていると、ノスタルジックな感じがします。
メロディがきれいで、ゆったりとしたテンポなので
無意識にテンポを揺らして演奏したくなりますが
舞曲なので、ノスタルジックな気分を味わいつつも、
拍子を意識して弾くことがポイントかと思います。
想いを込めて弾くというよりは、気持ちを込めつつも
どこか淡々とした部分も持ち合わせて演奏する方が
聴衆には伝わりやすいような気がします。
曲を仕上げていくにあたっては
各声部のメロディを意識して弾けるように
声部ごとの練習をしてから、全体を弾いてみると
曲全体がより立体的に感じられるようになります。
ひとつひとつ丁寧に弾き、全体のハーモニーを味わいながら
仕上げていきましょう。
来月もまた楽しみです♪














