日記

2025-04-21 23:51:00

音楽療法で

 

音楽療法では毎回、

「意図的に音楽を活用」しながら

展開しています。

 

私の中にあった仮説とは異なる展開となるときもあり

その度にたくさんの気づきをいただいています。

そこからまた新たな展開につながっていくのが楽しいです♪

 

クライエントさんやスタッフの皆さまからの

率直なコメントをいただけること、心から感謝です。

 

ちなみに今日の集団音楽療法で一番盛り上がったのは

「東京ブギウギ」

でした❣️みなさん、ノリノリで元気いっぱい、

楽しいひとときとなりました♫

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今日も、ありがとう。

2025-04-20 23:01:00

レッスンにて 〜短音階を味わう〜

 

今日も、いつものように
音階からスタート。

今日は、イ短調の音階。

上行と下行とで

雰囲気が変わります。

 

生徒さんが

「上行のシャープと下行のナチュラルを

反対に弾いてみたらどんな感じなんだろう」

という提案をしてくださったので、

試しに弾いていただきました🎹

 

すると、、

「やっぱり変な感じがする!」

 

実際に弾いてみて、感じることって

とても大切です。実感いただけてうれしいです😊

 

実際に弾いてみて

「何か変な感じがした」という感覚はきっと

 

「終結感がない」ということだと思います。

 

なぜ、終結感がないかというと、、

 

上行形の頂点(第8音 主音 ド)と主音を導く音(第7音 シ:導音)との音程が

全音(長2度)なっているから、です。

 

ハ長調などの「長調」の音階の「シド」の音程は半音(短2度)

(イ)短調の音階の「シド」の音程は全音(長2度)(自然的短音階)なので、

第7音に臨時記号をつけて半音上げることで、

長調の音階と同様に短2度になり、終始感が出ました(和声的短音階)。

 

ただ、導音を半音上げただけだと、どこかアラビア風な

感じがする(個人的には結構好きなのですが^^;)ので、

より自然な感じになるように、

第6音も半音上げるとよりなめらか、かつ終始感のある音階に

なります(旋律的短音階)。

 

ちなみに旋律的短音階の下行は自然的短音階になります。

 

 

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ひとつひとつ、実際に弾いてみて

じっくり味わうことを

これからも大切にしていきたいと思います。

 

今日も、ありがとう。

 

2025-04-19 23:17:00

チェンバロとフォルテピアノの音色

 

今日は

チェンバロのコンサートへ出かけてきました。

 

プログラムは

バッハ(ドイツ)

ダンドリュー(フランス)

バプティスタ(ポルトガル)

スカルラッティ(イタリア)

と、多彩なレパートリーで、

ヨーロッパを堪能できました。

 

ドイツのまっすぐな感じと

フランスのおしゃれ(不均等に弾く)な感じ、

またポルトガルのコロコロ転調する曲調、

スカルラッティの人生の歩みが現れているような

王宮の音楽、スペインのフラメンコや、

南米やアフリカを思わせる曲、、と

それぞれの特徴を感じながら

聴き入っておりました。

 

コンサートでは

チェンバロとフォルテピアノのアンサンブルも多く、

それぞれの楽器の音色が融合して

上品で華やかな音空間が広がり、

ステキな時間でした。

 

そして、、

ポルトガルのワイン(マデイラワイン)のお土産も

いただきました🍾

アルコール度数が19%とのことなので、

ちょっとずつ いただこうと思います🍷

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今日のサロンコンサートのような

アットホームな雰囲気もまたいいものですね。

こういった場をたくさん味わい、

共有していけたらいいなぁ〜

 

今日も、ありがとう。 

2025-04-13 22:33:00

想像しながら

今日は

スーパーヴィジョンに参加

してきました。

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学びながら、

昨日みた映画『どうすればよかったか?』

とリンクする場面もあり、

いろいろ想像しながら

聞いていました。

 

というわけで、、

昨日は社会的課題の視点での考察でしたが、

今日は心理支援の側面からの考察を書いてみたいと思います。

 

 

たとえば、、

映画の中で

・ある日突然、

わぁーーーーーーっと

大声で叫んだとき

 

・占いに傾倒したとき

 といった場面がありました。

 

果たして

『どうすればよかったか?』(支援のあり方として)

 

幼少期の過ごし方

・どんな遊びをしていたか

・内向的だったか外交的だったか

などを。フィードバックすることで

支援することができたのかもしれないなぁ・・・

 

 ただ、そうは言っても

「そんなことはわかってる!」

という部分と

「認めたくない、受診させたら

認めざるを得なくなる」

という部分での

心の葛藤が渦巻いている状態だと思うので、

その状態から、医療機関への受診につなげるところが

一番大変なのかなと思います。

気持ちの整理をして、受診へつなげる関わりが大切だと

改めて感じました。

 

もし、適切なタイミングで支援できていたら、

統合失調症まで至らなかったかもしれない・・・

早期の介入、良好な親子関係やコミュニ ケーションなどの

環境的な要因からの一次予防が大切だということ

 

など・・

さまざまな気づきをいただきました。

 

◆もうひとつの気づきは

神経発達症(発達障害)の視点なしでは精神科治療は成り立たない

ということです。

 

神経発達症(発達障害)が増えている背景も含めて 

これからも、より理解を深めていきたいと思います。

 

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今日も、ありがとう。

 

2025-04-12 22:11:00

家族のあり方を考える

 

今日は

映画『どうすればよかったか?』

をみてきました。

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家族の一人が統合失調症になってからの

20年の記録を映画化された作品です。

 

20年前はまだ統合失調症やほかの精神疾患に関しての理解が

あまりなかった時代だったかと思います。

その時代に、家族の一人が統合失調症になったことを認めたくなくて

医療機関への受診をすすめないまま、20年の月日が流れてしまったという、

その長い月日の記録を映像に残された作品でした。

 

家族みんなで「隠す」ことで成立するという家族の形。

「機能不全家族」という状態で、

みんながそれぞれストレスを抱えつつ、絶妙なバランスで

維持してきたという状況の根っこには

(この作品では)特にご両親の価値観のゆがみがあったのかなと

感じました。

 

「統合失調症であることを認めたくない」

 

という強い思いがあり、家族での話し合いも平行線のまま・・・

 

子どもの幸せを願っていたのか

(隠すことが子どもの幸せにつながると考えたのか)

自分たちのプライドを守りたかったのか

 

優先すべきことを見誤ってしまうと

機能不全がどんどん深刻になってしまいます。

 

カウンセリングでも

不登校のお子さんの相談などがありますが

そのお子さんご本人というよりも、

家族全体のケアが必要であり、

家族全体を「システム」として捉え、アプローチした結果、

解決策がみえてくることがあります。

 

この作品を通して、

家族の課題を明確にするために、

家族の一人が、統合失調症症という形で

メッセージを伝えていたにもかかわらず、

そのメッセージを受け取らずに

「家族全体の課題と捉えて向き合う」

という選択をしなかった場合の、一つの答えを

みせてもらったのかなと思います。

 

そして、その答えを踏まえて

「どうすればよかったか?」

を投げかけてもらえた気がします。

 

改めて、

「家族のあり方」

そして

精神疾患の方へのカウンセリングのあり方

を考える機会となりました。

 

 

今日も、ありがとう。