【大石屋活動記録】 ―日記・サブカル―
2024.6.12
大石屋です。
午前中、座敷の前を片付けていた時のこと。
祖母の血圧が下がったと病院から連絡があり、家族4人で急行。
覚悟していたのですが、祖母は変わらぬ様子で病室に居て、いつも通り目と頷きでこちらの声掛けに応えてくれました。
栄養を管で胃へ送った際、血流が胃に集中したために血圧が低下したそうです。
少し早い面会だね、と安堵しつつ、皆で祖母に声を掛けて病室を後にしました。
午後は片付けの続きや庭の草刈りをして綺麗に整えました。
時間もあったので、先日収穫した野菜を東京の親戚へ送ったり、母の知り合いの先生にお届けしました。
21時前に病院から電話が来て、祖母の脈拍が弱くなってきた、と連絡が来ました。
父母と共に急いで病院へ行きましたが、到着した5分前に祖母の心臓は停止していました。
看護婦さんに、まだ心停止したばかりでも声は聞こえるから呼び掛けてあげてください、と言われて皆で祖母へ呼び掛けました。
お母ちゃん。お義母さん。ばあば。
呼ぶことで祖母の意識が戻ってくるかもしれないと思い、懸命に声を掛けました。
祖母は安らかに眠るような寝顔をしていて、今にも目を開けそうでしたが、とうとう目覚めることはありませんでした。
21時16分。
祖母は90歳で永眠しました。
まだ聞こえるから声を掛けてあげてください、と看護師さんに言われました。
皆で祖母に頑張ったね、ありがとうね、皆でこれからも頑張るから安心してね、と語り掛けました。
看護師さん達が心電図や管等を外して、着物に着替えさせてくださいました。
私達も待合室で座りながら、兄妹や親戚達へ連絡。
叔母家族も到着し、祖母と対面して口々に声掛けしてくれました。
その後、以前からお世話になっている葬儀屋さんがお見えになり、祖母を霊柩車へ乗せてくださいました。
私と母は先行して自宅へ行き、奥座敷に布団を敷いて祖母を寝かせる準備を整えました。
葬儀屋さん達も到着し、従兄弟達と一緒に祖母を座敷へ運んで布団へ寝かせました。
葬儀の日程は明日改めて決めるということで葬儀屋さんはお帰りになり、叔母達も東京から帰ってくる姉を迎えに一旦戻られました。
0時頃にラストメイクの方がお見えになるとのことで、その間に急いで入浴や片付けを済ませました。
時間になりラストメイクの方がお越しくださり、祖母に死化粧をしてくださいました。
約1時間後の1時過ぎ頃に終了。
化粧してもらった祖母は生前の生気を感じさせました。
その後、従兄弟の姉も一緒に叔母家族が来てくれました。
祖母を囲むように顔を見て、亡くなった時の様子や入院していた時の事、思い出話やこれからの事等を話しました。
3時前に叔母達も一度帰宅。
我々家族も明日に備えて就寝しました。
大石屋 ひろ