ごあいさつ

北京堂の鍼治療理論

①木下理論

まず北京堂の治療理論は、神経が圧迫されて痛みが発生するとしています。もちろん全ての痛みが神経の圧迫から起きるわけではないので、筋肉による神経圧迫から起きている痛みに絞って鍼の治療対象としています。神経の圧迫段階には三つあり、初期は筋肉が少し神経を圧迫して、神経がパルスを発生させている状態。これが知覚神経を圧迫していればジリジリとシビレがきれたような感覚や圧迫感が脳に伝えられ、運動神経なら筋肉を少しずつ収縮させて緩まなくし、筋肉付着部に圧痛をもたらす。次に筋肉が神経を圧迫し、神経が強くパルスを発生させている状態。これが知覚神経を圧迫しているなら締め付けられるような痛みとなって脳に伝えられ、運動神経を圧迫しているならばチックのような不随意の痙攣となります。そして最終段階が、筋肉が神経を強く圧迫し、神経からのパルスを遮断している状態。これが知覚神経を遮断してれば感覚は脳に伝えられないので知覚がなくなり、運動神経を遮断していれば脳からの命令が伝わらないので筋肉が動かせないと考えます。だから手足が動かないとか感覚のない痺れがもっとも進行しており、治療時間が掛かるというのが北京堂の痛み理論です。

 

本来は柔らかく収縮性のある筋肉ですが、使いすぎて酸素不足になったり、不完全燃焼により筋肉内に疲労物質ができると、筋肉が縮んで固くなります。また廃用性萎縮といって脳卒中や寝たきりなどで動かなくても、静脈の血液が循環しなくなり、静脈が滞るため動脈からの血も通わなくなります。動脈の先に静脈があるので、静脈が塞がれば動脈も流れにくくなります。血液が流れないと筋肉は酸素不足となり、筋肉が縮んで固くなります。筋肉が収縮し続けると、運動神経を圧迫刺激して筋肉に収縮パルスが発生し、その循環を繰り返して自然では柔らかい筋肉に戻らなくなります。その理由は筋肉が一旦収縮すると、神経だけでなく血管も圧迫するからです。締め付けられた神経は、知覚神経なら痛みとなり、運動神経ならパルスを出して筋肉を収縮させ、ますます筋肉の収縮を激しくします。それだけではなく筋肉の中には血管が通っているので、筋肉に圧迫されて血が流れなくなれば体温が伝わらずに冷たくなり、酸素を含んだ血が流れてこないため筋肉の萎縮が進みます。これを『内経』は「冷えによる痛みを痛痺」として、冷えが痛みと最も関係が深いことを述べています。この収縮した筋肉に鍼を入れ、20分ほど置きます。すると軸索反射によって血管が拡張し、血流が回復して酸素が運び込まれ、発痛物質が運び去られて固まった筋肉が緩み、筋肉による神経や血管の圧迫が解消します。血液が流れれば酸素不足も解消され、筋肉の凝りは和らぎ、血が循環して筋肉内の疲労物質が全身に運び去られ、腎臓から排出されます。血液循環が回復することによって筋肉内に留まっていた局部的な疲労物質が全身に行き渡るので、鍼治療のあと脳は運動した後のような眠気を感じ、ちょうど筋肉痛のような状態になります。筋肉痛と凝りの違いですが、筋肉痛は筋肉内に疲労物質があっても筋肉が柔らかいので血液により運ばれますが、凝りでは血管が筋肉に締め付けられているので疲労物質が代謝されません。つまり筋肉痛と凝りの違いは痛む筋肉が固いか柔らかいか、代謝産物が運ばれるか否かの違いなのです。そして凝滞した血液を、鍼によって循環させることで凝りを筋肉痛に変えるのです。これが木下晴都の『針灸学原論』に書かれた内容です。逆に言えば、せっかく鍼で筋肉を緩めて血管の抵抗をなくしても、心臓とか循環器が悪ければ血液循環が回復せず、また貧血や生理前で血液の少ない状態でも効果がないことになります。北京堂は、木下理論に従って治療しています。

 

②小針刀理論

つ目の理論の柱は朱漢章の小針刀理論です。これは摩擦などによって筋膜が破れ、筋膜どうし、あるいは筋膜が骨と癒着したり、筋肉自体が瘢痕化することにより、筋肉の運動が制限され、動かした時に血管や神経へ張力や圧力が掛かり、神経に力が加わるために痛むとする理論です。そうした筋膜の癒着を剥がしたり、瘢痕化した部分を治すため、朱漢章は「小針刀」という道具を考え出しました。

もともと針刀は骨を切るために朱漢章が考えたものですが、それを小さくして癒着した筋膜を剥す目的に使い、小針刀と命名しました。現在の中国にて小針刀は、新分野の鍼技術として教科書に採用されています。小針刀の直径は0.61.2ミリですが、0.350.6ミリと細い刃鍼という鍼も登場しました。これは鍼尖を横に並べたような先端構造をしています。ちょうど火鍼が三頭になり、平頭へと進化したのと似ています。鍼尖を並べた構造をしているので、毫鍼よりも効果が強いです。

小針刀は刺入したあと動かして筋膜の癒着を剥す目的に使われましたが、刃鍼は縮んで伸びなくなった筋線維を切り、血管の圧迫をなくすことで組織の血液循環を甦らせようとするものです。その作用は、血液循環の回復を促すという面で毫鍼に近いのですが、より強力です。あまりに収縮しきった筋線維は、鍼を刺しても緩まないので、断ち切ってしまうより方法がありません。つまり索を切るのです。

 

 

③刺絡抜缶

最後に刺絡抜缶ですが、これは凝滞した血液を体表の静脈から取り除くことにより、静脈内における血の滞りを解消し、新たな動脈血を組織に運んでこさせようという方法です。これを「古い血があれば新血は生まれず」と呼んでいます。道路に喩えれば、事故車があれば渋滞して車が流れないので、事故車両を撤去して流れるようにしてやるようなものです。しかし体表からしか出血させられないので、背中とか頭のように筋肉の薄い部分しか血液循環を改善できない欠点があります。だから北京堂方式では、あまり刺絡をやりません。刺絡抜缶の効果があるのは、主に虫刺されです。蚊や南京虫に咬まれたら、すぐに腫れた所へ三稜鍼を刺し、抜缶で透明な液を吸い出せば、痒みが直ちに止まります。中国でも毒蛇や毒虫に刺されたときに使います。

 

以上に共通した理論は、圧迫された血管の圧力を除いたり、滞った血を取り除くことによって血液循環を回復させ、組織に新しい血液と酸素を供給して神経の圧迫を除き、治そうとする理論です。

 寒は中国医学で収縮させると言います。冷えや寒さは金属などを収縮させ、液体を凍らせて、血液を流れにくくするため痛痺が発生するとしています。そこで鍼治療して血流が改善した後は、できるだけ保温して冷やさないようにします。しかし熱痺というのもあります。中国医学では中暑と呼び、日本では熱中症と呼ばれますが、以前には日射病や熱射病と呼んでいました。中暑もひどくなると血流が悪くなって手足が冷え、寒がります。それを回りくどい解説ですが、中医では熱が激しいために、体内の陽が陰を身体から追い出し、陰が体表に浮いてくるため身体が冷えると考えられていました。これは高熱などで暑くなると、体内の陽が強くなりすぎて陰を排斥し、陰液は汗として体表から出て行くため血液の液がなくなり、浮かべる水がないため小船が進めない状態になったと喩えられます。水液がなくなるため血液が経脈を流れなくなり、血脈が通じなければ痛む。まさに熱も寒と同じように血液循環を障害し、血が流れなくなって痛むわけです。だから寒くても血管が収縮して血液が流れず、暑すぎても血液の水分が奪われてドロドロし、血が流れなくなるのです。それではせっかく筋肉を緩めて血管の圧迫を除いたところで、肝心の血液がサラサラでなければ血液循環が起きません。だから水分補給しなければ陽熱によって血液から陰である液成分が汗となって追い出され、血液がドロドロになって流れにくくなり、やはり熱痺となります。これを防ぐには刺鍼後には保温するだけでなく、水分補給が重要となります。水分といっても糖分入りはダメです。糖分は血液をドロドロと粘っこくさせるので、普通の水を飲んで血液をサラサラにします。昔、上海万博では福原愛が案内役を務めましたが、突然腹痛になって倒れたそうです。それは真夏の上海が暑すぎ、汗をダラダラかいたため血液中の水分が奪われ、血液が流れてこないため大腰筋が酸素不足となって痙攣し、それで腹痛が起きたようです。だから水分補給をしなければ、筋肉が痙攣して頭痛や吐き気、腹痛や筋肉痙攣が起きます。そこで鍼の効果を高めるためにも水分補給をします。中国ではインフルエンザになったとき、高熱で汗をかくのでなるべく水分補給をするように指導されます。