日々のこと

2026-02-15 21:10:00

利休の茶室と抹茶ラテ

 手探りの私がたどり着いた、新しい景色

 

びっくりしました。

 今こうして、新しい活動に向けて「どう伝えたらいいんだろう」

と手探りで考えているこの過程が、

かつて1週間の集中内観で味わった「自分への解像度が上がっていく感覚」と、

そっくりだったからです。

 

知っていたようで、知らなかった感覚。

それは、頭の中で巡る「思い」を、事実のみ見つめ、言葉にする。

という過程をなぞっていたという事です。

  

集中内観を体験したからこそ、自然にできていたことだと気が付きました。

  

 

『集中内観は、「自分の過去を振り返り、観ていきます。」』と、お伝えすると、

 

多くの方から

 

「あーはいはい、アレね!だいたい知っていますよ。反省するやつですね」

 「私は、後ろを振り返らないので」

そんな声をいただくことがあります。

 

 

他にも、

「人生の総浚い」「1週間時間を止めて」「根本から見つめる」「新しい自分が見える」

 

 ……新しい、自分? 

本当の自分が解る??

  

はたして、 

今いる私は本当の自分ではないのだろうか。

 

 

内観がうまく進まない、難しい性質の私にとって、

 

「そこを超えてこそ」「心の底からの

  そういった言葉は、恐怖でした。

 

 私は、できていない。 

 

何度も内観しましたが、

 たぶん、

 ちゃんとできていないのだと思うのです。 

 

そこを超えなければ、掴めない。

  

内観の面接をさせていただいてきて、感じている 事実でもあります。

 

 

内観では、調べる『三つの項目』があります。

 (してもらったこと、して返したこと、迷惑をかけたこと)

 

 面接者は、そのルールから大きく外れない限り、 

鏡のように聞かせていただくだけです。 

 

よほど三項目に沿っていない場合を除き、基本的に何もお伝えしません。

 

自分の中での葛藤を 

自分に聞いてみました。

  

そもそも、比べるものなのだろうか?

 誰が比べているのだろうか?と。

 

 できないとやったらダメなの? 

そこまでいかないと、内観と「呼べない」のか?

  

内観の浅い私には、奥深いことは、 

きっとわからないのです。

 

 

しかし、そこで思ったのです。 

 

万年浅瀬に生息している生物も 

何かしら、お役に立てることがあるのではないか、と。

 

もしくは、 

茶道のように、生死をかけた茶の道と、 

抹茶ラテを楽しむ生活 

 

それまでのグラデーションがあるように。

  

私は、学校の部活がきっかけで、茶道に触れ、 

少しだけ、本格的に茶道を習っていた時期がありました。

 

 お家元に若手が修行に行く研修に参加させて頂き、 

【利休の茶室】にも入れていただきました。

 

 その時、素人ながらに、【本物】の空間に触れさせていただきました。

 

 内観の世界でも、素晴らしい先生方とのご縁に恵まれてきました。

 

「本物」の厳しさや深さとの違いを知っているからこそ、

  

 抹茶ラテよりも、もう少しだけ味わい深いものを、

 皆さんに「お裾分け」できるような気がしています。

 

 心地よい香りと、ちょっぴり内観。

  

 

まず、やってみようかな。 

 

トライアンドエラーになるけれど、それが普通だと思って。 

 

もう少ししたら、私なりの「お裾分け」の形をお知らせできたらと思っています。

2026-02-13 19:27:00

答えが出ない時間を、そのままに。

 毎日の中で、早く答えを出さなきゃと焦ってしまうことがよくありました。

 

私は長年アロマに関わり、薬を扱う仕事もしていますが、

最近ようやく気づいたことがあります。

 

それは、無理に答えを出そうとせず

「今の状態をそのまま受け入れる」ことの大切さです。


嗅覚反応分析は、香りで今の自分の状態を把握できるツールです。

 

長年アロマテラピーに関わってきていますが、

嗅覚反応分析を知れば知るほど、本当に、本当に、驚くことばかりでした。


何より嬉しいことは、嗅覚反応分析に出会ってから、

自分の心身の健康を取り戻しつつあるという事です。

 

アロマ業界が、まるで薬理作用の知識の量を競う、

知識合戦のようになっていることに、少し違和感を抱いていました。

 

「アロマって、そういうものだったっけ?」と。

 

 

登録販売者として医薬品を扱う立場からすると、

もし薬理作用(治療効果)だけを求めるなら、

医薬品を使ったほうが合理的かもしれません。

 

ですが、嗅覚反応分析は「診断」ではありません。


精油の性質から、心と体のバランスを保とうとする力(ホメオスタシス)の状態を

グラフ化し、「今の自分を客観的に知る」ためのツールです。

 

「今」は、「このグラフ」なのです。

 

 

それは、内観で過去の自分を調べる事にも似ていると思います。

 

自分の過去を、自分で調べ、
その結果は「今の自分が観る」

「過去の事実」です。

 

嗅覚反応分析では、分析士によるグラフの分析があり、
内観では、集中内観と日常内観による変化。実感することですが、

その時に、二つに共通する大切なことがあると思うのです。

 

嗅覚反応分析も内観も、二つに共通して大切なのは、


「答えが出ない状態を、まずはそのまま受け入れる」


ことではないかと思うのです。

 

心理学の本に、人は受け入れるまでに、
決まった道を辿ると書いてありました。
何段階にも分かれているそうです。

 

嗅覚反応分析は、通常、ブレンドされた8種類の基準の香りを使い分析していきますが、
簡単にいうと、《好きな香りは、身心が求めている》のです。

 

そして、
人それぞれ違うこと。
状態によって変わる事。


変わったら、違ってくること。

それでいい、それが普通なのです。

 

何にでも時間のかかる私が、
もし人より何か多くできたことがあるとすれば、
それは


「できない時間を、より長く過ごしてきた」
ということかもしれません。

答えが出ない時間を、長く過ごしてきた私だからこそ、
今、そう思うのかもしれません。

 

その、心地よい香りを使って、
よかったことを眺めてみるのはどうでしょう。

 

少し、
思い出しやすくなるのではないかな
と思い始めました。

まずは、やってみていこうと思っています。

2026-02-06 13:43:00

ちょっぴり内観、という距離感

集中内観へのお勧めは、今まで何度もしてきました。 

それは、自分自身が集中内観を体験し、人生が「たった1度の内観で180度変わった」ということが大きいからです。

 

中核時代の不登校を経て、卒業直後に、本山陽一先生のところにお世話になりました。

 

今の時代のように不登校に対して多くの支援があるわけではありませんでしたが、両親はできるかぎり、様々な手立てを探してきてくれました。

その中に、「内観」がありました。

 

家の近くで月に1度開催される、内観友の会というものがありました。

当時(30年以上前)、埼玉県から神奈川県まで本山陽一先生(武蔵野内観研修所)が来てくださり、お話をしてくださいました。

内観をした人、興味がある人たちが集い、少しの時間、内観をして、簡単な近況を報告し合う、というものでした。

 

私は10代の頃、その会に参加された様々な背景の方々のお陰で、支えられ、生きてこられたように思います。

 

 

内観に宗教色はありません。

自分で自分の過去を辿り、感じたことは、その人それぞれです。

 

 

 

「人がより良く生きていくための技術」

内観を、その一つとして捉えることもできると思います。

 

 

人生の問題を解く方程式として、内観がとても大切で、良いものかをお伝えしてきました。

実際に、何人もの方が集中内観(1週間の内観研修)に行ってくださいました。

 

1週間かけないと、「内観」は難しい。今もその考えは変わっていません。

 

 

しかし、子供を授かってから、

自分自身も集中内観に行くのもとても難しく、また、友人の中には、家族の誰にも頼る事ができず、家族を置いて1週間も家を空けることができなかったり、子供自身がそれに耐えられなかったり、様々な難しい現実も見えてきました。

 

そこで、内観のエッセンスのようなものをお伝えするにはどうしたらよいだろうと考えてきました。

 

有志と内観とヨガ(ヨーガ療法)を組み合わせたイベントも何度か行いました。

しかし続けて開催することが難しかったのが現状です。

 

だから今、私は「ちょっぴり内観」という距離感を大切にしたいと思うようになりました。

 

私の心に残っているのは、やはり、「内観友の会」の存在です。

できない人はできないなりに、一つでも思い出していく。考えてみるという作業。

 

初めての人は「してもらったこと」だけでもいいですよ。という場の温かさです。

 

内観の質問 「してもらったこと、して返したこと、迷惑をかけたこと」を

年代順に、特定の人に対して調べて行くという方法は、初めての人にはとてもハードルが高いのです。初めて自分の過去を振り返るとき、思い出せないのは普通の事です。

 

 

内観が、生きていくための技術のひとつとして考えられるなら、

つまり、思い出すことも技術的な事…訓練なのです。

 

そして、内観経験者の方は、どうしても、自分が大切に思う内観を誤解して欲しくない、間違って捉えて欲しくない…という思いが強い人が多いのです。

 

もちろん私もその一人ですが、同時に、もう少し気軽に、内観友の会のような、ほっとするそんな場所を作りたいなぁと強く思うようになりました。

 

 

当時会を主催してくださった方は、瞑想などがお好きだったので、そういったものを取り入れながら初めての方に内観を勧めておられました。

 

私はアロマテラピーを長年している経験から、思わぬ香りがとても心に響いたり、心身の助けになってくれたりすることがありました。

香りで思わぬ自分を知るきっかけになったことがあります。

またそれが、嗅覚反応分析を学ぶきっかけにもなりました。

 

自分の言葉にならない部分を助けてくれる

「香り」と「内観」を組み合わせたら、

もう少しハードルが低くなるのではないか?

 

まず、自分の中のハードルを下げ、

【ちょっぴり】から始めてみるのが良いのではないかな…と考えました。

 

香りの力を借りながら内観できたら。

まずはちょっぴり…からですね。

2026-02-01 21:15:00

自信がない、私の在り方

10代の頃から続けてきた内観とアロマテラピー。

この二つをどうしても結びつけたいと思い、30年近く経ちました。

 

でも、正直なところ、どうしたらいいのかずっとわかりませんでした。

自分の中では、かなり昔から融合していたものの、

「他の人にどう伝えたらよいのだろう?」という問いは消えません。

 

アロマのこと、内観のこと、

詳しい人たちの意見はどこかで聞きたいと思う反面、

自分には何もない気がして、いつも自信がありません。

 

学歴があるわけでもなく、間違いばかりの人生で、

多くの方の支えや運のようなものに助けられてここまできた私が、

誰かに何かを伝えていいのだろうか。

そんな不安が今でも胸の奥にあります。

 

同じ時期にアロマテラピーインストラクターを受けた人が、

お店を開いていたり、

内観の分野で発表しているのを見たりすると、

自分にはまだまだ勉強も覚悟も足りないと思ってしまいます。

 

それでも、有難いことに、

講座やワークショップをしてほしいと言っていただく時には、

全力で、できる限りのことをしてきました。

 

長い日々の中で、不登校のこと、家族の病気や怪我、

自分自身の体調不良や人間関係のことなど、

いろいろな出来事を修復したり、距離を置いたり、再会したりしながら、

ここまで来ました。

 

そんな中で感じるのは、

小さなターニングポイントや、少しの気づきのような出来事の積み重ねです。

 

それはとてもささやかで、目立たないもの。

でも、後から思い返すと、大きな転換であるような、不思議な出来事でもありました。

 

同時に、

そうした体験を重ねてきた人、大切に感じている人は、案外少ないのかもしれないとも感じます。

 

不器用な私が、

内観や嗅覚反応分析で感じてきたことをどう伝えていけばいいのか。

その答えはまだ見つかりません。

 

不安が小さくなったり、大きく膨らんだりしながらも、

今も手探りで過ごしています。

 

どうしたらいいのか。

ただ考えながら歩いているところです。

 

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