日々のこと
ちょっぴり内観、という距離感
集中内観へのお勧めは、今まで何度もしてきました。
それは、自分自身が集中内観を体験し、人生が「たった1度の内観で180度変わった」ということが大きいからです。
中核時代の不登校を経て、卒業直後に、本山陽一先生のところにお世話になりました。
今の時代のように不登校に対して多くの支援があるわけではありませんでしたが、両親はできるかぎり、様々な手立てを探してきてくれました。
その中に、「内観」がありました。
家の近くで月に1度開催される、内観友の会というものがありました。
当時(30年以上前)、埼玉県から神奈川県まで本山陽一先生(武蔵野内観研修所)が来てくださり、お話をしてくださいました。
内観をした人、興味がある人たちが集い、少しの時間、内観をして、簡単な近況を報告し合う、というものでした。
私は10代の頃、その会に参加された様々な背景の方々のお陰で、支えられ、生きてこられたように思います。
内観に宗教色はありません。
自分で自分の過去を辿り、感じたことは、その人それぞれです。
「人がより良く生きていくための技術」
内観を、その一つとして捉えることもできると思います。
人生の問題を解く方程式として、内観がとても大切で、良いものかをお伝えしてきました。
実際に、何人もの方が集中内観(1週間の内観研修)に行ってくださいました。
1週間かけないと、「内観」は難しい。今もその考えは変わっていません。
しかし、子供を授かってから、
自分自身も集中内観に行くのもとても難しく、また、友人の中には、家族の誰にも頼る事ができず、家族を置いて1週間も家を空けることができなかったり、子供自身がそれに耐えられなかったり、様々な難しい現実も見えてきました。
そこで、内観のエッセンスのようなものをお伝えするにはどうしたらよいだろうと考えてきました。
有志と内観とヨガ(ヨーガ療法)を組み合わせたイベントも何度か行いました。
しかし続けて開催することが難しかったのが現状です。
だから今、私は「ちょっぴり内観」という距離感を大切にしたいと思うようになりました。
私の心に残っているのは、やはり、「内観友の会」の存在です。
できない人はできないなりに、一つでも思い出していく。考えてみるという作業。
初めての人は「してもらったこと」だけでもいいですよ。という場の温かさです。
内観の質問 「してもらったこと、して返したこと、迷惑をかけたこと」を
年代順に、特定の人に対して調べて行くという方法は、初めての人にはとてもハードルが高いのです。初めて自分の過去を振り返るとき、思い出せないのは普通の事です。
内観が、生きていくための技術のひとつとして考えられるなら、
つまり、思い出すことも技術的な事…訓練なのです。
そして、内観経験者の方は、どうしても、自分が大切に思う内観を誤解して欲しくない、間違って捉えて欲しくない…という思いが強い人が多いのです。
もちろん私もその一人ですが、同時に、もう少し気軽に、内観友の会のような、ほっとするそんな場所を作りたいなぁと強く思うようになりました。
当時会を主催してくださった方は、瞑想などがお好きだったので、そういったものを取り入れながら初めての方に内観を勧めておられました。
私はアロマテラピーを長年している経験から、思わぬ香りがとても心に響いたり、心身の助けになってくれたりすることがありました。
香りで思わぬ自分を知るきっかけになったことがあります。
またそれが、嗅覚反応分析を学ぶきっかけにもなりました。
自分の言葉にならない部分を助けてくれる
「香り」と「内観」を組み合わせたら、
もう少しハードルが低くなるのではないか?
まず、自分の中のハードルを下げ、
【ちょっぴり】から始めてみるのが良いのではないかな…と考えました。
香りの力を借りながら内観できたら。
まずはちょっぴり…からですね。

