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9月29日の思い出
9/29は個展の最終日。
そこの熱い想いを書こうと思っていたのに、さっきインスタグラムに大まかに書いてしまったら、
少し気が済んでしまった。
なので、番外編。
今年は父の畑で、かぼちゃが採れてしょうがないらいい。喜ばしいことだが、母はブチブチ文句を
言っている。そりゃ、硬いかぼちゃを切るのも嫌だろう。私も気が進まない。
だから、まるごとかぼちゃをもらっても、もらってくれる人にあげている。贅沢な話だけど、
ほんのちょっとでいいの、一個はいらない。
昨日は持て余してしまったかぼちゃ2個を、ご近所の方にもらってもらった。
少し清々とした気持ちになって、個展最終日に出かけた。
そこで。
かぼちゃの差し入れをいただいた。
世界はかぼちゃであふれている。
明日で終わり
今のこの気持ちをどう表現したらいいのかな。
ホッとした気持ち、寂しい気持ち、嬉しい気持ち。いろいろ。
でもやっぱり寂しいな。
会場の湯河原美術館、そしてand gardenの皆さんが優しすぎて、気軽に会えなく
なるのが寂しい。ま、これからもお客さんとして来たらよいのだけど、個展を
やっている間は、まるで同じサイドの人間のような気になっていたから、お客さん
という立場だとちょっと違うんだよな。寂しいな。
個展目当てに来てくれたお客様も、今年は特に多かったな。県外の方も多かった。
小さな発信を見つけて、わざわざ足を運んでくれてね、それほどの価値があった
ならよかったけど、そのあたりが心配になるけど、感想ノートに書いてくれた
あったかい言葉をしっかり受け止めて、ちゃんと頑張れた自分を誉めよう。
一緒に頑張ってくれた麦わらを称えよう。
明日一日、展示を満喫して過ごそう。次を頑張る英気を養おう。
ひょいと湯河原
湯河原での個展は今回で4回目だけれど、今年はいつにも増して個展会場に行きたい
気持ちでいることが多い。なんでかなぁと思うと、そうだ!個展が終わってからの予定を
詰め込んでないからだ。去年までは、個展を開くと「ワークショップはありますか?」
の問い合わせが増えて、ありがたや~と思って、期待に応えようと10月に入って早々に
WSを企画していたっけ。そうすると、個展を開きながらWSの準備や秋に出展予定の
イベントの制作なんかに追われて、在廊の日も少なかった。
今年はWSは、もともと決まっていたものしか予定していない。それがこの、
心のゆとりに繋がっているようだ。
やらなきゃいけないことはいっぱいあるけど。絶対に今、やらなくてもいいような、
そんな感じ。あとで苦しむ気がするけど、まぁ、なんとかなるよな~。
そんなわけで、表立って言ってはないけど、今日も明日も明後日も、湯河原へ行く。
在廊の時は、ありがたいことにたくさんの出逢いがある。ご挨拶すると、どうも
ヒンメリを作られている方が多いような気がする。ひゃ~、どうか薄目で見て
くださいな。じっくり見てもいいことはないのよ~。
どうぞポストカードを買ってくださーい。ふふ。心の声をここに書く。
親孝行
今日は両親とランチを約束した日。
去年は母の腰痛と、父の入院騒ぎで、外出するような空気ではなかったからなぁ。
2年ぶりに個展が見たいと言ってくれた。
雨予報だったけど、両親と過ごした時間は快晴で、andgardenの中にも光が差し込んで
とても気持ちがよかった。
すごいねぇ、細かいねぇ、どうやって思いつくの?などなど、感心している様子が
ちょっとばかり、えっへん、となった。
そして、たまたま居合わせたお客様たち、皆さん展示作品に興味を持って見てくれたり
写真を撮ってくれたりしていたので、父母はさらに嬉しそうだった。
私も嬉しかった。
あれはいくら?と、やたら金額を聞いてくるのはイヤだったけど、まぁそれも親心
なのだろう。兎にも角にも、もうそれなりの年齢だ。どんな会話も、どんどん重ねて
いきたいと思う。
帰りはこごめの湯に寄って帰った。母が多分、今の私くらいの年齢のときか、もう少し
上だったか、よくこごめの湯に通っていたのを覚えている。
私はすっかり車生活だから、思い立ったら車でビューンだけど、母は運転できないから、
電車で湯河原まで来て、こごめの湯まで歩いていたらしい。あの上り坂を?!
すごいな。とにかくよく歩く母だった。今、思うように歩けないのがとても悔しそう。
見習わなきゃなぁ。
さて、明日は在廊日。明日も湯河原だ。どんな出逢いが待っているかな?
展示を見てくれる人がいたらいいな。
嬉しい声
個展が始まって数日。
嬉しい言葉の数々に、励まされてる。
感想ノートもありがとう!
友達がお子さん連れて来てくれて、その後動画を送ってくれた。
「きづさん、個展頑張ってね」と、小さい体で大人みたいなことを
言ってくれてる姿に、もう涙腺崩壊。画面越しに、またね、と言って
くれて、私も思わず画面に向かって、またね、と呟いた。
また、お会いしたことのない方からのメッセージには、「魂が震えるくらい
感動した」と書いてあった。ほんとに?ほんとう?嬉しすぎるよ・・・
私は誰かの癒しになればと思いながらも、自分のために作っているのが本当の
ところだと思う。
私は私の心の平穏のために作っているんだ。
だけど、こうして表に掲げた看板のとおり、誰かを幸せにできてるのだと
したら、私の活動には大きな意味があって、それを貫いていこう!と強い心
でいられる。
本当にありがとう。ありがとう。


