イタリア研修
シチリアのワインをイギリス人が売り始めた理由
11月末のイタリア研修に向けて、店休日恒例のシチリア自由研究。
先週はトラーパニの塩田について調べましたが、今回はワインの話です。
今回訪れる西シチリアには、「マルサラ」という街があります。
ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、この街の名前が付いたワインがあります。
そして、このワインを海外に広めたのは、イタリア人ではなくイギリス人でした。
イタリアのワインなのに、なぜイギリス人?
① そもそも、マルサラワインって何?
マルサラは、シチリア島の西端に近い港町。
この地域では古くからワインが造られてきました。
現在のマルサラワインは、一般的なワインとは少し違う「酒精強化ワイン」と呼ばれるものです。
簡単に言えば、ワインにブドウ由来のアルコールなどを加えて、アルコール度数を高めたワイン。
普通のワインが12〜14%程度なのに対し、マルサラは17〜18%以上のものが中心です。
では、なぜわざわざアルコールを加えるようになったのでしょうか。
ここで登場するのが、イギリス人の商人です。
② イギリス人は、なぜシチリアのワインに目をつけたのか?
18世紀後半のイギリスでは、ポルトガルのポートワインやマデイラワイン、スペインのシェリーなど、海外から輸入されたワインが飲まれていました。
そんな時代の1773年。
イギリス人商人のジョン・ウッドハウスが、マルサラにやって来ます。
そこで出会った地元のワインに、商売の可能性を感じたと伝えられています。
ウッドハウスは、現地のワインにブランデーを加えてイギリスへ送りました。
アルコールを加えることには、長距離輸送中のワインの保存性を高める利点があります。
しかし、それだけではありません。
当時のイギリスには、すでにポートやマデイラなどの市場がありました。
つまり、シチリアのワインにも、そうした市場で販売できる可能性があったわけです。
その後、ベンジャミン・イングラムなどの英国商人もマルサラに進出。
彼らはワインを買い付けるだけでなく、ブドウの品質管理や醸造方法、設備の改善にも取り組みました。
ここが面白いところです。
現在知られているマルサラワインの姿には、土地の気候やブドウだけでなく、海外の市場や商人たちの要求も関わっていました。
土地のものが、そのまま海外に売られたのではなく、海外で売るために造り方まで変わっていったのです。
③ そして登場する、フローリオ家
1833年、ヴィンチェンツォ・フローリオがマルサラにワイナリーを設立します。
すでにイギリス人商人たちが事業を展開していた市場へ、イタリア人の事業家が参入したんです。
フローリオ家は、香辛料の交易などで財を築き、海運や硫黄など、さまざまな事業に関わっていました。
そして、ワインだけでなく、マグロ漁にも事業を広げていきます。
トラーパニ沖のファヴィニャーナ島などでマグロ漁を手がけ、19世紀後半には加工・販売事業も大きく発展させました。
当時、マグロは獲って近くの市場で売るだけの商品ではありませんでした。
塩漬けや油漬けの缶詰などに加工することで、遠くの市場へ運ぶことができます。
ワインとマグロ。
一見すると、まったく違う商品です。
でも、どちらも生産・加工の仕組みを整え、船で運び、遠くの市場へ売るという点では共通しています。
先週調べたトラーパニの塩田もそうでした。
塩、マグロ、ワイン。
それぞれ異なる歴史を持つ産業ですが、共通しているのは、土地の産物が港や商人を通じて広い世界と結びついていたことです。
以前、シチリアの郷土料理について調べたときにも感じましたが、食文化はその土地の中だけで完成したものではないんですね。
外から人や技術、商品が入ってくる。
そして、その土地の人たちが、自分たちの暮らしや商売に合わせて取り入れ、変えていく。
今回、マルサラについて調べてみて面白かったのは、ワインそのものよりも、その背景にある商売の歴史でした。
シチリアで造られたワインを、イギリス人が海外へ売る。そのために、ワインの造り方まで変わっていく。
そして、ワインだけでなく、マグロ漁や海運業まで手がける一族が登場する。
先週調べた塩田もそうですが、土地の食文化を知ろうとすると、結局その土地の産業や商売の歴史にもつながっていくんですね。
今回調べたのは、あくまで日本でわかる範囲のこと。
実際のマルサラでは、現在どんなワインが造られ、地元ではどのように飲まれているのでしょうか。
11月末、現地で確かめてきたいと思います。
【参考資料】
・Cantine Florio「Le origini del Marsala」
https://cantineflorio.it/le-origini-del-marsala/
・Cantine Florio「Florio e le origini inglesi del Marsala」
https://cantineflorio.it/news/florio-e-le-origini-inglesi-del-marsala/
・Cantine Florio「L’isola di Favignana e i Florio. Una storia da conoscere」
https://cantineflorio.it/enoturismo/lisola-di-favignana-e-i-florio-una-storia-da-conoscere/
・Soprintendenza per i Beni Culturali e Ambientali di Trapani「Relazione Generale – Ex Stabilimento Florio di Favignana」
シチリア州文化財当局・修復事業資料(PDF)
・Giuffrida / Lentini『L’età dei Florio』(Sellerio Editore, 1985)
関連資料・契約書引用
・Sistema Archivistico Nazionale「Scheda Protagonista – Imprese」
フローリオ家の事業史
・Treccani, Dizionario Biografico degli Italiani「Florio, Ignazio, senior」
Treccani人物事典
なぜトラーパニでは塩づくりが盛んになったのか。
トラーパニへ行ってお土産といったら迷わず思い浮かぶのは「塩」
ワインやオリーブオイルもいいのですが、瓶は重いし、
その点、塩なら瓶ものほど気を使わずに持ち帰れます。
しかも料理に使える。
今回訪れる西シチリアのトラーパニと聞いて、
海沿いに四角い池がいくつも並び、
夕暮れ時には、水面が赤く染まる。写真で見るだけでも、
でも、ここでまた疑問が。
「そもそも、 なんでトラーパニでは塩づくりが盛んになったんだろう?」
海水から塩を作るなら、
日本だって海に囲まれています。
気になって、少し調べてみました。
すると、トラーパニには塩づくりに適した条件が、
まず、地形。
トラーパニ周辺の海岸には、低く平らな土地があり、
せっかく溜めた海水が地面に染み込んでしまっては困りますから、
そして、太陽と風。
暑く乾燥した気候は海水の蒸発に向いています。
さらに風が吹くことで、蒸発が促される。
かつては風の力でポンプを動かし、
つまり、太陽と風を使って塩を作り、風の力で水を動かしていた。
なかなか合理的な仕組みです。
そしてもう一つ、面白いことがありました。
塩田は、一つの池に海水を入れて、
いくつもの池を使い、海水を順番に移しながら濃くしていく。
最後に塩を結晶化させる池へと進んでいきます。
四角い池がたくさん並んでいるのにも、
こうして見ると、トラーパニの塩田は、単に「
土地の形、地盤、太陽、風。
その土地の自然条件を、人間がうまく利用してきた結果なんです。
そして、作った塩を運び出せる港が近くにあることも、
ここまで調べると、今度は別のことが気になってきます。
「ではトラーパニの塩は、ほかの塩と何が違うんだろう?」
僕ら料理人にとって、塩は毎日使うものです。
塩をどのタイミングで使うかで料理の印象はずいぶん変わります。
同じ塩でも、結晶の大きさや水分の含み方によって、
もちろん、トラーパニの塩だから特別においしい、
でも、普段使っている塩と比べて、どんな違いがあるのか。
仕上げに使うならどうか。
いろいろ試してみたいと思っています。
考えてみれば、塩って面白い食材です。
料理の中では、ほとんど主役になることがありません。
でも、塩がなければ料理は成立しない。
しかも、塩は味をつけるだけでなく、
今回訪れる西シチリアには、
塩づくりと魚の保存。
この二つが、この土地でどのようにつながってきたのかも、
そんなわけで、今回の研修のお土産は、
そして持ち帰った塩を、普段使っている塩と比べながら、
たかが塩、されど塩。
さて、どんな塩に出会えるでしょうか。
なんで、こんなところに街があるんだろう?
「なんで、こんなところに街があるんだろう?」
「ここに住んでいた人たちには、この景色がどう見えていたんだろう?」
そんなことを考えてみたい。
【参考文献・出典】
・Comune di Erice(エリチェ市)
「La Storia」
エリチェの歴史、標高、エリミ人、カルタゴ時代の城壁など
https://www.comune.erice.tp.it/index.php/it/page/22734
・Comune di Erice(エリチェ市)
「Conventi e Monasteri di Monte San Giuliano」
エリチェ山頂の古代の聖域、アスタルテ/アフロディーテ/ウェヌス信仰、山頂からの眺望について
https://comune.erice.tp.it/it/page/conventi-e-monasteri-di-monte-san-giuliano
・Parco Archeologico di Lilibeo-Marsala, Regione Siciliana
「Lilibeo-Marsala: Erice sacra tra mito, culti e archeologia」
古代エリチェの聖域と、支配・文化の変化に伴う女神信仰について
https://parchiarcheologici.regione.sicilia.it/lilibeo-marsala/blog/2025/09/03/lilibeo-marsala-erice-sacra-tra-mito-culti-e-archeologia/
・Treccani
「Incastellamento」
中世イタリアにおける城塞化・高所への集住(incastellamento)について
https://www.treccani.it/enciclopedia/incastellamento/
・Treccani
「Incastellamento - Dizionario di Storia」
incastellamentoの歴史的背景、領主支配・土地・人口の再編について
https://www.treccani.it/enciclopedia/incastellamento_%28Dizionario-di-Storia%29/
シチリアの西の端、トラーパニってどんな街?
前回、今年のイタリア研修ではトラーパニを拠点にする、と書きました。
では、トラーパニってどんな街なんだろう。
私自身、2008年に一度近くまで行っているのに、知っていることといえば「塩田で有名な街」というくらいでした。
そこで今回の研修を前に、料理から少しずつ調べています。
トラーパニはどんな街?――「西の端」ではなく「海に開かれた街」
地図を見ると、トラーパニはシチリアの西の端。
街そのものが、海に向かって細長く突き出しています。
でも、この街の歴史を見ていくと、
「シチリアの西の端」というより、
「海に開かれた街」と考えた方が分かりやすいことに気づきます。
古くは、すぐ近くの山の上にあるエリチェと海をつなぐ港。
その後も、地中海を行き交う船が出入りする港町でした。
海の向こうには北アフリカがあり、港にはさまざまな土地から人や物がやってくる。
そう考えると、この街の料理がちょっと面白く見えてきます。
そんな港町の料理として有名なのが、
「ブジアーテ・アル・ペスト・トラパネーゼ」。
くるくると螺旋状に巻いたブジアーテというパスタに、トマト、バジル、ニンニク、アーモンド、オリーブオイルなどで作ったペストを合わせます。
ペスト・トラパネーゼについて調べると、ジェノヴァの船乗りたちが伝えたニンニクと木の実を使うソースを、トラーパニの人たちが土地のトマトやアーモンドを使って変化させた、という話がよく出てきます。
どこまで史料で遡れるのかは、もう少し調べる必要があります。
ただ、少なくとも中世のトラーパニには、ジェノヴァやピサなど各地の商業勢力が進出していたことは確認できます。
そう考えると、この料理の背景に「港」があるというのは面白い。
魚のクスクスは、なぜトラーパニにあるのか?
そしてトラーパニの料理でもう一つ気になるのが、「魚のクスクス」。
クスクスと聞けば、北アフリカを思い浮かべる方も多いと思います。
でも、地図をシチリアだけで見るのをやめて、地中海まで広げてみる。
するとトラーパニの向こう側には、チュニジアをはじめとする北アフリカがあります。
シチリアの西の端だと思っていた場所が、海から見れば地中海を行き交う人や物の接点に見えてきます。
実際、トラーパニ市の資料では、16世紀初め、北アフリカへサンゴ漁に出たトラーパニの漁師たちが、現地の食文化と接触したことが始まりとされています。
塩田、マグロ、オリーブ、ブドウ
さらに街の南側には塩田が広がります。
私が2008年、マルサラからの帰り道に車窓から眺めたのも、この辺りの景色でした。
塩もまた、この街を長く支えてきた産業のひとつです。
そしてトラーパニの港から船で向かえるのが、ファヴィニャーナ島。
名前を聞いたことがある方もいるかもしれません。
青く透き通った海と、たくさんの船が浮かぶ景色で知られる、シチリアの人気観光地です。
でも、この島の歴史を調べてみると、出てくるのが「マグロ」。
かつてファヴィニャーナではマグロ漁が盛んで、大規模な加工場までありました。
今ではリゾートとして知られる島にも、海と魚で暮らしてきた長い歴史があります。
港の周りには塩田が広がり、沖では魚を獲る。
少し内陸へ行けば、オリーブやブドウなどが育てられています。
そうやって見ていくと、
ブジアーテも、魚のクスクスも、ただの「トラーパニ名物」ではなく、
料理を調べているつもりが、いつの間にか街の歴史を調べていました。
料理だけを見るのではなく、「なぜ、この街でこの料理なんだろう?」
塩田を見て、市場で魚を見て、
ブジアーテを食べて、魚のクスクスを食べる。
そこまで見てこられたら、18年前とはずいぶん違ったトラーパニが見える気がしています。
【私たちが「シチリア料理」と呼んでいるもの。】
11月末のイタリア研修に向けて、少しずつシチリアの料理や歴史を調べています。
調べ始めて、最初にひっくり返されたことがあります。
私たちが「シチリア料理」と呼んでいるもの。
なんとなく、土地のマンマたちが、昔からある料理を大切に作り続けて、それを娘へ、またその娘へ。
そうやって何百年もつないできた料理。
そんなイメージ、ありませんか?
僕もどこかでそう思っていました。
もちろん、家庭の中で料理が受け継がれてきたことは事実です。
でも、それだけでは「郷土料理」は説明できない。
そもそも昔の人たちが、
「土地の食材を大切にしよう」
「この地域の伝統料理を守ろう」
と思って、地元のものを食べていたとは限らないんです。
輸送にはお金がかかる。
冷蔵庫もない。
保存も難しい。
所得も高くない。
だから、身近にあるものを食べるしかなかった。
保存するために乾燥させる。
塩に漬ける。
発酵させる。
乳はチーズにする。
肉はサラミにする。
今では「伝統的な食文化」と呼ばれるものの一部は、もともとは生活の制約から生まれた技術でもありました。
もう一つ、ひっくり返されたことがあります。
「昔のシチリア人は○○を食べていました」
これも、実はかなり乱暴な言い方かもしれません。
農民と漁師。
地主とそこで働く人。
都市の商人。
貴族。
修道院。
同じシチリア、同じ時代に生きていても、みんなが同じ食卓を囲んでいたわけではありません。
さらにシチリアには、外から次々と人や文化が入ってきました。
ギリシャ、フェニキア、アラブ、ノルマン、スペイン……。
作物も、料理技術も入ってくる。
人や物が行き交い、交易も広がっていく。
それを拒んで「昔ながらのシチリア料理」を守ったのではなく、
外から入ってきたものを、それぞれの土地の農業や気候、仕事、経済、宗教に合わせて料理へ変えていった。
その積み重ねの先に、現在僕たちが「シチリア料理」と呼んでいるものがある。
例えば、カポナータ。
茄子を揚げて、野菜と合わせて、甘酸っぱく仕上げる。
今ではすっかり、「シチリアの伝統料理」です。
でも、昔からずっと、この形だったわけではありません。
19世紀の文献には、魚を使い、茄子やアーティチョークなどを合わせたカポナータも登場します。
さらに遡った起源や名前の由来には、今もいくつもの説があります。
そして同じカポナータでも、町が変われば、使うものも、甘酸っぱさのバランスも変わる。
パレルモで作られてきたものと、カターニアで作られてきたものも、同じではない。
僕たちは、「シチリアの伝統料理、カポナータ」
と一つの名前で呼んでいるけれど、島全体で一つの完成されたレシピが、そのまま伝承されてきたわけではありません。
それでも料理は作られ続け、それぞれの場所で形を変えながら残ってきた。
そして今、僕たちはその変化の先にある一皿を、
「シチリアの伝統料理、カポナータ」
と呼んでいるんだと思います。
そう考えると、郷土料理の見え方が少し変わってきます。
今回訪れるのは、西シチリアの
Erice(エリチェ)
↓
Trapani(トラーパニ)
↓
Marsala(マルサラ)
という狭い範囲です。
同じ西シチリアなのに、これがまた全然違う。
山の上にあるErice。
港町のTrapani。
ブドウ畑とワイン産業のMarsala。
今回の研修では、
「これは昔からある料理ですか?」だけではなく、
「この土地の誰が、何を使い、どんな暮らしの中でこの料理を作ったんだろう?」
そんな目で料理を見てこようと思っています。
【参考文献・資料】
- Marina Castiglione編『Tradizione, identità, tipicità nella cultura alimentare siciliana. Lo sguardo dell’Atlante Linguistico della Sicilia』(2011)
- Marina Castiglione「Il tipico alimentare secondo gli informatori ALS」(2011)
- Vincenzo Mortillaro『Nuovo dizionario siciliano-italiano』(1853)
- Accademia Italiana della Cucina「Melanzana, cibo popolare」
- Massimo Montanari『Italian Identity in the Kitchen, or Food and the Nation』(2013)
- Alberto Capatti & Massimo Montanari『Italian Cuisine: A Cultural History』(2003)


