イタリア研修
【私たちが「シチリア料理」と呼んでいるもの。】
11月末のイタリア研修に向けて、少しずつシチリアの料理や歴史を調べています。
調べ始めて、最初にひっくり返されたことがあります。
私たちが「シチリア料理」と呼んでいるもの。
なんとなく、土地のマンマたちが、昔からある料理を大切に作り続けて、それを娘へ、またその娘へ。
そうやって何百年もつないできた料理。
そんなイメージ、ありませんか?
僕もどこかでそう思っていました。
もちろん、家庭の中で料理が受け継がれてきたことは事実です。
でも、それだけでは「郷土料理」は説明できない。
そもそも昔の人たちが、
「土地の食材を大切にしよう」
「この地域の伝統料理を守ろう」
と思って、地元のものを食べていたとは限らないんです。
輸送にはお金がかかる。
冷蔵庫もない。
保存も難しい。
所得も高くない。
だから、身近にあるものを食べるしかなかった。
保存するために乾燥させる。
塩に漬ける。
発酵させる。
乳はチーズにする。
肉はサラミにする。
今では「伝統的な食文化」と呼ばれるものの一部は、もともとは生活の制約から生まれた技術でもありました。
もう一つ、ひっくり返されたことがあります。
「昔のシチリア人は○○を食べていました」
これも、実はかなり乱暴な言い方かもしれません。
農民と漁師。
地主とそこで働く人。
都市の商人。
貴族。
修道院。
同じシチリア、同じ時代に生きていても、みんなが同じ食卓を囲んでいたわけではありません。
さらにシチリアには、外から次々と人や文化が入ってきました。
ギリシャ、フェニキア、アラブ、ノルマン、スペイン……。
作物も、料理技術も入ってくる。
人や物が行き交い、交易も広がっていく。
それを拒んで「昔ながらのシチリア料理」を守ったのではなく、
外から入ってきたものを、それぞれの土地の農業や気候、仕事、経済、宗教に合わせて料理へ変えていった。
その積み重ねの先に、現在僕たちが「シチリア料理」と呼んでいるものがある。
例えば、カポナータ。
茄子を揚げて、野菜と合わせて、甘酸っぱく仕上げる。
今ではすっかり、「シチリアの伝統料理」です。
でも、昔からずっと、この形だったわけではありません。
19世紀の文献には、魚を使い、茄子やアーティチョークなどを合わせたカポナータも登場します。
さらに遡った起源や名前の由来には、今もいくつもの説があります。
そして同じカポナータでも、町が変われば、使うものも、甘酸っぱさのバランスも変わる。
パレルモで作られてきたものと、カターニアで作られてきたものも、同じではない。
僕たちは、「シチリアの伝統料理、カポナータ」
と一つの名前で呼んでいるけれど、島全体で一つの完成されたレシピが、そのまま伝承されてきたわけではありません。
それでも料理は作られ続け、それぞれの場所で形を変えながら残ってきた。
そして今、僕たちはその変化の先にある一皿を、
「シチリアの伝統料理、カポナータ」
と呼んでいるんだと思います。
そう考えると、郷土料理の見え方が少し変わってきます。
今回訪れるのは、西シチリアの
Erice(エリチェ)
↓
Trapani(トラーパニ)
↓
Marsala(マルサラ)
という狭い範囲です。
同じ西シチリアなのに、これがまた全然違う。
山の上にあるErice。
港町のTrapani。
ブドウ畑とワイン産業のMarsala。
今回の研修では、
「これは昔からある料理ですか?」だけではなく、
「この土地の誰が、何を使い、どんな暮らしの中でこの料理を作ったんだろう?」
そんな目で料理を見てこようと思っています。
【参考文献・資料】
- Marina Castiglione編『Tradizione, identità, tipicità nella cultura alimentare siciliana. Lo sguardo dell’Atlante Linguistico della Sicilia』(2011)
- Marina Castiglione「Il tipico alimentare secondo gli informatori ALS」(2011)
- Vincenzo Mortillaro『Nuovo dizionario siciliano-italiano』(1853)
- Accademia Italiana della Cucina「Melanzana, cibo popolare」
- Massimo Montanari『Italian Identity in the Kitchen, or Food and the Nation』(2013)
- Alberto Capatti & Massimo Montanari『Italian Cuisine: A Cultural History』(2003)