イタリア研修

2026-10-19 09:51:00

シチリアのワインをイギリス人が売り始めた理由

 

11月末のイタリア研修に向けて、店休日恒例のシチリア自由研究。

先週はトラーパニの塩田について調べましたが、今回はワインの話です。

 

今回訪れる西シチリアには、「マルサラ」という街があります。

ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、この街の名前が付いたワインがあります。

そして、このワインを海外に広めたのは、イタリア人ではなくイギリス人でした。

 

イタリアのワインなのに、なぜイギリス人?

  

① そもそも、マルサラワインって何?

 

マルサラは、シチリア島の西端に近い港町。

この地域では古くからワインが造られてきました。

 

現在のマルサラワインは、一般的なワインとは少し違う「酒精強化ワイン」と呼ばれるものです。

簡単に言えば、ワインにブドウ由来のアルコールなどを加えて、アルコール度数を高めたワイン。

普通のワインが12〜14%程度なのに対し、マルサラは17〜18%以上のものが中心です。

 

では、なぜわざわざアルコールを加えるようになったのでしょうか。

ここで登場するのが、イギリス人の商人です。

 

② イギリス人は、なぜシチリアのワインに目をつけたのか?

 

 

18世紀後半のイギリスでは、ポルトガルのポートワインやマデイラワイン、スペインのシェリーなど、海外から輸入されたワインが飲まれていました。

 

そんな時代の1773年。

イギリス人商人のジョン・ウッドハウスが、マルサラにやって来ます。

そこで出会った地元のワインに、商売の可能性を感じたと伝えられています。

 

ウッドハウスは、現地のワインにブランデーを加えてイギリスへ送りました。

アルコールを加えることには、長距離輸送中のワインの保存性を高める利点があります。

 

しかし、それだけではありません。

当時のイギリスには、すでにポートやマデイラなどの市場がありました。

つまり、シチリアのワインにも、そうした市場で販売できる可能性があったわけです。

 

その後、ベンジャミン・イングラムなどの英国商人もマルサラに進出。

彼らはワインを買い付けるだけでなく、ブドウの品質管理や醸造方法、設備の改善にも取り組みました。

 

ここが面白いところです。

 

現在知られているマルサラワインの姿には、土地の気候やブドウだけでなく、海外の市場や商人たちの要求も関わっていました。

土地のものが、そのまま海外に売られたのではなく、海外で売るために造り方まで変わっていったのです。

 

 

③ そして登場する、フローリオ家

 

1833年、ヴィンチェンツォ・フローリオがマルサラにワイナリーを設立します。

すでにイギリス人商人たちが事業を展開していた市場へ、イタリア人の事業家が参入したんです。

 

フローリオ家は、香辛料の交易などで財を築き、海運や硫黄など、さまざまな事業に関わっていました。

そして、ワインだけでなく、マグロ漁にも事業を広げていきます。

トラーパニ沖のファヴィニャーナ島などでマグロ漁を手がけ、19世紀後半には加工・販売事業も大きく発展させました。

 

当時、マグロは獲って近くの市場で売るだけの商品ではありませんでした。

塩漬けや油漬けの缶詰などに加工することで、遠くの市場へ運ぶことができます。

 

ワインとマグロ。

一見すると、まったく違う商品です。

でも、どちらも生産・加工の仕組みを整え、船で運び、遠くの市場へ売るという点では共通しています。

 

先週調べたトラーパニの塩田もそうでした。

 

塩、マグロ、ワイン。

 

それぞれ異なる歴史を持つ産業ですが、共通しているのは、土地の産物が港や商人を通じて広い世界と結びついていたことです。

以前、シチリアの郷土料理について調べたときにも感じましたが、食文化はその土地の中だけで完成したものではないんですね。

 

外から人や技術、商品が入ってくる。

そして、その土地の人たちが、自分たちの暮らしや商売に合わせて取り入れ、変えていく。

 

今回、マルサラについて調べてみて面白かったのは、ワインそのものよりも、その背景にある商売の歴史でした。

シチリアで造られたワインを、イギリス人が海外へ売る。そのために、ワインの造り方まで変わっていく。

そして、ワインだけでなく、マグロ漁や海運業まで手がける一族が登場する。

 

先週調べた塩田もそうですが、土地の食文化を知ろうとすると、結局その土地の産業や商売の歴史にもつながっていくんですね。

 

今回調べたのは、あくまで日本でわかる範囲のこと。

実際のマルサラでは、現在どんなワインが造られ、地元ではどのように飲まれているのでしょうか。

11月末、現地で確かめてきたいと思います。

 

 

 

【参考資料】

 

・Cantine Florio「Le origini del Marsala」

https://cantineflorio.it/le-origini-del-marsala/

 

・Cantine Florio「Florio e le origini inglesi del Marsala」

https://cantineflorio.it/news/florio-e-le-origini-inglesi-del-marsala/

 

・Cantine Florio「L’isola di Favignana e i Florio. Una storia da conoscere」

https://cantineflorio.it/enoturismo/lisola-di-favignana-e-i-florio-una-storia-da-conoscere/

 

・Soprintendenza per i Beni Culturali e Ambientali di Trapani「Relazione Generale – Ex Stabilimento Florio di Favignana」

シチリア州文化財当局・修復事業資料(PDF)

 

・Giuffrida / Lentini『L’età dei Florio』(Sellerio Editore, 1985)

関連資料・契約書引用

 

・Sistema Archivistico Nazionale「Scheda Protagonista – Imprese」

フローリオ家の事業史

 

・Treccani, Dizionario Biografico degli Italiani「Florio, Ignazio, senior」

Treccani人物事典