郡家店 日記
『邪馬台国論争』の終結
江戸時代から九州か畿内かと、三百年続いた邪馬台国論争。
『水行十日 陸行一月』の自分なりの答えが2022年2月。
ずいぶんと月日が経ち、情報も増え続けても、その解は変わらなかった。
そして先日「魏志倭人伝」の中に、また別の「解」を見つけてしまった。
「邪馬台国があったのは100% 北部九州です。」
魏志倭人伝には、素直に読めば「論理的に証明できる解」があります。
町内会長が無事に終わったよ。
先日町内会の慰労会がタルマーリーであり。全ての行事が無事に終わった。
22年間も町内会に無縁の男が、うっかり町内会長になってしまったのだ。
町内会の決まり事や、その中の既成事項や既得権やらが分からないまま…。
今まで手付かずで先送りされてきた事、良かれと思うことは事は一新した。
それが古参の方や、サイコパスなお方にはお気に召さなかったでしょうが。
そんな空気を敢えて無視して、思いつくまま一年間奉仕させてもらったよ。
民主主義ってなんだろう?
町内会長の仕事として、
役員会全・員・で納涼祭を開催することを決めた。
町内の消火器具箱を「町の景観」に合わせた色を「前日」売り場で決めた。
数人の役員さんと2日掛け15箱、ペンキ塗れになりチョコレート色に塗り替えた。
子供会会長にも声を掛け、助言とアイデアを取り入れた。
納涼祭の参加を呼びかけ、子ども会全員にメールが渡った。
班長会を開き、執行部一任での『○町納涼 夜歩き』の承認を計った。
「なんだその消火器具箱巡りって」「勝手に決めるな!」
「(議会)班長会の承認を得ずに、内容が決められてる」
と言う意見が上がった。
執行部の中で裏切りがあったのだ。元あの方である。
「決を採ろう。」と意見が上がったが、どんな結果でも、
挙手は忍びなく、気持ち悪くて、あっさりと中止にした。
いや最初からあの二人、企んでるって分かっていた。
22年間も近寄ってないが、どこの町内会でもあるサイコな状態だ。
私は、自分の作品『納涼祭』を一人でプロデュースする方を選んだ。
とりあえず自分の作品は守られた。ごめんね。楽しみにしてたみんな。
俺は技術系なんだ。誰か分かってくれるかなぁ。
でも、民主主義ってなんだろう。
「 たかが散歩だよ。」
民主主義には弱点がある。それに気付けないなら、
あなたも赤い全体主義側に立っています。
--エピローグ 1--
班長会の経緯は そ・の・ま・ま・[回覧]にした。
突然夜に電話が掛かってきた。
「せっかく良いことをしてるんだ。止めてはダメです。
僕らだけでも夜歩きをしましょう。」
僕らは民主主義を守るために立ち上がった。
そして、僕らは飲んで散歩した。
『水行十日陸行一月』の謎をうっかり解いてしまった。
本邦初公開、古今東西、
数多の諸説が登場し、諸説のままで終わった。
だがある日、『水行十日陸行一月』の答えを見つけてしまった。
「卑弥呼『魏志倭人伝』コンプリート」完全版
予告です。多分…
老後の楽しみ、ライフワークと言えば、新井白石の
江戸時代から三百年続く論争、松本清張、数多の古代史ファン、
卑弥呼、邪馬台国ファンを巻き込んだ世紀の大論争。
中国の正史『三国志』の「魏書」第30巻烏丸鮮卑東夷伝倭人条
いわゆる「魏志倭人伝」の 『邪馬台国論争』。
数多あるの諸説。だが、万人が納得しうる答えを、
誰一人出せなかった。
”水行十日 陸行一月”
朝早く、ふと何となく気になっていた、
あの一行が頭をよぎった。
スマホで、そのモヤモヤを確認してみた。
「あ"っ!」、
台所でたった一人大声を上げた。前後の文を確認、
そして確証した。古今東西の学者が解けなかった謎を、
不詳私めがうっかり解いてしまったのだ。
魏志倭人伝や記紀を全否定して、近畿説を主張する日本考古学会、
魏志倭人伝の謎を飯の種にしていた、
多くのyoutuberが青ざめる真実。
世間の様子を見ながら、早ければ次のまちゼミで解説します。
それを編集してyoutubeに投稿致します。乞うご期待を!
中西文具店はどこにありますか?
電話がかかってきました。
「中西文具店ってどこにあります?」
「郡家駅前の鳥銀の横にありますよ」
「こ・・お・・げ・・駅?」
「JRの郡家駅です」
「なんだ、荒川区じゃないんか!?」
びっくりしましたが、荒川区にも中西文具店があるようです。



