日記

2026-05-06 21:19:00

読書メモ

『だれが君を殺したのか』読了。

 

今日、『だれが君を殺したのか』を読み終えた。

 

読了した瞬間、じんわりと何かが残る感じがした。

はっきりと言葉にはできないけれど、確かにそこにある違和感のようなもの。

 

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物語に出てきたクリストフは、特別な子ではないと思う。

むしろ、これまで出会ってきた子どもたちの中に、

似た輪郭をいくつも見つけられる気がする。

 

少し敏感で、少し不器用で、

でもそれをどう伝えたらいいかわからないまま、

関係の中で少しずつずれていく感じ。

 

その「ずれ」が、周りからは「問題」として

見えてしまうこともある。

 

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今回、読んでいていちばん引っかかったのは、

やっぱり「誰も明確には悪くない」という構造だった。

 

先生も、家族も、それぞれの場所でちゃんとやろうとしている。

むしろ、関わろうとしているからこそ、

すれ違いが起きているようにも見える。

 

それなのに、結果として、ひとりの子どもが孤立していく。

 

その静かさが、たぶん

「じんわり残る感じ」につながっている気がする。

 

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そして、自分の仕事(心理職)の視点から。

 

心理職として関わるとき、

「理解しようとすること」や

「言語化を手助けすること」を大切にしている。

 

それに加えて、大切だと感じたことがある。

 

・言葉になる前の違和感や、本人もまだ掴めていない感情に対して、どう関わるかということ。

「うまく話せなくてもここにいていい」と伝えることの大切さ。

 

・クライエントとの「つながり方」について。

カウンセリングの時間の中では関われていても、

その外の世界(学校や家庭、日常の関係の中)で、

その子(クライエント)がどう存在しているのかまでは、

どうしても見えにくい。

 

クリストフのように、

関係が断片的なままつながらないとき、

その隙間に落ちてしまうものがある。

その隙間は、あとからは見えにくい。

 

心理職として、その「隙間」をどう捉えるか。

個別の関わりだけでなく、周囲との橋渡しも含めて、

もっと考えていく必要があるのかもしれない。

 

これは教育だけでなく、産業分野でも同じことが言えると思う。

 

クライエント(従業員)だけでなく、上司、同僚を含めた

組織全体をみながらつなげていく役割。

 

目に見えず、形になりにくい立ち位置ではあるものの、

大切な役割だということを意識しながら、

これからも携わっていきたいと思う。

 

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今日も、ありがとう。