日記

2024-08-23 23:45:00

生きることの意味

昨日のライアー発表会はなぜ

心が癒され、幸せなひとときだと感じたのか。

 

 

改めて振り返ってみると

 

・演奏者ひとりひとりが

「ライアーと向き合い、自分と向き合っている」

瞬間を共有できたこと

・演奏者それぞれの想いのこもった音色が、ホールに響き渡り、

それが聴衆の方々に届き、共有できたこと

 

というのが大きいかなと感じています。

 

 

一音一音を大切に演奏することは

日々の一瞬一瞬を大切にする

ということにもつながります。

 

 

そういう意味ではまさに

ライアーを演奏することは「生きること」

でもあるのかなと思うのです。

 

 

カウンセリングの中で、クライエントの方から

「何のために生きているのか」

というテーマをよく話されます。

 

「自分はだ誰かから必要とされているのだろうか」

「誰かの役に立っているのだろうか」

「誰の役にも立っていない自分は

生きている意味があるのだろうか」

 

 

「自分にしかできないことは何なのか」

 

 

自分の存在価値を見失ってしまう。

 

 

誰かの役に立つ=何か大きな「生き甲斐」とでもいうべきもの

を見つけなければならない

 

 

と、壮大なイメージを描いて、

「自分にはそんなものは何もない...」

と思い込んでしまわれる方が多いのですが

 

 

実はもっと近くに

「たくさんの人たちから感謝されている」

「たくさんの人たちを笑顔にしている」

ということがたくさんあって

すでに十分に「誰かに必要とされ、役に立っている」

ということがあったりします。

 

 

その人の存在自体がすでに

誰かに必要とされ、誰かの役に立っている

 

 

そのことに気づくと

 

「生きること」自体がすでに

 

「誰かに必要とされ、誰かの役に立っている」

 

ということを実現しているのだと思います。

 

 

結局は

「日々を丁寧に、幸せな時間をたくさん過ごすこと」

 につながるのだなぁ

ということを

昨日のライアー発表会で改めて感じました。

 

 

ライアーを演奏することは

「自分と向き合うこと」

「日々を丁寧に生きること」

=「生きること」

でもあるのだと

改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

上達することも意識しつつも

「生きること」にもきちんと

向き合っていきたいと思います。

 

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今日も、ありがとう。