上田の農民美術 農民美術ギャラリー 日本遺産

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上田紬・農民美術融合製品

 

上田紬・農民美術 融合製品【七久里の華】 

太陽と大地の聖地 別所温泉(日本遺産に認定)

上田市別所温泉は、信州最古の温泉地として知られております。その別所温泉は、周辺の地形や太陽の光の通り道の関係などから、古来より聖地として伝えられ、数多くの神社仏閣が建てられており、日本有数のパワースポットであるところから、「太陽の大地の聖地別所温泉」と命名されています。その聖地の中心地が、塩田平にある生島足島神社です。この神社ですが、御神体は、池の中の中心にある小島の「大地」です。「池」は海を、「大地」は日本は表し、日本列島の中心にあるのが生島足島神社なのです。太陽と大地の聖地は、別項で紹介します。当店では、「上田紬」と「農民美術」融合製品。【七久里の華】をクラサワ工房・農民美術作家倉沢満氏・鈴木良知氏に制作依頼。(平成十年にも【七久里の華】を発売した経緯もあります)今回、「日本遺産」認定記念として「太陽と大地の聖地」を表した「当店謹製オリジナル商品」です。別所温泉聖地としての重要な建物である「安楽寺・国宝八角三重塔」を取り上げてみました。上田紬押し絵に、この地方独特な「農民美術」を「三重塔」で、上部と下部に上田紬の押し絵。これは「太陽と大地」を表わしており、生地は、文化勲章受章者・故星野五郎氏の織、別所温泉を表した独特の縞・七久里縞(石湯等七つの湯を縞で表現・四季四種)【上田紬・農民美術融合製品】を制作。壁掛け観賞用としてご愛顧頂ければ幸いです。

飯島花月と【安楽寺 紅葉】(七久里の里 新品定八景)

飯島花月は、文久三年(1863)に飯島家の長男として、上田横町に生まれた。花月は、上田商工会議所会頭・第十九銀行の頭取を歴任して生涯をとじる。上田を代表とする傑出した実業家でした。花月の数ある業績の中で、後に「花月文庫」と称しておびただしい数の貴重な古書(特に江戸時代庶民文化関係)を収集し、昭和二十六年、遺族の飯島家では、8715冊の古書を上田市に寄贈されました。上田市ではこの書籍を市立図書館の蔵書として、「花月文庫」と名付け保管しています。飯島花月は、別所温泉に、新品定八景の名勝を定めています。

七久里の里(新品定八景) 

1.男神岳 暮雪 2.相染川 流蛍 3.西行橋 夕照 4.惟茂塚 夜雨 5.大悲閣(北向観音)晩鐘 6.安楽寺 紅葉 7.金剛山(常楽寺)秋月 8.幕宮池 落雁

花月は「安楽寺 紅葉」として載せています。第二弾として【安楽寺 紅葉】制作依頼「太陽と大地の聖地 別所温泉」として、合わせてご愛顧頂ければ幸いです。「国宝八角三重塔」が聖地の重要な建物。塔の屋根の方位が関係しています。塔の方位が「東西南北・北東・北西・南東・南西」全て、正確に配置されている事です。

 

『上田の農民美術』

『上田の農民美術』は、洋画家山本鼎(かなえ)の提唱により、北欧ロシアの農民の作り出す野趣豊かで芸術性高い民芸品に習い、大正八年、上田の神川において誕生した。上田小県地方を中心に、北佐久地方や更埴地方の一部、それに大町市と白馬村で生産されている木を材料とする美術工芸品をいいます。創設当時は、農家の農閑期における副業として普及させ、美術や工芸と無縁な状況下にあった農村の青年男女に美術(広くは文化)への眼を開かそうとした啓蒙運動であったため、画家山本鼎(1,882~1,946)は、創設にあたってPeasant art<農民美術>と命名した。しかし、その後の生産手段や生産機構など社会構造の変化により、現在では農業を兼業している創作者はほとんどなく、農民美術作家とか、農民美術の工人などと呼ばれ、専業にしています。製作者品は、ブローチ、帯どめ、髪飾り、楊枝さし、手鏡、シュガーポット、銘々皿、飾り額等さまざまです。特筆すべきは、木っ端(こっぱ)人形という、素朴でかわいらしい民芸品である。木っ端人形とは、上田市立美術館の説明によりますと『高さ5㎝から10㎝程度の木製の人形で、大正時代から昭和初期にかけて、全国の農家の人々が手作りしました』と。手作りの工芸品である農民美術は、1,919(大正8)に芸術家・山本鼎の発案により神川村(現上田市)で始まったものです。

 

農民美術ギャラリー(長野県伝統工芸品)

上田の農民美術作家 初代 中村實氏(文化勲章受章者) 農民美術研究所一期生で木彫芸術に新しい道を拓いた

日本における農民美術の先駆者であり、大正八年、フランス留学から帰国した洋画山本鼎の提唱する農民美術運動に25歳の時、参加。山本鼎や倉田白羊kら、農民美術を学ぶ。大正十二年四月、小県郡神川村(現上田市)の高台に農民美術研究所が完成して、農民美術運動は全国的な広がりを見せた。一方農民美術の仕事を進めながら、本格的な木彫芸術を目指し、「こども」(大正四年)や「田植え娘」(昭和七年)を題する木彫立体作品を日本芸術院展に弟中村直人と共に出品し入選し、石井鶴三や木村五郎の目にとまり、厳しい指摘の中にも好意的な指導を受けた。現在活躍する農民美術作家の育成とその活動にも多大な影響を残し、昭和五十二年、農民美術一筋の83歳の生涯を閉じました。中村實氏作品 飾り額「鷹の図」「物語のひと」等 硯箱 帯留め 茶托 縁起だるま。また、弟中村直人氏と合作作品もあります。

現代の農民美術作家 倉沢満氏 鈴木良知氏 作品

倉沢満氏(福来朗をモチーフにして創作活動)・鈴木良知氏(秋桜をモチーフにして創作活動)兄弟の協賛により、作品の展示と販売もしています。

農民美術の原点 木っ端人形と『農民美術発祥100年』

木っ端(こっぱ)人形とは、上田市立美術館の説明によりますと『高さ5㎝から10㎝程度の木製の人形で、大正時代から昭和初期にかけて、全国の農家の人々が手作りしました』と。手作りの工芸品であり農民美術は、一九一九年大正八年に芸術家・山本鼎の発案により神川村(現上田市)で始まったもの。令和元年七月、農民美術発祥100周年になりました。それを記念して、農民美術自由画100年展が開かれました。関連企画として、まちなかこっぱプロジェクトが開かれ、上田のいろいろなお店に「こっぱ人形を展示」。多くのお客様が訪れ、「農民美術」を再認識してしてようです。

当店は上田紬の専門店です。「上田市の工芸品」といえば、上田つむぎと農民美術です。昭和四十年代は、当店も「農民美術」も取り扱っていました。農民美術の象徴としての『木っ端人形』を重点に、農民美術の作品を扱っていくつもりです。農民美術『木っ端人形』取扱商品(予定も含む)福来期 夫婦道祖神 上田獅子 ねこ うさぎ(兎) 縁起だるま等

 

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農民美術ギャラリー

 

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初代 中村實氏作『物語のひと』等

 

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農民美術『木っ端人形』各種

 

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農民美術『木っ端人形』各種

  

当店オリジナル農民美術『夫婦道祖神』

上田市野倉にある夫婦道祖神は、衣冠束帯の男神と十二単衣の女神(共に身分の高い人)が仲良く肩に手をかけ、手を握っており、男女ともににっこり笑った姿がほほえみましく、仲睦まじい双体道祖神です。特徴としては、女神が男神の手を握っているところにあります。夫婦円満の神様として、非常に人気が高く、この夫婦道祖神のおかげか、野倉には離婚がないとか。また縁結びには、他に別所常楽寺の東方につづく丘陵に、氏神として、別所神社があります。性崇拝の流れをくむ縁結神社として信仰されています。旅のロマンを求めながら二人で訪れるのも記念になるでしょう。

店主作 当店謹製 『別所温泉おもしろ散歩道』18コースの中に恋愛成就コース(仲睦まじい御夫婦の為の)で『夫婦道祖神』が載っております。興味のある方は、ご覧いただければ幸いです。『夫婦道祖神』は、当店がクラサワ工房に特別に依頼した作品です。

 

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中村實氏、中村直人氏兄弟合作

 

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 新商品各種

 

 

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新商品各種

 2021年10月 日本遺産コーナーオープン致しました。

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