お菓子処・かど屋の由来

 郡山市中田町高倉(旧田村郡宮城村高倉)には、奈良時代から伝わる阿ノ山瑠璃姫や阿久呂麻呂伝説の薬師堂や、戦国時代の三春の武将 田村義顕家臣である高倉舘主 今泉山城守が息災延命・子孫繁栄を願い、坂上田村麻呂を祀った「田村大元帥明王社」が建てられております。

 神山家は代々造り酒屋を営み、三春藩政に功績を残したことが認められ、文化2年には苗字帯刀御免・城竃頭職(今でいう厨房の食品衛生管理責任者)と拾五石(一石40万円の~50万円の価値)の禄高や、藩から七人扶持といって奉公人さんが来ました。商いの御用達を授かり、城内の出入りを許されており、殿からはかなり高い信頼を得ておりました。(1両は40∼50万円の価値)

 明治31年(1898年)からは、神山今朝蔵が菓子司を開業し、その店舗を由緒ある薬師堂や大元神社の入口に設けたことから屋号を「門屋(かどや)」と称し、「笑門来福」「門は広え給え」の言葉を大切に菓子業を営んでおります。大正6年に街道の開通による店舗の移転を経て、今日に至っております。神山家14代 日本国現代の名工・神山典之敬白

・国家資格一級菓子製造技能士

・全国和菓子協会・選優秀和菓子職認定

・厚生労働省もの造りマイスター保持

 

2026.03.14 Saturday
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